第25話 漆黒の天馬 III

 無数の黒棘が飛来する。

 雨の様に降り注ぐそれは、ただ一点俺を目掛けて襲いかかる。

 攻撃の威力が高すぎて、メーさんの力を使っても受けるダメージが大きかった。

 盾を作る腕がミシミシと嫌な叫びをあげ、気を抜けばポッキリと折れてしまいそうだ。


 相手が本気で殺しに来てる。


 元々正気ではなかったから、こうなる事は分かっていた。

 だが、ここまで劣勢に追い込まれると改めて実感してしまう。

 さすが幻獣の世界この場所の管理者だ。力の差は正しく天と地の差だった。


 片膝が地面に付けられる。

 重い圧に肩が落ち始める。

 歯を食いしばって耐えようと踏ん張るが、やはり力には押し負ける。


 理不尽──と言う言葉が似合うだろうか。


 こちらは友達二人と友達の連れの命を背負って全力で相手をしているのに、あちらは狂ったままフルパワーを出しているだけ。

 これが絵本の世界だったら、覚悟を決めた途端に力が湧いて来たりするのだが……現実は甘く無いらしい。


「ほんと……笑えてくる」


 命を背負っているにも関わらず、俺は負けそうになっている。

 けれど、ここで押し潰されたとして、一体誰が俺を咎めるだろうか?

 そう考えると、喧嘩ここで負けても『あと一歩だった』と神様にでも言い訳すれば、皆纏めて天国に行けてハッピーエンドになるのでは? と想像してしまう。


 ──中々オシャレな冗談だ。帰ったらカンナに話そう。


 そんな走馬灯にも等しい速さで思考を巡らせた後、俺は膝と腕に力を入れる。


「こんな体たらくじゃ……ニムに笑われちゃうな……」


 イタズラな笑みを浮かべながらそう呟いてみると、不思議な事にほんの少しだけ力が湧いて来た。

 相変わらず黒い棘が雨霰の様に飽きもせず降ってくるが、もう少し耐える事が出来そうだ。


『ん……おーい……』


 たった今窮地の中で限界を越えた(かもしれない)俺の下に、青い人がやって来た。


「えっと……どうした? 回復薬が足りなかったか?」

『違う……』


 首をフルフルと横に振って、否定の意を示す青い人。

 口数が少ない言わゆる無口系の彼女は、会話が進みにくいので話をしている余裕が持てない俺にとっては割と苦痛になっていた。


「えっと、手短に話してくれると助かる……かな」

『あなたに……ディーネの力……貸して、あげるの……』

「君の力?」

『ん。そうすれば……あの子……殺さなくていい……』


 ディーネと自称する少女の言葉に、俺は目を見開いた。彼女の申し出がとてもありがたい物だったからだ。

 だが、その言葉を聞いたシルフが、俺と少女の間に待ったをかけた。


『待ってくれ、レイの力はお互いを理解し合わないと発動しない。だから君では……』

『大丈夫……今理解した……』


 丁寧に説明してくれるシルフに対し、ディーネは自信満々に答える。

 俺の知らない俺自身の事を何故か知っているシルフに色々聞きたいが、今はディーネの力を借りる事だけを考えようよう。


「君の力を使うにはどうすればいい?」

『じゃあ……今使ってるの出して……』

「ごめん死んじゃう」


 そう言えばシルフも同じ事を言っていた気がする。


『じゃあ……あいつの攻撃止めて来て……シルフ』

『あたしに死ねと言ってるのか!?』

「二人共、もうちょっと空気読んで……」


 今目の前で命張って踏ん張ってる人がいますよと心の中でアピールしながら、余裕そうに死ネタ漫才を披露する青と緑を見る。


「……確かシルフって、飛ぶのめちゃくちゃ速かったよな?」

『囮かい? あたしを囮にするのかい? レイまであたしに死ねと?』

「じょ、冗談だから」


 軽い気持ちで口に出してみただけだが、シルフが泣きながら服の裾を引っ張って来た。何だか悪い事をした気分だ。


「でも、実際問題、あのペガサスアークの気を逸らさないと何も出来ないよな。あと……腕が変な音出し始めたからなるべく早めに作戦を考えてくれると助かる」


 プチ、プチ、と嫌な声を出す俺の腕。先程の火事場の馬鹿力が仇になってしまったようだ。

 こんな悲惨な状況になっても、ペガサスアークは一向に攻撃をやめない。と言うより、棘の数、威力、スピードが幾分か増した気さえする。

 そんな状況の中、レナさんやシルフ達を逃がす事を視野に入れつつ俺が耐えていると……




 ──突然、ペガサスアークが地に落ちた。



 その衝撃波で再び砂煙が舞い上がる。


「まったく……私がいない間にレイさんを殺そうとするなんて……これはあれですね、塵も残さず消すべきです」


 両腕に小枝を抱えた少女が、そんな物騒なことを言いながら俺の下まで戻って来た。


「ただいま戻りました。なんか、私がいない間に随分荒れましたね。あと、そちらの方々は?」

「俺の親友のシルフだ。それと、その連れの人達」

「ほへぇ……レイさんのご友人って四大精霊のシルフだったんですね」


 ニムの一言に俺は耳を疑った。


「え、シルフってほんとに四大精霊だったの?」

『今までなんだと思ってたんだい?』

「てっきり見栄を張ってるだけだと……」


 昔見た資料に載っていた四大精霊は、もっと発育の良い体つきをしていたのだが……と考えた所でシルフから突き刺さるような視線を向けられる。

 俺は黙って事実を受け入れる事にした。


『まあ、細かい説明は後にしよう。今の内にレイはウンディーネにスキルを使ってくれ。ウンディーネもレイのスキルの事は前に話したよね?』

『ん……おーるおっけー……』


 シルフの言葉にディーネが少ない言葉で返事をする。


『れー……こっち向いてかがむの……』

「れーって、俺の事?」

『ん……』


 ディーネは首を縦に振った。

 そして、俺は言われた通りディーネの方を向いて屈むと、



『……んっ……』



 頬にキスをされた。



「なっ!?」


 ニムの驚く声が聞こえる。


『これで……おっけー……』


 その言葉を最後に、ディーネが青い光球になって俺の中へと入っていく。

 試しに髪の毛を一本抜いてみると、鮮やかな水色のそれがあった。

 どうやら本当にスキルを使えたらしいと、俺は驚きながらシルフを見る。


『ほんとにスキルが使えちゃったか……。ウンディーネがそう簡単に気を許すはずないんだけどな……。レイは随分と気に入られたみたいだ』

「なるほど、それはありがたい」


 出会って間もない俺の事をそこまで信じてくれたディーネに感謝を念を送った。


「レイ、さん……?」


 おっと、これはまずい──と、頭の中で思った時にはニムに両肩を捕まれ、前後に揺さぶられて……


「今のキスですよね!? セリカさんが言っていた粘膜接触ですよね!?」

「う、うん……そうだね……キス、だね」


 ニムはかなり混乱しているようだ。ここまで焦った顔は初めて見た。

 それと、セリカさんはいつの間にこんな情報をニムに仕込んだのだろうか。少し気になる。

 取り敢えず今は取り敢えずニムを落ち着かせよう。


「ニム、深呼吸して」


 そう指示を出すとニムが「すぅ……はぁ……」と深く呼吸をする。


「……少し落ち着きました」

「よし。じゃあまずは目の前の問題を解決しようか」


 余裕をこいていたが、まだペガサスアークとの戦いは終わっていない。

 もう何度上がったか分からない砂煙が晴れると、その先にはまだピンピンしている相手の姿があった。


「お話は後でゆっくり聞きますからね……。それで、私は何をすれば良いですか?」

「そうだな……ニムは俺の準備が出来るまでペガサスの相手を任せたい。出来そう?」

「お任せ下さい」


 俺の指示に答えてくれるニムだが、その口調は淡々としていた。

 どうやらかなり心を押し殺している様だ。俺が不甲斐ないばかりに申し訳ない。

 そんな雑念は一旦置いておき、今はペガサスアークに意識を向ける。


『レイ、ウンディーネの力は使えそう?』

「使い方は分かるけど、扱いが難しい……」


 ニムがペガサスアークの相手をしている間に、俺はシルフ監修の下力の使い方を模索していた。


「水を手で捏ねる様に丸めて行けば良いんだけどさ、力加減が凄く難しんだよこれ」

『力のほとんどが引き出せてないみたいだ……やっぱり出会ったばかりの相手じゃ無理があるよ……。レイ、やっぱりあたしと……』

「それは最終手段でお願い」


 シルフの提案を流し、俺は水を丸める様に捏ね続ける。だが、今まで水で形をとる事などしたことが無いので大分苦戦していた。

 スキルの効果で扱う力の基礎能力が上がると聞いた時は無敵かと思っていたが、俺の力量一つでこうもダメな能力になってしまうとは。


「でも、ちょっと慣れて来たかも」


 少し歪だが、丸めた水玉が完成した。

 そうして出来た水玉を今度は生地の様に伸ばしていき、薄い円盤にする。

 そしてここに術式を刻んでいくと、魔法陣の様なものが起動する。



「よし、準備出来た──」



 と喜んでいたかったが、ペガサスアークが空で黒翼の棘を構えているのを見て瞬時に意識を切り替える。

 それと同時、俺の隣にニムが戻って来た。身体中が土汚れと血の流れた後でボロボロになっている。


「すみませんレイさん……しくじりました……」

「ううん、ありがと。おかげで準備が整ったよ」


 そうニムに感謝した後、俺は水の魔法陣を地面置いた。

 置かれた魔法陣は俺を中心に広がっていく。


 そして、最後に呪文を唱えると、



「《展開アニュート》」




 世界の景色が変わっていき、




「──《邪を祓う、水聖の檻アディル・カルラマーレ》──」



 辺り一面が大湖と化した。



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