16話
「将棋なんかしてられるかー!」
ステノの叫びが響き渡った。
五時間ほどが経過した。二面指しで指導をしながら、ケルベロスがいなくなるを待っていたのだ。
ステノは、筋は悪いが基礎はできていた。振り飛車を学びたいというだけあって、固い囲いから一気にさばくのがうまい。
が、集中力が切れてきたのか、指し手の中身も雑になってきている。
「いぬ、いなくならない……」
「どうやらロックオンされてるな。向こうも腹が減っているのかもしれない」
「やるしかないのか」
「飢え死にも教え子に撲殺されるのはごめんだからね」
腹をくくる。
「召喚、銀兵!」
目の前に、斧を持った召喚兵が現れる。ケルベロスとは戦ったことがないので、どの兵士が適切かはやってみないとわからない。
「召喚する、飛車兵よ!」
「えっえっ」
ステノも召喚兵術を使い、ガタイのいい飛車兵を呼び出した。肩に大きな剣を担いでいる。
「いきなりそれか」
「出し惜しみする理由はない」
「そうか。コキノレミス、お前はここで待ってろ。絶対に出るな。いや……もしケルベロスがいなくなったら、たまに出て、食べたら戻れ」
「うん。えっ……? ふたりは?」
「俺たちもいなくなるかもしれないだろう。その時のことを言っている」
「えっえっ」
「レミス、冒険とはそういうものだ」
人間二人も剣を抜く。頭三つに、こちらは四体。その点では有利だ。ただ、考える頭はこちらは二体。
「まずは召喚兵だけで行こう」
「わかった」
好条件としては、こちらは安全な場所にいながら召喚兵を操ることができる。
「硬さを見る」
銀兵が扉を抜け、ケルベロスに突っ込んでいく。その後ろからステノの飛車兵が勢いよく銀兵を追い抜いていく。
「おいっ、先走るな!」
殴られた。これも悪口なのか……
「飛車は動きの速さも魅力だろう」
「斜めに動けないから!」
ケルベロスはこちらの動きに気付いて、召喚兵たちをよける。よけられた飛車兵はそのまままっすぐ進んで、壁に激突した。
「あら」
「一体では苦しい」
銀兵がケルベロスに近づこうとするが、相手の方が素早い。でかくて速くて警戒心がある。しかも二本の前足に三つの頭。どうしたものか。
「やはり俺が出るしか……」
「待て。多分あたしの方が強い。あたしがいく」
ステノが扉の向こうが帆に出た。ケルベロスの四つの目が光った。召喚兵と違い、生身の匂いに反応したのかもしれない。
「来いや、犬っころころころ!」
一度に三匹分挑発した。さすがだ。
言葉がわかるのかはともかく、いきり立ってケルベロスは突っ込んできた。そこに、銀兵が斜めから襲い掛かる。真ん中の頭が気付いてかみついてきたが、斧がこめかみを叩いた。だがさすがケルベロス、防御も強い。血を流しながらも銀兵をかみ砕いてしまった。
「ああ、修復不可能だ」
「駒の心配をしてる場合か!」
ステノの剣が、左前脚を切りつけた。これもヒットはしたが、傷は浅い。復帰した飛車兵が後ろから体当たりした。三つの頭が振り返る。今だ、と思ったがステノの動きが鈍い。
「操り切れないのか……」
召喚兵を動かすと、どうしても本体の意識が散漫になる。飛車兵に気を去られて、ステノ自身がうまく動けなくなっているのだ。
「仕方ない、腹をくくるか。コキノレミス、すまない」
「えっえっ」
「何日か指導してやれないが、使うしかなさそうだ」
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