第24話 漆黒の天馬II

 腕に衝撃が走る。巨人の一撃を受けたかのような、それ程の威力だった。

 腕がキシキシと嫌な音を立てる。

 "金属化"していなかったら、間違いなく折れて……いや、それどころかここにいる全員が死んでいたかもしれない。

 強い衝撃によって踝の辺りまでめり込んだ足は、中々引き抜けなかった。


「い、いきなり何ですか……」


 この場にいる中で唯一の一般人枠であるレナさんが、舞い上がった砂埃にむせながらそう声をあげる。

 俺達の下に何がやって来たか。

 答えるだけなら簡単である──


「シルフ、これは一体? 黒いペガサスなんて見た事ないぞ?」

『なんて言えば良いんだろうか……闇堕ち?』

「疑問で返されても困るんだけど……」


 シルフ曰く闇堕ちしたペガサスが、今俺達の目の前の立ちはだかっていた。

 元の純白とまで言えたであろう身体と翼は真っ黒に染まっており、血を表すような赤褐色のラインが血管の様に浮き出ている。

 鼻の頭には見覚えのある角が一本……


「もしかしてあれ、ペガサスアークなの? 」

『ん……そう……』

「嘘だろ」


 冗談であって欲しい俺の予想は、青い人の正解のファンファーレによって確定してしまった。


 ──ペガサスアーク。

 従来のペガサスよりも聖の力が強く。ユニコーン程ではないが立派な角がある。

 そして、俺が会いに行こうとしていたペガサスの友人その人だ。


「え、いや……こんなサプライズ嬉しく無いんだけど……」

『受け入れてくれ。そして、これからあいつを倒さなくちゃいけない』


 シルフの言葉に耳を疑った。


「俺に友達を殺せと?」

『仕方ないです。もうああなってしまったんですから。せめて安らかに眠らせてあげるです』


 黄色い人が言い訳じみた様子で言う。

 なるほどなるほどと、俺は黄色い人の頭を撫でながら、もう片方の腕を金属化させて衝撃に備える。


 直後、またペガサスアークの突進が俺を襲った。


「──ッ……これを殺せと? 出来るのか?」

『……まあ、正直厳しいな。でも、レイがやる気とスキルがあればあたしの力を貸して何とか出来る……かもしれない』

「……俺の力の使い方が分かるのか?」

『まあね』


 突進の衝撃に耐える俺の後ろで、シルフが得意げな顔をする。

 俺の事を知っているならもっと早く教えて欲しかった。


「それで、どうするんだ?」

『まず、レイの中に入ってるメタルスライムを出してくれ』

「無理。死ぬ」


 突進の衝撃に耐えられず、つい先程からいなし始めた具合には苦戦を強いられているのだ。

 この状況でスキルを解けなど、自殺しろと言われてるのと同じである。


『何とか隙を作れないか?』

「無理……てか、シルフが押された相手なんでしょ? 俺のスキルを使っただけで何とかなるの?」

『そこが今回の作戦のミソだ。レイのスキルは中に入ったモンスターの基礎能力を上げてくれるからね』

「初耳だわ……」


 十数年このスキルを抱えて生きて来たが、そんな秘密が隠されているとは知らなかった。

 何なら昔に教えてくれればとグチグチ言いたいが、それは後にすべきだろう。


「それで? シルフが俺に憑依した後はどうするんだ?」

『私の風の力で、あいつの首を断つ』

「却下」


 殺してどうするんだとシルフに目線を向けるが、諦めたように首を横に振ってきた。


『レイ、悪いけど諦めてくれ。あいつはもうレイの知ってるペガサスアークじゃないんだよ……』

「ああ、知ってる」


 普段通りじゃ無いのは見て分かる。

 真っ黒な身体と、禍々しい赤褐色のライン。

 あれを普通だと言える人を見てみたい。

 なんて事は置いておき、俺は自前の盾を構える。

 後ろではシルフが縋る様に俺の服の裾を引っ張っていた。


『お願いだ、レイ……覚悟を決めてくれ……』


 シルフがここまで懇願するのも珍しい。それ程まで今のペガサスアークが危険な存在と言う事なのだろう。

 しかし、シルフが闇堕ちペガサスアークを何としてでも殺したい様に、俺も友達を元に戻したいのだ。


「やっぱり却下だ。絶対に殺させない」

『じゃあどうするんだ? レイだってもう限界じゃないか……』


 確かにシルフの言う通り、今の俺の身体はボロボロだ。


「それでも、やっぱり俺にモンスター殺しは出来ない。悪いな、臆病者で」


 衰えを見せないペガサスアークの突進をいなし、耐える中で、相変わらずシルフは俺に縋り付いていた。

 融通が効かないのは本当に昔から変わらない。


「……そう言えば、シルフとは口喧嘩しかした事なかったな」

『い、いきなりなんだい?』


 ペガサスアークの突進をいなすのも困難になった今の状態で、喋っている余裕など本当はないが、どうしてもシルフに伝えたかった。


「喧嘩って言うのは、拳と拳をぶつけ合う時もあるんだよ」

『そ、それは知ってるけど……これは喧嘩とかじゃなくて……』


 ペガサスアークが闇堕ちしてしまったのは分かる。

 自我を失い、形振り構わず視界に入った者に危害を加える。

 嗚呼……確かに危険で邪悪な存在だ。


 けれど──


「これは喧嘩だ。俺と友達ペガサスアークのな」


 何があったのかは知らないけれど、闇堕ちグレてしまう程の事があったのなら……


「だったら、あいつの友人として、真正面からグーで迎え撃つッ!!!」


 盾を解除し鋼鉄化した拳を作って、ペガサスアークを迎え撃つ。

 鈍く重い音が響き、お互いの間に衝撃波が波紋の様に広がって行く。

 しばしの間ぶつかり合っていたペガサスアークが、朦朧とした気を晴らすため首を左右に勢いよく振った。

 再び天高く舞い上がり、辺りに羽を無数に撒き散す。


 そしてその羽達が黒い光を帯びていき、一本一本が棘の様になる──


「おっと……威力が足りなかったか?」

『ダメじゃんか!?』


 シルフの絶叫と同時、無数の黒翼の棘が飛んで来た。

 やはり、一筋縄ではいかないらしい。



 ◇



 怖い──その一つの感情が、ずっとレナを苦しめていた。


 地べたの上で情けなく腰を抜かし、ただ震える事しか出来ない。

 何かしなきゃと自前の弓を持ち出してみるけれど、結局そこで止まってしまう。

 目の前で自分を守りながら、黒いペガサスを相手にしている男の人とはえらい違いだ。

 しかし、こう言い訳も出来た……レナ自身は弱いから、足でまといにならないようじっとしていた、と。

 考えてみて欲しい。レイは気づいているか分からないけれど、ここにいるカラフルな人達は四大精霊と言って、神の次に強いと言われてる方々なのだ。


 火の精霊──サラマンダー。


 水の精霊──ウンディーネ。


 風の精霊──シルフ。


 土の精霊──ノーム。


 その力の前では人間など塵に等しい四大精霊を、同時に相手をしても優勢に立てる相手と戦っているのだ。貧弱な人間がどう勝てと言うのか。

 更に、今戦っている男の人曰く、殺さず? 拳で抵抗する? ……なるほど──あなたは馬鹿ですかと、レナは怒鳴りたい気持ちでいっぱいだった。


『ん……気にいった……』


 そんな窮地の中、レイに青い人と呼ばれていた少女──ウンディーネがボソリとそう呟いた。


『気に入ったって……ウンディーネちゃん、あの男の人を気に入ったですか?』


 ウンディーネの呟きに、黄色い人ことノームが尋ね返す。


『心が強い人、好き……』

『もぉ〜ディーネちゃんったらチョロイン過ぎだよ〜。まあ、ディーネちゃんの気持ちも分かるけどね〜。サラちゃん的にもあの人ありかな〜って』


 目の前で命を張って戦っているレイがいるのに、いきなり恋バナをし始める四大精霊。レナは半眼を向けた。


 嗚呼……なんて緩いんだろう……。


 この四精霊を見ていると、不思議と恐怖心も和らいでいった。


「私も、何かしなきゃ……」



 強く意思を灯し、レナは弓を握る。


 ◇

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