10話
「あー、いーねー」
思わず声が出る。一か月ぶりの風呂である。
ここは、地下一階にあるダンジョン本部。様々な手続きを行う場所であると同時に、ショップや宿泊施設、図書館に温泉まである複合施設である。
ここでは様々なものが揃うし、時には仲間も得られる。ただ、新人が騙されて不必要なものを買わされたり、知らずに悪質なパーティーに加入してしまったりとトラブルも多い。
「さっぱりした」
風呂を出て、「道場」に向かう。道場では様々なゲームができるが、やはり将棋をする人が多い。残念ながら金銭の受け渡しが禁止されているため、指導対局の仕事はできないが、お客を見つけられることはたまにある。
「ありがとうございましたっ」
元気な声が響いてくる。コキノレミスが深々と頭を下げていた。盤面を覗き込んだが、圧敗である。
「どうだった」
「たのしかったっ」
「そうか。でも、勝つのも大事だぞ」
「うんっ」
しばらくは、将棋の腕を磨かなければならない。どうも最近、ダンジョンではイレギュラーなことが起こりやすい気がする。コキノレミスが進むためには、力を付けたうえで適切な仲間を見つける必要があるだろう。
「続けるか」
「うん、そうする」
「わかった。また後で来る」
道場でもトラブルは起こる。一人にして心配ではあるのだが、あくまでコキノレミスとは指導対局の契約をしただけの関係である。必要以上に優しくなってしまうのを自制する。
休憩所で、コーヒーを飲む。タブレットをつけ、クエスト一覧を開いた。ダンジョン事務局や個人から、いくつもの仕事依頼が来ている。特に「解除」系の仕事が多い。深層に行くほど将棋の問題が難しくなり、立ち往生するパーティーも出てくる。自ら勉強したり新たに仲間を探すより、短期で何問か解くだけの棋士を雇う方が効率がいい。そんなわけで深くまで潜ってくれる棋士は引っ張りだこである。そんな棋士を深層まで送り届けるだけの仕事まである。
それに対して、指導対局の依頼はなかなかない。ダンジョンに潜ってから学ぼうという人は少ないのだ。かといって今更地上に出る気も起らない。そもそも多くの棋士がシマを持っていて、新規開業するにはかなりの根回しが必要なのだ。
そんな中、一つの依頼に目が留まった。
「振り飛車教えろ」
端的である。いや、頼む気あるのか。報酬額はいい方だ。ただ、場所がちょっと深い。行き詰った系だろうか。それにしても振り飛車だけというのもどういうことだろう。
コキノレミスの指導が終わったら、連絡を取ってみてもいいかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます