第29話 三日目の朝
エスケルト三日目の朝。
三日目と言っても昨日は大半を幻獣の世界で過ごしたため、実質二日目と言ってもさして問題は無いだろう。
「うおっ……眩し」
カーテンを開けて外の光を目いっぱい室内へ。
ペガさんのおかげで石化が解除された左腕をグルグルと回し、関節の調子を確認する。
普段通り動いてくれる左肩を確認した後、俺はベッドの上で丸まっている毛布をバサっと払い除けた。
「おーいニムー、朝だぞー」
「ん〜……あと十年……」
「またか……」
昨日の朝と全く同じ光景に苦笑いしながら、俺はニムの身体を揺する。だが起きる気配はない。
今日はエスケルトの街を観光でもしようかと考えていたので、ニムがこのまま惰眠を貪り続けると俺一人で行く羽目になってしまう。
「うーん……困った」
さすがにニムを置いては出掛けられない。けれど、外出はしたい。
真逆の考えが頭の中でグルグルと追いかけ合いをしていた。
「はてさてどうすれば……」
『もう……しょうがないの……』
うじうじと悩む俺の横から、呆れ顔の少女がひょっこり宙から現れる。
彼女の名はウンディーネ。四大精霊の水精を担っているウンディーネその人であり、邪精霊討伐のため一時的に俺と同行してくれている心強い味方でもある。
『の〜……早く起きるの〜……』
見た目は年端もいかない少女そのものだが、水精霊と言うだけあって聖水を作る事が出来る。
そんな大層な存在である四大精霊でも、ニムの前では娘を起こしに来た母親の様になってしまうようだ。
ゆっさゆっさとニムの身体を何度も揺するが、起きるどころか喋る素振りすら見せないニムに──
『……ちょっと……いらっと来たの……』
ついにディーネの堪忍袋の緒が切れた。
そしてニムの顔にバシャッと水が掛かる。
「な、何ですか!? 敵ですか!?」
ディーネの放水に、さすがのニムも目覚めたようだ。
それからすぐ放水の犯人に察しがついたニムだったが、ディーネが俺を盾にしていたので手を出したりはしてこなかった。
「くッ……卑怯な手を……」
ニムの睨む目と唸り声が俺に刺さる。流れ弾が当たったとかの次元ではない。
今すぐにでも暴れだしそうなくらい不機嫌なニムに対して、ディーネは鼻歌を奏でる程の上機嫌具合だった。
そんな朝の騒がしい一時の最中、不意に前髪の蛇柄メッシュがフワりと動く。
『君達は朝から騒がしいね……』
ダイが呆れながら言った。
「はは……悪い。起こしちゃったか?」
『いや、気にしなくていいよ。そもそも僕は寝る必要ないしね』
便利な体だなと俺は一瞬思ったが、思い返してみるとダイは髪の毛であり、栄養分を分けてくれる相手がいないと二年近くで死んでしまうのだった。
「ダイ、何処か行きたい場所あるか?」
『えっ? なんで急に……ああ、そういう事。別に気にしなくて良いよ。僕はこうやって生きてるだけで十分だから』
「そうか」
特に心残りは無さそうだったので俺も気にしない事にした。
「じゃあ、今日は街の観光でもしてみるか……」
ニムとディーネのいがみ合いを横目に見ながら、俺は今日の予定を頭の中で練る。
「飲食屋は絶対だな。うん」
ここに来た時に買ったエスケルト肉饅頭をニムが気に入っていたので、食に関しては問題ない筈だ。そもそもこの街自体が食べ物を売りにしているわけだし。
「あとは……」
と考えていたところで、部屋のドアが二回ノックされる。
慌ててドアを開けると、そこにはローブと武器を持ったレナさんが立っており──
「朝早くにすみません……。これから出発するのでご挨拶をと思いまして……」
ご丁寧に別れの挨拶をしてきた。
「もう出発しちゃうんですか……」
「はい。元々この街には一泊の予定でしたので」
「そうでしたか。すみません……俺のせいで観光とか出来ませんでしたよね?」
「いえ、お気になさらず。元々は私の早とちりでしたし。それにもっと凄い経験が出来ましたので!」
瞳を輝かせてレナさんは言う。
ペガサスや四大精霊、邪神の一部に出会えた思い出が心の奥深くに刻まれているようだった。
「まあ、レナさんが気にしてないなら良いですが……。取り敢えず道中には気をつけてくださいね?」
お世辞にもレナさんは強いとは言えないので、旅先で何かあったら……とつい不安になってしまう。
そんな事を考えていると、レナさんが膨れっ面を作って俺に反論した。
「そこまで心配しなくても大丈夫です。今回の件で少しだけ成長しましたから」
「そ、そうですか……」
レナさんは自信満々に言うが、やはり俺の不安は払拭れない。
それを察したのか、レナさんは半眼を作って俺を見てくる。
「レイ様は心配性が過ぎます。昨日出会ったばかりの人にこんなに親身になっていたら、いつか過労死してしますよ?」
人差し指を立てながら言うレナさんから、俺はそっと目をそらす。
「まあ……こんな事言ってますが、元々は私が弱いせいですからね。レイ様の気持ちも分かります」
「分かって貰えましたか」
「でもそれはそれ、これはこれです」
伝わっているようで伝わっていなかった。
意外と強情なレナさんに、俺は一度溜息をつく。
「分かりました。レナさんがそこまで言うなら信じますよ」
「それで良いのです」
「その代わり──」
やっと納得したかとでも言うたげなレナさんを前に、俺はメーさんから取り出したある物を渡す。
「これ、持っていて下さい」
「これは──ネックレスですか?」
「はい。厳密に言うとネックレスの形をしたお守りですけど」
「……結局信じてないじゃないですか」
プクッと、レナさんがまた頬を膨らました。
「ほら、よく言うじゃないですか、一流でも隙を見せれば三流以下って。念のためですよ」
「……そう言う事にしておきますね」
納得はしていない様子で不貞腐れながら、レナさんが首にネックレスをかける。
なんだかんだでネックレスを受け取ってくれた事に俺は安心の息を吐いた。
「それではレイ様。短い間でしたがお世話になりました」
「こちらこそ、とても楽しい一時でした。いつか会ったらお茶でもしましょう」
「ですね」
軽く笑って言うと、レナさんも微笑み返してくれた。
そうして朝の別れの挨拶を済ませたレナさんが旅立ってゆく。
レナさんを見送った後、俺は軽く伸びをしながら今日の予定を練り直す。
なんかないかと頭の中で街の店を思い出している最中、
「ウンディーネ見てください。レイさんが昨日会ったばかりの女にプレゼント渡しましたよ」
『れー……女たらし……』
ディーネとニムが俺を女性の敵に仕立てあげていた。
二人とも揃ってジト目になっており、先程までいがみ合っていたとは思えない程息ピッタリな連携で俺を攻めてくる。
「浮気はダメって言ったのに……」
『じー……れー、浮気ダメ……』
物悲しそうな顔で言うニム。
お前何したんか分かっとんのか! とでも言いたげなディーネ。
二人の視線がグサグサ刺さる。
そんな視線の針に耐えつつ、俺はチラッとニムを見た。
そう言えば俺の服を貸したままだ──
初めて会った時は全裸で、次の日からはずっと俺の冒険者服を来ている。
そこまで考えついたところで、今日の予定が決まった。
──よし、ニムの服を買いに行こう。
頭の中でニムにはどんな服が似合うかなと想像しながら、俺はディーネとニムの説教を受けた。
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