第22話 石化の大蛇 参
「えっと、さっきまでの事覚えてる?」
念の為確認を取ってみると、案の定記憶にないと言った顔をする大蛇。
『さっき……用事から帰って来たら、巣が荒らされてて……それから……そこで途切れてるや』
「巣?」
『うん。君の後ろにあるやつ』
どうやら、あの草や蔦で出来た巨大な器のようなこの大蛇の家だったらしい。
「荒らし……もしかして俺達の事か?」
『え、違うの?』
「違う違う。俺達はここでご飯を食べてただけだよ」
『え、そうだったの? 』
大蛇の話から察するに、住処を荒らされたと勘違いし死にものぐるいで守ろうとした結果、興奮で暴走したと言ったところだろう。申し訳ないことをしてしまった。
「ごめんな、驚かせちゃって」
『ううん、気にしないで。僕の方こそ急に襲ってしまってごめんよ。その腕を見ると……噛んじゃったんだよね』
「まあそうだが気にしないでくれ。名誉の傷みたいなものだから」
相手の能力を測るために自らを犠牲にして出来たものなのだ。中々格好いいではないか。重くて動かしにくくて邪魔だけど。
「ところで聞きたいんだけど、君はなんていうモンスターなんだ? 全く見た事ない見た目だし、喋れるモンスターなんて俺が見て来た中でも片手で数えられる数しかいないんだけど……」
『あぁー……僕はモンスターとはちょっと違うんだ』
「あの……話に横槍を入れるようで申し訳ないのですが……」
俺が大蛇について聞いていると、何処か緊張した様子のレナさんが入って来た。
『ん、なんだい?』
「もしかしてですが……貴方様は邪神メデューサの一部……だったり?」
『うん。そうだよ』
大蛇がなんの迷いも無く肯定すると、レナさん途端にぱあっと表情を明るくする。
「そうでしたか! 世界の神辞典一三五ページに載っていた邪神メデューサの髪の毛そっくりだったのでもしやと思いましけど、やはり!」
『そ、そこまで知ってて貰えて嬉しいよ……』
ハキハキと笑顔で自身の情報を語るレナさんに、大蛇は若干引いていた。まさかレナさんが神話マニアだったとは夢にも思わなかっただろう。俺も驚いている。
こんな様子のレナさんだけど、つい数分前まで相手に命を脅かされていた筈……
「私、一回神様に会って見たかったんです!」
だが、さっきの事は関係ねぇと言った様子で話していた。
『そ、そっか。でも、僕は邪神……というか邪神の一部だよ?』
「それでもです! 触ってもいいですか!?」
『うん、良いよ』
興奮気味に聞いたレナさんに、大蛇は快く返してみせた。
大蛇から許可が下りると、レナさんはその皮を優しく撫でて「ほわぁ……!」と感極まった声を出す。
レナさんには失礼かもしれないが、反応が幼き頃初めてメーさんを見たカンナと同じだったので、子供っぽいと思ってしまった。
レナさんが大蛇の感触に夢中になってる内に、俺は話を再開する。
「で、メデューサの一部だっけ? なんでこんな所にいるんだ? もしかしてメデューサ自身も何処かに……」
『ああ、そこは安心していいよ。この世界に来たのは僕だけだから』
一先ずその答えを聞いて俺は安心した。
邪神メデューサがこの世界に降りて来て、侵略なんか始めたらどうしようかと思ってしまった。しかし、この髪の毛……神の毛? だけがここにいるのも、それはそれで不自然──
『僕、メデューサの抜け毛なんだ』
抜け毛……
「抜け毛?」
「うん。抜け毛」
邪神メデューサから抜け毛した喋る抜け毛蛇……中々にパンチの効いた存在である。
茶緑の背に白い斑模様、薄黄色の腹と言った、大きさ以外普通の蛇と何ら変わりないので、てっきり運良くこの世界に紛れ込んだマイナーな大蛇かと思っていた。
「メデューサって抜け毛するの?」
『あー……そこは少し長くなっちゃう』
「いいよ。聞かせて欲しい」
『そう? じゃあ、話は僕が生え始めた頃からなんだけどね──』
──そうして、大蛇は全てを話してくれた。
まず、大蛇……呼びにくのでダイと呼ぶことにする……ダイは、メデューサに生えた髪の中でも特殊な存在だったらしい。
普通、メデューサに生える蛇は、攻撃的で性格が邪神同様腐ってるとの事。しかし、このダイだけは温厚な性格なうえ、相手から手を出されるか非常事態に陥らない限り攻撃をしないと言う。
そんなイレギュラーな一本として生まれて……生えてしまったダイは、メデューサや周囲の蛇から矯正を施された。だが、根っこから善良のダイは、その指導が反面教師となり余計善良になったとか。
ダイに対し、堪忍袋の緒が切れたメデューサは、ダイを引っこ抜きこの世界に捨てたと言うのだ。
「端的に言うと、気に入らない髪の毛があったから抜いて捨てた……って事で良い?」
『うん。で、その捨てられたのが僕』
「なるほど」
枝毛を抜き捨てるカンナと同じ状況と見て良さそうだ。
「捨てられてからどれくらいたったんだ?」
『二年、くらいかな?』
「二年も……いや、二年しか、か?」
『まあ、そうだね』
何千何億の時を生きる神様にとって、二年なんて秒に等しいわずかな時間だろう。
頭の中で大蛇の状況を整理した後、俺はその中で気になった事を聞いてみる。
「それで、君はあとどれくらい残ってるんだ?」
俺がそう聞くと、ダイは驚いたように目を見開いた。
『なんで分かってたの?』
「勘、かな」
『そっか。まあ、答えるとしたら……だいたい二週間ってとこかな』
「二週間……」
大蛇の言葉に胸が潰れそうになった。
そんな俺の様子を不思議に思ったニムが、意に介したように聞いてくる。
「レイさん、この大蛇がどうしたんですか?」
「この大蛇は、あと二週間で死ぬ」
「えっ……」
俺の答えに真っ先に反応したのはレナさんだった。
「この子、あと二週間で死んじゃうんですか? 嘘ですよねレイ様?」
「残念だけど……」
こうして喋っているため忘れそうになるが、この大蛇はあくまでメデューサの髪の毛なのだ。
本体から離れた髪の毛がどうやって二年生きて来たのかは謎だが、元々髪の毛として生まれてきた以上、食事や排泄と言った機能はないはず。なので、これから活動するためのエネルギーが摂取できず、その内死んでしまう。
「何とかなりませんか? レイ様……」
「うーん……こればっかりは何とも……」
大蛇の本体になって、栄養を与え続ける存在がいればまた話は別なのだが。
「なあ、大蛇。君の依代になってくれる存在を探してみないか?」
『残念だけどそれは無理だよ。と言うか、僕はそのためにこの場所を駆け回ってたんだから。けど、見つからなかった』
「やっぱり邪神メデューサの一部って言うのが枷になってるのか?」
『まあ、そうだね……』
諦めたように溜息をつく大蛇。性格が良くても、邪悪な存在の一部だったが故に嫌悪されていると。
見た目だけで全てを判断するとは、幻獣も人と似たような事をし始めたな。
「ここの幻獣達には全員断られたのか?」
『あと残ってるのは、ペガサスと四大精霊ぐらいかな。でも、ペガサスは神聖の獣だから一緒にいられないし、四大精霊に至っては出会えないと思う』
「詰んでるな」
『詰んでるよ』
正に八方塞がりからの絶体絶命な状況だった。
折角出会えたのだから何とか出来ないかと俺が悩んでいると、ニムがあっけらかんとした様子で、
「拠り所がないなら、私に憑きますか?」
そう自分から名乗り出た。
一体どういう心境なのだろうか。ニムが進んで交流をするとは。
「良いのかニム?」
「まあ、邪神だからとかそう言うの嫌いなので。それにレイさんみたいになれるじゃないですか」
にぱっと笑ってニムは言った。
まさかニムが俺の真似をしてくるとは思ってもみなかった。
そんな俺を他所に大蛇はニムに近付き、見定めるように周りを一周したあと──
『無理っぽい』
「うえ?」
どうやらダメだったらしい。
ニムは純粋に疑問を抱いた顔で大蛇に問う。
「なんでですか?」
『なんか、君から神聖な力を感じる。あと、そっちの子からも』
「私もですか……」
大蛇はニムとレナさんを見ながら言った。
ニムはあの白銀の見た目からして何となく光系かなと思っていたが、まさかレナさんまでもが適合出来ないとは。
「じゃあ、俺はどうだ?」
『君は……まだ大丈夫そうかな。少しだけ感じるけど、他にも色々混ざってる』
「混ざってる?」
『うん。凄く弱い神の気配と……これは、なんかの鉱石? あと、邪気を放つ袋みたいなものと……普通の人間のオーラ……かな』
大蛇に言われるまで忘れていたが、俺の中には今メーさんがいるのだった。鉱石やら邪気の袋云々はメーさんからだろう。
「まあ、俺の中身は置いといて。一応は憑く事が出来るって事で良いか?」
『うん』
「よし、じゃあおいで」
『……ほんとに良いの?』
何故かここに来て大蛇が弱気な姿勢で聞いて来た。
「急にどうしたの?」
『いや、メデューサの一部がいるって知られたら、周りの人から変な目で見られたりしない?』
「変に見る周りがいないから大丈夫」
『……悲しいね』
邪神の抜け毛に哀れまれる俺は変人なのかもしれない。
俺は心の中で思いながら、気にしないふりをした。
「まあ、そういう事だから遠慮しなくていいよ。さあ、どんとこい」
『……うん。よろしくね』
決心した様子の大蛇は、俺の後頭部に自身の尻尾を当てた。すると、引き込まれるように大蛇が小さくなっていき、最終的に少し長い茶緑のメッシュに変化した。
おそらくだが、俺の毛穴から栄養を無理矢理貰うつもりなのだろう。
なんて予想を立てながら、俺は前髪のメッシュをいじる。
「これからよろしく。ダイ」
『それは、僕の名前かい?』
「おう。変だったか?」
『ううん。気に入ったよ』
前髪が勝手に動くのも新鮮な感じがするが、俺のスキルから見れば案外普通の事なのかもしれない。身体が液状化するし。
新しい友達について色々と悩みながら、俺はレナさんとニムの方に振り向く。
「さてと、じゃあ……」
「ペガサス探し再開しますか? それともレイさんの腕の回復を待ちましょうか……」
「そう言えば腕が石になってたんだっけ。すっかり忘れてた」
幾分か重さに慣れた左腕を上げてみたが、やはりまだ長距離を歩くのは無理そうだった。
俺は頭の中でどうしようかと考えてみるが、そんな急に解決が思いつくこともなく……
「もう少し休むか。ニム、焚き火するから周辺から枯れ木集めて来てくれないか」
「了解しました!」
ニムは元気良く返事をして、飛んでいくように走って行った。
「あの、レイ様。私も何か……」
「うーん……じゃあ、テント張り手伝って貰っても良いですか?」
「はい! お任せ下さい!」
レナさんもニムの様な元気の良い返事をしてくれる。
メーさんの中から簡易テントを出して渡した後、せっせかそれを組み立てるレナさんを見ながら、俺は重たい左腕を垂らして片手で親友の笛を奏でた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます