12話
勝負は、淡々と進んでいく。平手で互角、懐かしい感覚だ。
たまに、プロ棋士やそれに近い力の者がこうやって訪れることがある。そのほとんどが、転職希望者だ。雇われるために最も手っ取り早いのは、誰々に勝った、という事実を作ることである。当然強ければ強いほど、需要は高まるのだ。
勝負を避ければ、その時点で「フリソスは不戦敗だった」と言われてしまう。この世界で生きていくためには、こういう喧嘩は買わざるを得ないのだ。
俺にとっても、メリットはある。現役のプロ棋士に勝てば、それだけ価値が上がる。
気が付くと、多くのギャラリーに取り囲まれていた。コキノレミスもすぐ横に来ていた。教え子の前で真剣勝負をするのは、初めてだった。緊張する。
徐々に、相手に好形を築かれていく。さすがプロ棋士、序盤から中盤にかけてが巧みだ。ただ、俺の将棋は元からこんな感じである。細かいことは気にするな。終盤で力を一気に出す。
「まあまあ、やるね」
相手は余裕だった。まあ、それはそうだろう。俺のことを強いとは思っていないだろうから。
良いと思った瞬間。正解がいくつかある瞬間。人間には隙ができる。そこを狙う。
でも。
相手は、全く油断しなかった。挽回できないままに、どんどんとこちらが追い詰められていく。
「負けました」
完敗だった。ひどい。ひどすぎる。
「まあ、こんなものか。でも、楽しめたよ。じゃあ、フリソスより強いという看板で仕事させてもらうからね」
「……」
男は立ち上がり、この場を去ろうとした。けれども、立ちふさがる存在があった。
「ちがう」
「ん、なんだ」
「ふりそすはよわくない。つぎはかつっ」
「なんだ教え子か。残念だけど、力の差があったよ。言わなくて済んだことなのにな」
コキノレミスを押しのけ、男は去っていった。
目をつぶった。目をそらしているのが見えないように。
「ふりそす、がんばったよね」
「……いいんだ。負けた方が弱いんだ、コキノレミス。お前には目的がある、俺より強い人に習いたいなら、いつだってその権利はある」
「だったら、ぼくがふりそすよりつよくなってやっつけるっ」
勇ましい声だった。モンスターから逃げる時とは別人だ。目を開けて、ちょっと笑った。
「頼んだぜ、勇者」
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