19話

「ははー、勝った!」

 ステノがふんぞり返っている。コキノレミスに二枚落ちで勝利。

「筋はいいけど、踏み込みが足りない。慎重すぎるねえ」

「うーん」

 ステノは乱暴すぎる気がしたが、将棋の感触が戻っていないので、実はよくわからない。盤術を使った後は、頭の中が誰かに奪い去られたような気分になる。

「ところでステノ、聞いておきたいことが」

「なんだ、変なことは聞くなよ」

「棋力ポイントがたまったわけだが、盤術は使えるのか」

「ば、ばんじゅつか」

 見たことのない顔でうろたえ始めた。

「まあ、あたしも使ったことがないわけではないし、使わないというわけでもない」

「どうした、自信がないのぶぁっ」

 悪口だったようだ。痛い。

「その時が来たら言う」

 来ない方がいいのだけれど。ただ、何にしろ、使った経験があるというのはいい情報だ。

「山小屋までには、『草原』を抜けなければならない」

「何かやばいのか。あたしは通ってきたばかりだぞ」

「土がある」

 ダンジョンの中には、妙な状態の場所がある。その中でも、地下にもかかわらず草が生い茂っている場所は「草原」と呼ばれている。

「ん? ああ、そういうことか」

「どういうことっ?」

「土は石や木に比べて形が固定されていない。そういうところだと霊は落ち着くらしい」

「そうなんだ」

「草も木よりは不定形だ。で、霊というのは力でもある」

「ちから?」

「物体を動かすのに魂ほど効率のいいものはない。外部からの力でしようとしたら、ものすごい苦労だ。召喚兵術がまさにそうだ」

「へー。すての、ものしり」

「まあな。はっはっは」

 ステノは良い先生だ。というか、コキノレミスが良い生徒だ。生徒が先生を褒めて伸ばしている。

「まあ、霊もいるだけならなんてことはない。俺が心配しているのは、霊を操る方だ」

「そうなるな。ただ、ネクロマンサーは霊を操らない。他にもいると読んでいるのか」

「ネクロマンサーはケルベロスも操らないはずだしね」

 何かがおかしいのだ。これまでとは、いろいろなことが違うのだ。

「おとうさん……」

 細い声だった。たった一人の家族が、無事かわからない。それはとてもつらいことだろう。それは、俺にはわからない感情でもある。

「見つかるといいなあ! この先一人で行く男、どんな屈強なやつかぜひ見てみたいもんだ」

「ステノはやっぱり強い男が好きなのか」

「もちろん。なんだ、あんたもあたしに好かれたいのか? ちょっとひ弱かなあ、はっはっは」

「自信というものはおそろ……うん、残念だ」

 セーフだった。

「とにかく、山小屋までは慎重に進まないといけない。コキノレミスも、今後の勉強だと思ってしっかり見ていて欲しい」

「うんっ」

 元気よくうなずく少年。コキノレミスは気づいているだろうか。将棋が教えられないので、なんとか教育しているようにしたいという俺の気持ちに。

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