第23話 漆黒のペガサス

 テントを組み立てるレナさんを見ながら笛を吹き続ける事二十分弱。

 目の前には人が五人は軽く入れそうなサイズのテントがそびえ立っている。

 そんな様子を丸太に座りながら見る俺の隣に、作業が終わったレナさんがやってくる。


「お疲れ様です。お茶、どうぞ」

「あっ、ありがとうございます」


 差し出したお茶を笑顔で受け取り、一口啜るレナさん。飲んだ後、お婆さんのように「ほぉ」と息をついた。


「すみません。全部任せてしまって……」

「いえいえ気にしないで下さい。レイ様は腕が動かせませんし、さっきの戦いで私は何も出来なかったので、これくらいは」

「立派ですね」

「その言葉はニム様に言って下さい。一番頑張ってましたし」


 自嘲気味に笑いながら、レナさんは続けて言う。


「私は、ただの役立たずでしたから……」

「別にそんな事ないと思いますけどね」

「慰めなくて良いですよ。レイ様も分かってると思いますけど、私、弱いんですよ」


 確かにレナさんはお世辞でも強いとは言えない実力だ。

 細剣も弓矢も両方初心者並だし、自分より格上の相手と出会った時、恐怖で固まってしまう。それに、咄嗟の判断力もない。


「まあ、レナさんは弱いですね」

「意外と直球に言いますね……」

「事実ですし。ただ、レナさんは俺よりはずっと強いですよ」

「バレバレな嘘つかないで下さい」


 若干嫉妬のこもった目線を向けてレナさん言って来る。

 俺が強い? ご冗談を──と心の中で吐き捨てた後、俺はスキルを解いてメーさんを膝の上に乗せる。


「俺は弱いですよ。メーさんがいなきゃ、きっと今頃この世にいなかったでしょうし。俺はただ、運が良かっただけの人間ですから」


 憑依シフトジャックの力が無ければ、俺はメタルスライムを連れているだけの変人である。さらに、出会ったメタルスライムがメーさん以外だった場合でも、俺は詰んでいる。


「変わったメタルスライムに出会って、生き方を教えて貰って、俺はここにいるんです。周りが強いだけですよ」

「……本当でしょうか」

「本当です。何なら、今の俺と腕相撲してみますか? 絶対レナさんが勝ちますよ」


 丸太の上に肘をついて一戦交える準備をすると、レナさんがクスクスと笑いだした。


「レイ様は本当にお優しいですね。そこまで私に気を使わなくて良いんですよ?」


 気使いではなく本心からですと伝えようと思ったが、今は何を言っても駄目そうだったので諦めた。

 重たい腕を持ち上げて、先程と同じ場所に座り、丸太の上に置いた笛を手に取る。


「まあ、反省会はここら辺にして、のんびりニムの帰りを待ちましょうか。雑談でもしながら……あ、話のネタがないな……。レナさんは何かあります? 気になってる事とか」

「うーん……私も特に──……あ、ではレイ様がお持ちになっているその笛について聞いても良いですか?」

「ああ、これは親友がプレゼントしてくれた物です」


 幼き頃に出会った、風を纏う不思議な人。そして俺に人の言葉を教えてくれた人である。

 年中和装をしている変わった人だったが、その分面白い知識も持っていて、生活に役立てていたのを覚えている。


「親友からこの笛を貰って、吹き方を教わる内に人語も覚えたんですよ。怪我した時なんかは回復薬をくれて」

「ふふっ、素敵なご友人ですね」

「はい。まあ、最近は全然会えてませんけど……」


 最後に会ったのはいつだったかと思い返してみると、「やる事が出来た」と言って俺の前から姿を消したてから、もう四ヶ月も経っている事に気付いた。

 心の中に一気に不安が広がっていき、一筋汗を垂らす。

 親友からの笛を口に当て、かつて教わった警笛の意味がある曲を奏でる。いつもはこれを吹けば一瞬で親友が駆けつけてくれたが……


「……来ない」


 親友は現れなかった。

 だが、その代わりなのかは分からないが、俺の前髪がピクリと跳ねる。


『主人。その音、どこで知ったんだ?』

「おお……いきなりだなダイ……」

『それはすまなかった。それでだ、その笛の音をどこで知ったんだ?』


 相変わらず表情に変化はないが、興味深々と言った様子が伺えた。


「この曲は俺の親友が教えてくれたんだ。俺に何かあった時にって」

『……そっか。もう一つ聞きたいんだけど、その親友さんは人間かい?』

「いや、多分人ではないと思う。風の力で空飛んでたし」


 俺がそう言うと、ダイは一言『なるほど』と返して、


『主人、多分だけどこれからまた厄介事に巻き込まれると思う』

「え……それってどう言う……」

『そっちのお嬢さんは早く逃げると良い。大きな怪我を負う前に』

「な、何から逃るんですか? ここには私とレイ様と貴方しか……」


 レナさんが訝しげに尋ねると、ダイは周囲に警戒を示しつつ答えた。


『今、この世界の管理者が危機を迎えている。それを解決するために主人の親友も手を貸している。だけど、あまり上手くいってないみたいだ』


 俺とレナさんの周りをグルグルと回っていたダイが、そう言った途端に上空を見やる。


 刹那──上空から何かが落ちて来た。


 ダイの巣があった場所を中心に舞い上がる砂煙。

 落下の衝撃のせいで吹き飛ばされそうになるレナさんとメーさんを抑えて、しばらく耐えていた。

 砂煙が周りを覆い隠し続ける事数分。それは次第に収まっていき、衝撃の原点と思われる場所には、怪我を負った四人の少女が。

 赤青黄緑と、それぞれカラフルな髪型をしており、その中には──


「シルフ!?」


 緑が基調の和装に白い羽衣。風の人こと俺の親友であるシルフがそこにいた。


『おや、レイかい。久しぶりだな』

「久しぶりとかじゃなくて、その怪我は……」

『あはは……ちょいとヘマをしてしまってな』


 ちょっとミスしちゃった程度の軽い感じの笑みだったが、顔や身体は酷い汚れ方をしており、至る所から彼女を構成している精霊が漏れ出していた。

 俺は咄嗟にカバンの中から回復薬を取り出し、シルフとその連れの人達に渡す。


「ごめん。今普通の回復薬しかないけど。これで少しはましになると思うから」

『ははっ。あたしはこれくらいの怪我すぐに治るって昔から知ってるでしょ?』

「それはそれ、これはこれだ。シルフも早く飲んでくれ」

『そう言う所も変わらないなぁ』


 やれやれと言いながらも感慨深そうな反応をするシルフ。この面倒見の良い活気ある姉のような立ち振る舞いは変わっていないようで安心した。


「それで、何があったんだ?」

『あれ……』


 俺が尋ねると、回復薬を飲むシルフに代わって、髪色が水色のシルフと瓜二つの少女が答えた。

 彼女が指す上空を見ると、黒い物体が目に写る。遠目からなうえ色が黒くてハッキリと視認は出来ないが、シルエットから察するにその姿は──


「……ペガサス、か?」

『正解☆いやー人間にしては良い視力だね〜』

『サラマンダー、君はもっと空気を読む事を覚えた方がいいです……』


 状況の割にやけにノリが軽い赤い人が、黄色い人に説教をされていた。

 髪の色同様、性格も四人四色な人達に俺が困惑していると、


『ほらほら、積もる話は後にして、今はあいつを何とかするよ』


 シルフが場を落ち着かせる様に言った。そして再度上空を見やる。

 俺もつられて空を見ると──……真っ黒な霧がペガサスの周りを覆っていた。

 そして、黒霧を纏うペガサスの見える大きさが段々と大きくなっていく。

 先程は遠くに居すぎて見えなかったが、今その姿がハッキリ見える様になっていると言う事は、段々此方に近付いてる証拠であり……


『あ、まずい』


 と言うシルフの間の抜けた声に対し、俺は慌ててメーさんを呼ぶ──


憑依シフトジャックッ!!!──」


 ……メタルスライムと叫ぼうとした瞬間、気を失いそうな程の衝撃が俺を襲った。

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