14話

「そう、指導棋士のフリソス。こっちは教え子のコキノレミスだ」

 とりあえず、名乗る。

「あんた……なぜ来なかった!」

「え、俺? 何かした?」

 睨まれている。初めて会ったはずだけど。

「ふりそす、わるいことした?」

「してない。してないはずだぞお」

 いろいろと頭を巡らせる。が、女戦士の恨みを買う理由はないのである。

「あたしの名はステノ。指導棋士に依頼を出していた者だ。見てないのか?」

「あ、あの乱暴な依頼の」


ボゴッン!


 嫌な音だ。そして痛い。俺はステノの拳で吹っ飛ばされていた。

「ふ、ふりそすっ」

「大丈夫だ。痛いだけだ」

「それ、だいじょうぶなの?」

「一応謝るけど、あたし悪口言われるとすぐに手が出るから」

「ヤバイや……なんでもない」

 これは新種のモンスターだ。【ステノ:人型】怒らせると鉄拳が飛んでくる。心の辞書に書き込んだ。

「あのね、あたしどうしても振り飛車をマスターしなきゃならないの。それなのに誰も教えてくれないし、将棋強い奴らはさっさと先に行っちゃう。依頼出したのに反応ないし」

「あの書き方じゃあ誰も……来ないこともないかもしれなくないですねえ」

 なにが着火材料かわからない。ここは下手に出るしかない。

「しかしフリソス! ここで会えたのは良かった。振り飛車はできるか」

「ま、まあできることはできる」

「教えろ」

「そこはビジネスだから……」


ガキッ


 地面に何かが投げられた。金色の棒。棒金だ。

 なんなんだ、最近の通貨は棒状になったのか。

「一年は雇えると思うが」

「実力も知らないうちにいいのか、こんなに」

「まあ、あたしより弱そうだから、いざとなったら力づくで奪い返せばいいしな」

「……う、うん? ううむ」

 適切な対処法がわからない。ただ、確かに報酬は魅力的だ。

「ちょっと条件を出していいか。深いところから来たんなら問題がないはずだ」

「どういう話だ」

「コキノレミスは父親を捜している。情報を得るため山小屋に向かうつもりだ」

「ほう」

「とりあえずそこまで行って、そこでゆっくり指導するなら」

「なるほど。いいだろう。あたしもあそこは好きだ」

「好き? まあいいや。指導は二人同時でも問題はない。ただ、ちょっと気になることがある」

「気になること?」

「ネクロマンサーに狙われた」

 ステノの眉間が、ぎゅっと縮まった。

「あたしも会ったことないな」

「俺も会ったわけではない。ただ、ちょっと調べてみたが、本物だとしたらこの階層では初めてのことだったようだ」

 ずっと気になっていたが、対処のしようがなかった。だが、もう一人いれば選択肢が一つ増える。

「そもそも、このダンジョンにはめったにそういうものの存在は聞かん」

「そこだ」

 ネクロマンサーは人型モンスターで、古代からその存在が知られている。ただ、このダンジョンでの遭遇例は、相当深いところで数例あるだけ。おそらくは生態系自体が別で、たまたま紛れ込む個体がいるだけでは、と言われている。

「何かが起こっているのかもしれない。緊急事態には、指導は後回しだ」

「言う迄もないじゃないか」

「ならいい」

 肝が据わっている。暴力的なのは怖いけれど、頼りにはなりそうな気がした。

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