第28話 邪精霊 アインス

 勧善懲悪。


 この世にはそう言う言葉が存在する。

 善を勧め悪を懲らしめると言う意味の言葉だ。

 弱気を助け、悪を懲らしめる。正義は絶対に正しい。こんな言い方でも良いだろう。

 悪のいない平和な世界。とても甘美な響きをしている。

 おそらくだが全世界の人々が“正義が勝つ世界”を望む筈だ。

 さて、ここまで当たり前の事を振り返っただけの無駄な時間。普通の人なら「ふーん」と素っ気なく返して終わりだろう。


 だが“彼”は違う。


 つい先日生まれたばかり──言うなれば出来たてホヤホヤだった彼は“正義の世界”に疑問を持っていた。

 確かに皆が幸せなのは良いだろうと彼は思う。彼自身もそれを望むからだ。

 だがしかし──と、彼は暗い空間の中で頭を捻る。


 ──正義とはなんぞ? と。


 生後間も無くして殺されかけた・・・・・・彼には、それが分からなかった。

 彼は何もしていない。それどころか“何かする”と言う考えにさえ至っていない……そんな状況下でいきなり襲われたのだ。

 理由を問う暇も与えて貰えなかった一方的さは、正しく弱い者虐めそのもの。


 そんな仕打ちをされたと依代の少女に話せば、仕方ないと返って来た。

 少女が言うには自分は邪精霊で? 世界に害を齎すと伝えられているらしい。

 なんて馬鹿な話だ──と彼は盛大に溜息をついた。

 さらに少女が言うには、彼は消えなければいけない存在との事。

 なるほど、彼は生まれながらにして“悪”だったらしい。

 正義に懲らしめられる悪の役割を持って生まれてしまったと。


 ……頭大丈夫?


 彼はそう虚空に問うた。

 悪い存在に生まれたからお前も悪者な! と幼稚な論理で襲われ、挙句殺されかけた。

 逃げる際に囮用としてペガサスを暴君に変えてしまった彼だが、申し訳のなさよりも『ざまあみろ』と言う気持ちが勝ってしまったのも無理はない。


 もう一度……今度は依代の少女に問う──正義とはなんぞ? と。


 そうして返って来た答えは──“分からない”だった。


 どうやら依代の少女も、どんな理由があろうと悪は淘汰されるべきと言う考えを持っていたらしい。

 ただ、彼の話を聞いてからは彼女もまた正義が分からなくなった様だ。


 そんな彼女を見て彼は微笑んだ。


 最初に出会った奴らに比べれば、耳を貸してくれて尚且つ一緒に悩んでくれる少女が随分とマシに見えたからだ。

 きっとこの先、自分の味方になってくれるのは彼女だけだろうと彼は悟る。


 だが、彼は知らない──少女の身体が少しずつ蝕まれている事を。


 彼は邪精霊。

 本来この世に存在しない筈の闇属性を持つ精霊。

 もちろん人間に闇属性を扱える者はいない。力が強大過ぎて、触れる事すらままならないからだ。


 しかし、邪精霊をその身に匿った少女は生きている。


 何故彼女が生きていられるのか。

 その答えを知る者はいない。


 ただただ何も分からぬまま、少女の命はすり減っていく。

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