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『インドアお花見パーティー 好評につき第2回開催!

 3月31日19時〜 鞠尾5丁目ダイニング松

 一階を借り切ってやります!(前回すぐに定員が埋まってしまったので参加希望の方は即DMK)

 短い春を楽しみましょう!』


「あほくさ」

 SNSの冴木遥介のアカウントを閲覧しながら、池脇はぼやいた。

 夜、本村と池脇は鞠尾五丁目、『ダイニングまつ』の前にいた。庭木に囲まれたテラスのある居酒屋で、一階にはピンク色の照明が灯り、天井から桜が枝垂らされている。

『お友だち作り』は順調のようで、二、三十名ほどの参加者たちが飲み、食い、写真を撮ったりしながら騒いでいた。

 木々の間から店のようすをうかがっていた本村が、突然、入り口へ飛び出し、ドアを開けて堂々と店の中へ入っていった。おい、と、池脇は引き止めようとした。本村は店員に弟と名乗り、パーティーの幹事を呼んでほしいと頼んだ。

「冴木君、弟いたんだぁ」

 テラスの方から、甲高い声がした。

 冴木遥介と数名の参加者たちが、店の入り口の方へ顔をにやつかせながらやって来た。

 冴木はウェーブがかった七三分けに細身のスーツを着こなした、やはりすらりとした長身の男だった。濃紺のジャケットに、ピンクと緑のマドラスチェックのネクタイがくっきりと映えている。

 参加者たちの中でも頭一つ飛び抜けており、その堂々とした立ち居振る舞いから、〝良くも悪くも人目をひく男だ〟ということは本村にもすぐに分かった。池脇の姿を見取るなり、冴木は軽快だった歩みをとめ、浮ついた顔をこわばらせた。

「そっちの背の高い方が弟君?」

「顔は全然似てないねー」

「年離れ過ぎじゃね?」

 冴木の後ろから、ギャラリーたちが二人を指差し、矢継ぎ早に品評をし始めた。

 冴木はそれを無視して、二人を店の外に押し出した。「なになになになんなのよ。どういうこと。君、刑務所にいるんじゃないの?」

「危うくそうなるとこだったよ。お前のせいで」池脇はふてぶてしい態度で言った。

「何。何しに来たの」苦々しく開口しながら、冴木は言った。

「犯人捜し」

「はあ? いや、てかなんでここが分かったの?」

「SNSで冴木さんのアカウントを見つけて、投稿されてた情報を頼りに来ました」本村が答えた。

「こっわ。引くわ。君たち、よくないよ、そういうの。リアルでちゃんとお友だち作りしてる?」

「うるせえ。お前のせいで風評被害受けてんだよ、こっちはよ」

 いつもだんまりの池脇が、冴木の前では強気に返し続けた。

「何それ。俺のせい? 凶器持って突っ立ってたのは君でしょ? 被害受けたのはこっちだよ。あの日はいろいろと予定があってただでさえ忙しかったのに————」

 冴木くーんと、テラスの方から女が呼びかけた。

「今行くう!」

 冴木は声色を変えて叫んだ。

「冴木さん」

 本村はテラスの方を見つめながら言った。

「あん? ところで誰なの、君は」

 本村の頭髪から雪駄までを蔑むような目で往復しながら、冴木は言った。

「本村です」

 言って、寝癖頭は向き直った。「事件のときのこと、詳しく聞かせてもらえませんか?」

「ふざけんなよ。帰れ。警察呼ぶぞ」

 言葉は荒いが、けして争うつもりはないという、感情の込もらないあしらい口調で冴木は言った。

「そうですか」

 本村はもう一度テラスの方を見た。

 冴木も、つられてテラスの方を見た。先の女が、こちらに向けて手を振っている。

 冴木は手を振り返した。本村は続けた。「じゃあ僕、あの人を悲しませたくないので、冴木さんが他人の写真ばらまいてデマ情報拡散するような人だってこと、伝えてから帰ります」

 本村は庭を突っ切りテラスに向かおうとした。冴木は本村の腕をひっつかんだ。

「おいおいおいデマコキーかよお前。それこそ風評被害だよ」

「風評被害っていうのは事実無根の悪評のせいで受ける被害のことを言うんですよ。冴木さん、実際江口さんにデマ情報と共に池脇君の盗撮画像送りましたよね? それともキュレーター気取りで情報配信しまくったせいで過去に自分が何言ったかも覚えてないとかですか? それって無責任じゃありませんか?」

 まるで、素朴な疑問だ、とでもいう風に、本村は責め立てる調子も持たず、真顔で淡々と問いかけた。

 本村は再度テラスを見た。

 冴木も、それに従うようにテラスを見た。悲しませたくない、〝てい〟のその人が、グラス片手に他の参加者たちとはしゃいでいる。冴木は唇を噛んだ。これだから、最近のガキは————。

 冴木は服装にそぐわないだらしのない足取りで店に戻った。それから、店員に二階の空席の有無を確認した。

 確認が取れると、冴木が不本意じみた表情で、本村たちに入店をうながした。冴木は先に二階へと上がった。

 本村たちがそれに続こうとすると、テラスから冴木に手を振っていた女が、取り分けた料理とソフトドリンクを手渡してきた。春野菜や、エビや生ハムを使った、写真映りのいいオードブルだ。

「どおぞ〜」

 女は機嫌よく言った。間近に見るほてり顔が、酔いのせいか、化粧のせいか、二人には分からなかった。


「早くしてよ。俺、これでも主催者だから段取りとか忙しいんだ」

 二階の窓際席に着くなり、冴木はジンジャーエールの入ったグラスを片手に言った。

「じゃあ早速。事件の日、亡くなった冨樫幸雄さんと会う約束をしてたっていうのは、本当ですか?」本村はたずねた。

「君、頭悪い? 嘘だったとして、『嘘です』なんて言うはずないよね? もう少し効率よく質問したら?」

「あ、すみません。今のは返答から冴木さんの人格をよく知るために聞きました」

 冴木はぐっと言葉を詰まらせた。そして答えた。

「それは本当。二時に来てくれって」

「それって仕事の用件ですか?」本村は続けた。

「さあ。相談があるとは言ってたけど、詳しくは聞かなかった」

「そういうことって、よくあるんですか? 休日や終業後に呼び出されたり」

「いいや。だから俺も勘ぐったよ。よっぽど大事な用なのかなって」

「こちらの」

 本村は手のひらで横に座る男をさした。

「池脇君が冨樫さんをハサミで殺害している瞬間を、目撃しましたか?」

「ああ————いや」

 よく考えて、冴木は言い直した。「でも、ハサミを持ってたのは事実だし。見たことは警察に言うでしょ」

 冴木はちらりと池脇を見た。池脇は不機嫌を隠す風もなかった。

「冨樫さんの家のリビングにあったドールハウスについて、何か思い当たることは?」本村は言った。

「あるわけないよね」さも大儀そうに、冴木は答えた。

 本村は、バックパックからメイリスを取り出した。

「何、何」

 冴木は少し怯えた表情をして、背もたれに後ずさった。

「かわいくないですか?」

 自身の眼前にメイリスを持ち上げ、注目を促すように、本村は言った。

「知らねえよ。お前マジで怖い」

「メイリスっていいます。触ってもいいですよ」

「いーよ早くこれ終わらせろ」

 苛立ちをあらわに冴木は言った。少し淋しそうに、本村はメイリスを撫でた。

「警察の事情聴取のあとも、今日みたいなパーティーに行ったんですよね?」

「行ったよ。悪い? だって俺犯人じゃないもん。部長が殺されたのはそりゃ悲しいことだよ? でも、こっちは前から決まってたことだし」

「これって合コンってやつですか?」

「合コンって」

 冴木は鼻で笑った。「君って何時代の子? 今時言わないでしょ。パーティーはパーティーだよ。ただの楽しいパーティー」

「その日も、お花見パーティーだったんですよね」

「そう。野外のお花見って、場所取りは面倒だし、衛生的じゃないでしょ? だからこういう店借り切ってやることにしたら、これが好評でさ」

 急にいきいきとなって、冴木は話し出した。「桜の木、丸々一本持ってくるのは無理だけど、飾るだけでそれなりに雰囲気出るし、料理も、ピンク一色にすればさ、女の子はすぐ集まるよ。好きでしょ? そういうの。君たちにはまだ分からないかな。今いくつなの?」

「僕らですか? 高一です。春から」本村は答えた。

「うっそ。ほぼ中学生じゃん」

 言って、冴木は池脇の方を見た。「俺さ、君のこと大学生くらいかと思ってたよ。老け顔って言われない?」

 池脇は微動だにせず、すごんだ顔で冴木を見ていた。冴木ははじかれたとばかりに、ジンジャーエールへ逃げ込んだ。

「こういうお店とか、料理とかって、全部冴木さんが選ぶんですか?」生ハムを吸い込むように食しながら、本村はたずねた。

「仲間内で相談もするけど、大体は俺が。俺、二十代の時はイベント企画会社で働いてたんだよ。なかなか企画が通らなくて心が折れて辞めたんだけど」

 すんなりと冴木は言った。冴木が、自分の挫折を正直に語ることが、池脇には意外に思えた。

「冴木さんって二十代じゃないんですか?」本村は聞いた。

「へへ。そう見える? 俺今年で三十六よ」白い歯をちらりと見せて笑い、冴木は言った。

「へーえ。ぜんっぜん見えないです」

 無表情で、本村は言った。

「その頃からの習慣でさ、思いついたアイディアはすぐメモるようにしてる」

 調子よく、冴木は語った。「パーティーのテーマとか、演出とか。こういうことしたら、みんな喜ぶんじゃないかとか。展示場でイベントがあるときは、準備手伝ったりもするよ」

「忙しいんですね、冴木さん」

「そうなのよ。忙しいのよ、俺」

 冴木は、わざとらしいほどにくたびれた顔をした。「土日は特に忙しい。打ち合わせ集中するし、現場も回らなきゃいけないし。平日は平日で資料作成やら客ハンやら土日の準備があるし。休みの日はやりたいこと渋滞してるし。速い車買ったってなんにも進まないよ。現実には」

「車、買ったんですか?」白々しく、本村はたずねた。

「そう。つってもマクガーニのMG7だから、グレードでいったらそうでもない方よ」

 大した話でもなさそうに、でも、しっかりと、冴木は言った。

「でも、高級車なんですよね? 羨ましいなあ。その、ネクタイも素敵ですね」

「あ、分かる?」

 冴木はネクタイの先をジャケットから出して見せた。シルバーの糸で、大きなMの字のロゴが刻まれている。「君、ちょっと面倒くさいけど目が高いね。これ、マーシワールのホリデーシーズン限定コレクションのやつ。なかなか持ってる人いないんだよ」

「そうなんですか。冴木さん、おしゃれなんですね。でも、さすがにカシマは知らないですよね? 今、学生の間じゃ大人気なんですけど。ローファーとか」

「いや、知ってるよ。カシマでしょ」

 前のめりな調子で、冴木は言った。「前持ってたよ。結局使わなくて誰かにあげちゃったけど」

「へえ。なんでも知ってるんですね、冴木さん」

「まあね。何がきっかけで人と繋がれるか、分からないし」

 ブランドと等しく人生経験を誇示するように、冴木は言った。「情報収集は営業とお友だち作りには必要不可欠よ」

「じゃあ、雛町にある、ぱぴぷぺぽ的な名前の店、知ってます?」

「はあ?」

「江口さんが言ってたんだよ。殺された部長さんが行きたがってたって」圧する口調で池脇が言った。

「ああ、『ラ・プティット・プペ』のこと? 人形焼屋さんだよ」

「人形焼?」本村は言った。

「そ。つっても昔ながらのじゃなくて、おしゃれっぽいやつね。形はハートとか、動物とかいろいろあって、中もチョコとかフルーツクリームとかで、もはや人形焼じゃないじゃんってやつなんだけど————。去年までよく雛町に通ってたからずっと気になってたけど、今年に入ってもう行く機会もなくなったって、確かに部長言ってたよ。だから、あの日、せっかく俺が買っていったのに————」

「冴木さんが?」

「そうだよ。上司の家に呼ばれたら、菓子折りの一つくらい持っていくでしょ、分かる? 俺、普段雛町なんか行かないのに、店の場所わざわざネットで調べて、鞠尾住みなのに遠回りして雛町に寄って、久留美まで行って、なのにあんなことになってて————。奥さんにも『つまらないものですが』なんて渡せないじゃん。だからその夜のパーティーに持っていって、そのまま振る舞った。結構好評だったから、いいけど」

 七面倒な記憶を振り返り、冴木は困憊したように頰杖を突いて窓の外を見やった。

「江口さんとは、仲良しなんですか?」本村はたずねた。

「仲良しって言われると……キモいな。俺の方が後輩だけど同い年だから、仲良くはやってるよ」

「休日、何してるとかは?」

「映画とマンガじゃない? ゲームも好きだよ、あいつ。平凡でいい男だよ」

「後藤さんが、不倫してるって話は————」

「出た!」

 冴木は、飲もうとしていたグラスを口元から離した。「やっぱり。やってるでしょ、あいつ。誰? どこ情報?」

「いや、僕らもそれを聞きたかったんですけど……」

「なんだ知らないのかよ、つまんねえ。でも確定でしょ。あの顔で奥様連中からほいほい仕事取ってくるんだよ。いいよな、顔がいいやつは」

 冴木はぐちぐちとこぼした。

「後藤さんって、休みの日、どこにいるか分かります?」

「さあ、知らない。興味もないけど。ああ、フルスペとミスオレにはよく行くって言ってた。家の近所にあるんだって。自炊一切しないから、助かってるって。いい歳してミスオレなんかよく行けるよな————ほら」

 冴木は窓の下を指差した。

「お迎えが来たよ」

 スーツ姿の二人組が、ダイニング松に入店しようとしていた。

 池脇は、うまくない顔を浮かべた。

「誰?」本村は聞いた。

 池脇は言った。

「警察」

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