第30話 服屋に行こうとしたらからまれた小話

 二人の説教を受ける事丸一時間。

 説教の幕引き自体はニムが怒り疲れた事で訪れた。

 ベッドの上で正座をし合いながら受けた説教は何とも緩く、穏やかで平和な時間だったと思う。


『レイさんは人との距離感をですね……』


 と、ニム自身にも言えるであろう事を話し出した時には、そのブーメラン具合に笑いそうになった。それでニムの機嫌を更に損ねたのは別の話。

 そんなやり取りで俺が学んだのは『ニムの膨れ顔は可愛い』と言う事だけ。

 だって仕方ないじゃん? ニム可愛いじゃん? とつい先程まで広がる青空に言い訳をしていた。



 そう、つい先程までは。



 何の因果かは知らないが、セリカさんから聞いた近道ルートで服屋を目指していた最中、柄の悪い男二人に絡まれた。


「へへっ、久しぶりの上物だぜ? こりゃぁ」

「兄貴、どうします? 」


 どちらとも皮の装備を身につけた、いかにも低ランクですと言った佇まいだ。しかし、俺よりランクは一つ二つは上だろう。悲しきかな。

 何でこんな目にとも思ったが、確かに薄暗くて人が居ないという、あからさまな道を選んだ俺にも非があるのだろう。だが、本当に出てこなくても良いと思う。


「どうするってそりゃぁ、なぁ?」


 遭遇した男達二人の要求はお決まりと言うかなんと言うか、お金と女性の身体だった。要は金と女置いて俺はさっさと失せろと、そう言う事らしい。

 下心丸出しのニヤついた笑みは、髪の毛であるダイですらも生理的に受け付けていない様子だった。



 そんな男二人に、ニムがそれぞれパンチを一発ずつ決め込む。



 人間は丁寧に扱って欲しいと教えた俺だが、今回ばかりは殺ってしまっても良いかなと考えていた。しかしニムは俺との約束を守り、しっかり手加減してくれたようだ。

 ただ、それがいけなかったのか、朦朧とする意識のせいで思考能力が鈍った男の一人が武器を取り出す。

 そして、男が持ち出した武器を見て……俺は目を見開いた。


 理由は単純──それが魔道具だったから。


 魔道具と言うのは、魔力を込めた結晶と、魔法術式を予め道具に仕込んだ物であり、これを使えばどんな人でも簡易的に魔法を放てると言う代物だ。

 今回相手が持ち出したのはダガータイプの魔道具。だが、正直魔道具のタイプなんてどうでも良い。

 なにしろ魔道具は、その存在を国が明らかにしているだけで、まだ販売はされていないのだ。

 何故、一般人の彼が魔道具を所持しているのかは分からない。けれど、悪用されるのは目に見えている──と言うか今悪用されている。


「ニム、武器は壊さないように相手を沈めてくれ。頼んだぞ」

「はい。了解しました!」


 何時もよりほんの少しだけ本気を出せる事に、ニムは喜びを覚えているようだった。

 彼女の笑みを綺麗だと思ってしまう俺は、もう末期なのかもしれない。

 そんな事を考えながら、俺は武器を持っていない方の男を縛り上げつつ、魔道具そっちのけでもう一人の男にアッパーカットを食らわすニムを眺めていた。

 相変わらずのお手前である。


「レイさん、終わりましたよ! それと、これをどうぞ。必要なんですよね?」


 ニコニコ笑顔でそう言ってきたニムを撫でつつ、俺は渡された魔道具を受け取る。

 手にしてみて分かったが、やはり魔道具はレプリカなどではなく本物だった。

 初めて見る魔導具に若干の興奮を覚えつつ手の上で転がしていると、不意に持ち手に巻かれていた布が地面に落ちる。


「──ん?」


 布が外れた持ち手に何やら文字が書いてあったが、掠れていてよく読めななかった。頑張って読めた部分でも『ぐか』と何の意味を持っているのか分からない文字が二つ並んでいるだけ。

 このダガー型魔道具が何処から持って来られたのかは分からないが、出処が分からるまでメーさんの中にしまっておこうと思う。


「さてと、じゃあ行くか」


 魔道具の安全も確保したので服屋を目指して歩き出した。

 だがその途端、服を誰かに摘まれる。

 何事かと振り返って見てみると、


『れー……泥棒……めっ……』


 ディーネが俺を見上げて注意して来た。

 口数が少なく常に気だるそうにしているので、ディーネがこう言う正義感を持っているとは思わなかった。


「ごめん。でも、これをあいつらに持たせておく訳にはいかないんだ。許して欲しい」

『……しょうがないの……。れーだから許してあげる……』

「うん。サンキュ」


 ディーネに微笑んでお礼を言うと、ディーネも笑い返してくれた。

 そして、やはり今回も飛来したニムの視線が俺に突き刺さる。


「……ニム?」

「なんでしょうかレイさん?」


 ニムも笑ってくれたが、ふつふつとした怒りを感じた。

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