第26話 漆黒の天馬 IV
遥か遠くまで伸びる水平線。
一つの波も立たず、鏡の様に青空を写す水面。
木々や草などは見当たらず、この世界にあるのは蒼色だけ。
結界──それがこの世界の正体だ。
空間に無理矢理隙間を作り、そこに創造した小さな世界を押し込む事で誕生するもの。
ディーネは水を操る。そのポテンシャルを最大限に発揮するため、水だけの世界を作ったのだ。
「ようこそ、俺達の世界へ」
ペガサスアークに不敵に笑ってみせると、怒気が見えそうな程の咆哮を返して来た。
そして、黒翼の棘を結集させ、巨大な弓矢を作り出す。
意識の集中が必要なのか、ペガサスアークは空に佇んだまま一歩も動かない。
「あっちが弓ならこっちも弓だ。レナさん、少し良いですか?」
「え? は、はい」
弓を持つレナさんの背後に周り、寄り添って一緒に構える。
「あ、あの……レイ様、これは──」
「一緒に戦って下さい。レナさんが必要です」
「ッ! 分かりました」
俺の一言で覚悟を決めたレナさんが、一緒に弓の弦を引いてくれる。
弦を力強く引くその姿はとてもカッコよく、俺より弱いと自虐していた自称最弱の少女の面影はどこにもなかった。
「行きますよレナさん!」
「はいッ!」
矢の軌道上に水の魔法陣が浮かび上がってくる。
そこに狙いを定め、弦を離す。
弦に押し出された矢が、魔法陣を通過する毎に水を纏い、水聖の矢となって飛んでいく。
それと同時に、相手も黒翼の矢を放つ。
聖と邪の衝突。
対をなす属性同士のぶつかり合いに、周囲の水が大きく波を立てた。
漆黒の矢は闇、水聖の矢は水と光。属性の数から言うと、こちらに勝機がある。
そして、ここはディーネの力で作った
その世界を前にして純粋な力比べなど、笑止にも程がある。さらに言えば、この世界の操作権は俺が握っているのだ。
そんな状況で張り合ったペガサスアークの結末は、言わなくても構わないだろう。
「これで終わりだ。いやー……殺さずに済んで良かった。レナさんもお疲れ様です」
「結局……レイ様が全部済ませてしまったではないですか……」
「俺はレナさんと一緒に矢を放っただけです。標準とかは全部レナさんがやったんですから、もっと胸張ってくださいよ」
「あれは偶然でしたし……。それと、頭撫でないで下さい……」
水聖の矢が刺さるペガサスアークを見ながらレナさんを頭を撫でていたら注意されてしまった。けれど、満更でもなさそうだ。
背後からニムの刺すような視線を感じるがそれは一旦置いておき、ウンディーネの浄化の力が乗った矢によって邪気が祓われたペガサスアークの下に向かう。
「うん、気を失ってるだけだ」
黒い身体と赤褐色のラインが綺麗に無くなり、元の純白で神々しい姿に戻ったペガサスアーク。
その姿を確認した後、結界を解いてウンディーネも解放した。
時間は掛かったが、これで全て終わったのだ。後はペガサスアークの目覚めを待って羽を一枚貰えば……
「レイさん?」
俺を呼ぶ声と共にポンっと、肩を叩かれる。
振り返ると、涙目で頬を膨らますニムがいた。
どうやら俺の戦いはまだまだ終わらないらしい。
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