8話

「むう」

「あっ」

 新しい部屋に入ると、人が倒れていた。近寄ってみたが、すでに息はなかった。

「何にやられたんだろう」

「あっあっ」

 コキノレミスが、天井を指さした。すぐにはわからなかったが、巨大な蝙蝠が張り付いていた。

「お前、目いいな。あれはオロフィンだ。けど、ちょっと変だな」

 オロフィン一匹ならそんなに脅威ではない。しかしこの状況からするに、冒険者を一人倒している可能性が高い。やられた方が弱かったのか?

「あっちも」

「なんだ、あっちもなんなんだ」

「生きてないみたい」

「なんだと」

 確かに言われてみると、全く動かない。元々そんなに動きが大きいモンスターではないものの、少し不自然だ。


ガタリ


 床の方で、嫌な音がした。鎧のこすれる音だ。

「下がってろ!」

 とっさにコキノレミスを後ろに押し、剣を抜いた。起き上がった冒険者……だったものの斧が振りかぶられた。思ったよりガタイがいい。何とか一撃を受け止めたものの、今度は上から爪が襲ってきた。

「召喚、歩兵!」

 オロフィンを払いのけ、駒袋から歩を一枚取り出し、空中に打ち付ける。そこから煙のように、鎧を着た兵士が現れた。

「えっえっ」

「召喚兵術、歩兵だ。将棋が強くなれば、覚えることができる」

 将棋には不思議な力がある。それぞれの駒は、兵士として実体化させることができるのだ。兵士は人形みたいなもので、目や鼻はない。出てくる兵士の力は棋力に比例するので、召喚する側が棋力を磨かなければ戦闘でも役に立たない。

 歩兵の剣が、冒険者だったものも剣を受け止める。俺の剣は、オロフィン……だったものの攻撃をさばき続ける。呼び出した兵士は、自律しているわけではない。あくまで召喚者が操れるだけなので、二つの体を同時に動かしているような状態になる。

「攻撃に移れない……コキノレミス!」

「えっ、はいっ」

「人間の方を攻撃してくれ」

「えっえっ」

「兵士が何とか食い止めている。蝙蝠の方は手が届かないだろ。こめかみを狙え」

「ぼ、ぼくこわくて……」

「父さんを助けるんだろ! これぐらい乗り越えないと!」

「わ、わかったっ」

 恐る恐る冒険者だったものに近づき、ナイフを構えるコキノレミス。だが、こめかみには手が届きそうにない。

「くそ、なんとかっ」

 幸いにも、兵士の痛みが召喚者に伝わるわけではない。傷つくのを承知で、兵士を冒険者だったものに飛びつかせる。斧の一撃が腰あたりを直撃したが、そのまま冒険者を押し倒すことに成功した。

「今だ!」

「う、うわーっ」

 目をつぶって、ナイフを押し込むコキノレミス。血が、噴き出てきた。動きが、止まる。

 冒険者だったものが死体に戻ると、オロフィンだったものは再び天井に張り付いた。一体では分が悪いと思ったか。

「よくやったぞ」

「う、うん」

「覚えておけ。ネクロマンサーは体を操るわけじゃない、脳を操る。新鮮な死体ほど操りやすいようだ」

「ねくろまんさー……」

「この部屋にはいないから、別の部屋から操っていたようだ。おそらくオロフィンの方が目の役割をしているんだろう。この階層では珍しいが」

 兵士に近づき、「戻れ」と唱える。見る見るうちに、元の小さな駒になる。ただ、かなり大きな傷がついてしまった。

「修理してもらわないと、この駒は召喚には使えないな。この先のことを考えると温存しておきたかったが」

「ぜんぶのこま、つかえる?」

「まあ、一応。ただ、強い駒ほど制御が難しい。今みたいに自分も戦いながらっていうのは、精神が削られる」

「そっかあ。ぼくもいつかつかいたい」

「はは、そうだな。もっともっと強くなったらな」

 そして気が付いたのだが、今のあれこれでは、二人とも全く討伐ポイントを稼げてはいない。まったく、骨折り損とはこのことである。

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