番外編 幻獣域

 ティスキン領領主ガイン=ティスキンの朝は早い。と言うか寝てない。

 仕事机の上に乱雑ながらも多少整理された書類の中から、未処理のものを取り出し、早速ペンを握る。しかし、三徹明けのおじさんの身体では、最早文字を書くことすら出来なかった。

 仕方ないとペンを置き、軽く休憩を取ろうと、コーヒーを煎れ本棚の本を漁る。


 そんな中、本棚の中で眠っていたであろう少しホコリを被ったまだ新品さのある本が出てきた。


「これは……」


 手で本の僅かなホコリをはらい、著者の名を見るとバーナ=イベルと言う表記が。

 イベル家は、代々続く貴族の家柄である。バーナと言うのはイベル家の長男であり次期当主だ。

 この本はそんなバーナ=イベルが、幼少期に体験した不思議な世界の事について綴った本らしい。


『この本は私が幼き頃に見た、幻獣だけの世界について記したものだ』


 見開き一ページ目から、頭の具合いを疑われる一文が添えられている。

 幻獣だけの世界なんてものがあったら、とっくの昔に罠だの物量戦法等でその場所を蹂躙しに行っている。きっと幻獣達に返り討ちにあっているだろうが、その時は記録を残すだろう。だが、この国にも……ましてやどの国にもその様な資料は無い。

 だから、この本はバーナの幼き頃の夢という事で落ち着いている。


『かつて私が入ったその世界は、西が地獄の様、東が天国の様にと言った様子で極端に景色に差がある場所だった。空にはドラゴンとペガサス、セイレーンなどが飛び回っており、地にはユニコーンやヌエ、キマイラなどが走り回っている』


 この世には数多くの幻獣が存在する。これはその中でも一部。おそらくだが、幻獣を詳しく知らない人でもわかるよう、ポピュラーなものを最初に書いたのだろう。


『気付いた時にはそこにいたので、私は訳も分からずさまよった。そこで一匹のペガサスに出会った。翼の片方が青く、ユニコーン程ではないが頭に角を生やしているペガサスだ──』


 ──曰く、そのペガサスはこの世界の管理人。

 世界に危機が迫った時の警報装置であり、世界の秩序を守る者。


『ペガサスは言った。──この世界は平和を愛す力ある者のための世界だと。四大精霊が、争いを好まない幻獣達に作った世界だと』


 四大精霊は、世界の元素、火水風土の四属性を生み出した者である。また、この四大精霊達の力の一部をお借りして使うのが魔法であり、それを体現するのが魔法使いである。


『全属性の魔法を扱う事が夢だった私は、そのペガサスに四大精霊に合ってみたいと頼んだ。しかし、当然返事は私の望んだものではなかった』


 その理由は本には書いて無かったが、バーナ曰く『四大精霊は気ままな性格で、滅多に姿を現さない』との事らしい。そして、幻獣の世界に行くには、その四大精霊の誰かと“契”と言うものを結ぶ必要があるそうだ。

 この世界に居たいと願ったバーナは、ペガサスに無理を言って四大精霊を探したと言う。結局見つから無かったが。

 長い時間世界を回ったバーナは、疲れ果て眠ってしまったらしく、目覚めたら元いた世界に戻って来たと、この本には書かれている。


『私はいつか四大精霊の一体と契を結び、あの世界をまた訪れる──』


 バーナは一度世界に帰って来てるが、幼き頃何度かその世界に行けたらしく、まだ本は続いている。しかし、ガインはそこで本を閉じた。


「ふぅ……十分ぐらいは休憩出来たか」


 彼はあくまで休憩で本を読んでいただけ。


「さて……まだまだ掛かるなこりゃ」


 目の前の未処理の書類を見ながら、彼はペンを走らせる。

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