第36話 【閑話】ーラックの善行ー

 俺はセツナ様の忠実な僕、マウントウルフのラックだ。

 セツナ様の配下となって日は浅いが、この身を捧げてお支えさしているつもりだ。

 しかし、温泉の街に到着してからというもの、セツナ様が俺にあまり構ってくれなくなった気がする。

 

 それもこれも、全てはあのマリーヌという女狐の所為だ。

 セツナ様をこの背に乗せてお運びすると言う、俺の仕事をあいつが奪った。

 俺はテレポートなんて出来ないが、素早く駆けることができる。

 自分で言うのもなんだが、毛並みもよく触り心地にも自信を持っている。

 ふわふとした毛先の感触が心地よい、筈だ!

 

 しかし悔しいことに、先の精霊の島でもマリーヌの活躍は眼を見張るものがあった。俺ではあの魔物の群れを一掃するなんて夢のまた夢だ。

 あの一戦で俺は何もしていないが、パーティの一員という事もあってレベルがかなり上がった。

 魔物でもレベルはあるのだ。

 人と同じように目を瞑ればそのステータスを確認できる。ただ、人の様な知恵や技術がない為簡単には転職が叶わない。

 

 実は、今回のレベルアップで俺は進化を果たしている。背中に翼が生えたというのに、セツナ様はそれに気づいてくださらなかった。

 話しかけようとも、何故かスキルを解いておられる為伝えることが出来ていないのだ。

 さっきギルドの中に入っていかれたが、俺だけ入り口に取り残されてしまった。

 

 気づいて欲しくて擦り寄って甘えて見たが無視をされ、尻尾を振って顔を舐めると「汚い!」と怒られて殴られる始末。

 仕方がないので、出てきたらもう一度会話をしてもらえる様試みたいと思っている。

 それまで暫し待つことにした。

 

 

 

 遅い。

 なかなか出てこられない。

 クエストとやらは受注するのにこうも時間がかかるものなのか?

 まさか、俺は忘れられているのでは?

 

 ラックはセツナの様子が気掛かりになり、そっと窓から中を覗いた。

 そこからはセツナとマリーヌがテーブルに腰掛けている様子が窺えた。

 リリムは壁にかけられた紙を真剣に見つめている。

 

 

 よかった、テレポートで何処かへ消えたわけではないようだ。

 置いていかれるのは流石に傷つく。もう暫く待っているとしよう。

 

 トボトボと歩き出し、入口へと向かう。

 

「あ、ママ見て!おっきなワンワンかっこいいよ!」

 

 と、小さな子供が母親に手を引かれて歩いて此方を指差した。

 

「あら、カッコいいわね。首輪を付けてるから、誰かのペットかしら?」

 

 カッコいい?当たり前だ、俺は誇り高きマウントウルフだぞ。いや、今は進化してスカイファングとなったのだった。

 しかし、セツナ様以外の人間にも見る目のあるやつがいたものだな。リリム先輩はおっかないし、マリーヌもいけ好かないが俺では敵わない。

 俺は、もうセツナ様のお役には立てないのか・・・?

 

 そんな一つの疑問が、ラックの心を揺さぶり始めた。ラックは今まで山岳では負け知らずの魔物だった。

 山岳に住む他の魔物など、彼にとっては餌でしか無かったのだ。井の中の蛙であったことは明白だが、大海を知った彼にとっては大きな問題だ。

 大抵の魔物の場合、強者を知った時には既に倒されてしまうのだが、セツナに従者として仕える事になった彼には道が拓けたとも言える。

 己を高める機会が与えられたのだから。

 

 ラックの鼻がピクリと動いて、微かな匂いを嗅ぎとった。

 それは火薬の匂いだった。山岳から吹き下ろした風に乗って、ここまで届いてくる。

 

 こんな街中で火薬?

 ラックは不審に思って、匂いを辿って走り始めるた。

 ッドン!ッパン!

 

 渇いた音が微かにその耳に入る。

 ラックはそれを聞いて更にその速度を上げた。人間の数千、数万倍の音や匂いを感じ取れる彼が、微かに感じることのできる距離。

 相当な距離があるはずだ。もどかしさを感じたが、自分が進化している事を思い出して背に生えた翼を広げた。

 ラックはその勢いを保ったまま、空へと舞い上がった。

 

 翠色の狼が、水の都を飛翔する。

 あまりの速度に、人々はそれを認識する事は無かった。

 ラックは直ぐに臭いの元へと辿り着く。

 そこは街から少し離れた森の中、ひっそりとと設けられた獣道から逸れた場所だった。


 一人の男が、小さな少女を追いかけている。栗色の短めの髪を靡かせながら、少女は必死に走っている少女は、何処かセツナの後ろ姿にも似ていた。


 っ!セツナ様!?

 主人であるセツナの姿を重ね見たラックは、二人の間へと降下する。

 

 トン、と軽快に地面を踏んだラックだが、舞い降りた際に生じた余波が風を巻き起こし、周りの木々を揺らした。

 風に煽られて少女は転倒し、それを追っていた男はその足を止める。

 

「ま、魔物!?なんでこんな所に!!」

 

 髭を生やした男は帽子を目深に被り、右手には小型の銃を持っている。

 銃は希少な物であり、一般人では買う事はできない。

 身形も質素にしているが、どこか高級感のある衣服を着用している。この男がただの一般人でない事は明白だが、魔物のラックにはそんな事はわからない。

 ただ、武器を持って子供を追いかけている事だけを認識した。

 

「グルゥゥゥ。(貴様、武器を持って少女を追いかけるなど、見過ごす事は出来んぞ。)」

 

 少女に背を向けて、威嚇するように男を睨みつける。

 

「はん、お前のような魔物、この銃で殺してくれるわ!」

 

 少女は突然現れた魔物に、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。

 男は銃を構えてラックに向ける、ラックは男が引かないところを見るや、雄叫びを上げた。

 

「ワオォォォォォォォォォォ!!!!!」

 

 雄叫びと共に男目掛けて突風が巻き起こり、凄まじ勢いで男を吹っ飛ばした。

 スカイファングとなったラックは、風を操る術を手に入れていた。木の枝の如くその風に乗って飛んで行き、後ろに立つ木の幹に激突した。

 その拍子に持っている武器を落として、地面に叩きつけられ意識を奪われた。

 

 ラックは男の側へと歩み寄り、セツナが使っていた植物の蔓をちぎって男の上に落とした。

 

「クゥーン(少女よ、この男を縛り上げるのだ。)」

 

 少女に向けて、敵意のない事を示すように尻尾を振って手招きをする。

 

「わ、私を・・・助けてくれたの?」

 

 ボロボロの衣服に痩せこけた細い腕、顔は泥で汚れている。生まれ持った端整な顔立ちは、子供らしからぬ憂いを帯びた表情を際立たせた。

 

 少女は恐る恐るラックの下へと詰め寄って、ラックの意図を感じ取り男を縛った。

 ラックは少女を背中に乗るよう首を回して合図を送る。

 

「乗れって言ってる?」

 

 少女にコクリと頷いてみせ、少女が乗った事を確認すると、男を咥えて羽を広げた。

 少女はラックの背にしがみついた事を確認すると、勢いよく駆け出した。

 

 ラックはそのまま、セツナ達のいるギルド前へと向かって飛んだ。

 

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇

  

 

 

 

「あれ?ラックがいない。」

 

 ギルドから依頼を受注して建屋の外へ出てみたけど、待たせていたラックが見当たらない。

 

「何処へ行ったんでしょうね?いつもいい子にしてるのに。」

 

 リリムが首も横で首を傾げる。

 

「餌でも見つけてフラフラしてるんじゃないですか?」

 

 マリーヌも横から言うが、ラックはさっき餌を食べたばかりなのでそれは無いだろう。

 何かあったんだろうか?

 魔物を一匹で外に置いておいたのはまずかったかな?


「そ、それより。温泉行きませんか?」

 

 マリーヌが上目遣いで見上げてくる。

 リリムの頭が正常になったけど、今度はお前まで変なことし出さないでしょうね?

 昨日の夜の事だって、私は忘れてないわよ?

 

「あ、あれ見てください。」

 

 リリムが空を指差した。

 見ると、翠色の翼の生えた狼が少女を乗せて、人を咥えて飛んでくる。

 あの毛並みは見覚えがある。


「もしかして、ラック?」

 

 なんで羽なんか生えて、空飛んでんのよ!?

 それに、絶対厄介ごと持ってきやがったぁぁぁあ!!!!

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