第13話 少女救出作戦

「芝居にしてはよく出来てますねレイさん……レイさん?」

「……おお、悪い。ボケっとしてた」

「そんなに熱中してましたか……すみません、邪魔しちゃって……」

「ああ、そう言う訳じゃないから大丈夫」


 ローブの少女と男性冒険者の方を気にかけながら、俺はニムに返事をする。


「……もしかしたら、演技じゃないかもしれないな」

「え?」


 男性冒険者が放ったあの『空斬』と言う技、戦斧使いが実際に使っているのを見たことがある。構えから戦斧を扱う手捌きまで、全て本物と同様だった。


「ニム、一応準備しといてくれ」

「戦闘ですか!」

「いや、逃げる方……」

「……分かりました」


 一瞬だけニムがつまらそうな顔をしていた。

 ニムが戦うと強すぎて相手を殺しかねないので、今は我慢して貰う他無かった。逆に俺は弱すぎるので、戦うなんて以ての外である。

 ニムは退屈だろうが、どうか今は我慢して──


「……男の人が持ってる斧を壊すのもダメですか?」

「うんダメ……」

「そうですか」


 ニムが相手の下に殴り込みにいかないよう気をつけなければ……。

 そんな不安と決心を胸に、俺は今一度ローブの少女達の方を見ると、


「まだ……負けてません!」

「脅しのつもりか?弓なんか構えて」


 戦斧の冒険者が言う通り、ローブの少女が弓を構えていた。しかも、矢を放った軌道の先には俺達がいる。

 さすがにこんな大勢の前で飛び道具は使わないだろう。外れたら大惨事である。

 そう思いながら、俺は矢を放たとうと弦を引く少女を見る。


「たあッ!」

「うお!?」


 ローブの少女が矢を放ってしまった。案の定その矢は外れ、俺の隣にいる女の子の方に飛んで行く。そして……


 ──ドスッ!


 そう矢が突き刺さる音がした。


「……ふぇ?」

「大丈夫かい?お嬢さん」

「う、うん。ありがとう、お兄ちゃん」


 矢が当たるのを覚悟した女の子が恐る恐る目を開ければ、そこには銀色の薄い板が。

 念のためスキルで準備をしておいて正解だった。

 少女は俺にお礼を言った後、父親らしき男性に連れて行かれた。


「レイさん? 浮気はダメって……」

「え、これ浮気なの?」


 プクっと頬を膨らましたニムに説教をされてしまう。

 今のやり取りの何処に浮気要素があったのかと俺は困惑しつつ、刺さった矢を手に取って見てみる。

 木の棒の先には鋭い三角形の鉄部品が取り付けられており、それは何処からどう見ても……


「本物の矢だよなぁ……」


 という事は、目の前に広がってる光景は演劇などでは無く、リアルに起こっている立派な暴行事件と言うことになる。


「ニム、男の人と戦ってる子とその後ろの女の子、担いで何処か遠くに逃げて欲しい。出来る?」

「出来ますよ。でも、女の人ですか……。何だか浮気相手になりそうで嫌なのですが。まあ、レイさんが言うなら」


 嫌々了承したニムは、男性冒険者を軽々飛び越えてローブの少女と茶髪の少女を小脇に抱えた後、近くの路地裏へと逃げて行った。

 突如として消えて行った少女達に男性冒険者は困惑しながら、ニムが逃げて行った方をポカンとした様子で見ている。

 バレない内に俺も逃げようと、男性冒険者同様ニムが逃走した方を見て固まる人達を押し分けて進んで行く……


「待て」


 気の所為か、男性冒険者の声が俺に刺さった様な気がした。だが、俺は迷わず歩みを進める。


「そこのお前だ!銀髪のお前!」


 この場にいる銀髪の人と言えば、スキル発動中につき絶賛髪が変色中の俺だけである。どうやら先程のは気の所為では無かったようだ。

 男性冒険者にお呼ばれされ、俺は渋々その人の前に出る。

 心底虫の居場所が悪いと言った男性冒険者は、武器である両刃の戦斧を構えて──


「お前さっきの女の連れだろ?俺は今、とて〜も腹が立っている。だから、一発殴らせろ」


 そんな理不尽な要求をしてきた。


「あ、あの……なんでそんなキレてるんですか?」

「今日俺はな、C級冒険者に上がったんだ。装備も一新したてだったのに、あの茶髪の女は俺にぶつかってきやがったんだ!見せしめに一発殴ってやろうと思ってた矢先に、お前の連れが、でしゃばって来た弱っちい女もセットで連れ攫って行った!」

「……それで、その鬱憤を晴らすために殴らせろと?」

「そうだ!」


 新しくした装備もクエストに出た途端汚れてしまうのではと思ったが、綺麗なままクエストで使いたかったんだなと察し、俺は何も言わないでおいた。

 気性は荒いが、この人は折角の記念日を荒らされて怒っておるだけ。ならば、それを晴らせばスッキリ元通りに戻ってくれるだろう。きっと普段は頼りがいのある頑固親父肌と言った感じの人であるはずだ。


「……分かりました。貴方の気が済む限り殴られ……いや、その斧で切られ続けましょう」

「はっ?」


 俺が両手を広げて言うと、男性冒険者は顔を顰めた。


「さあ、どうぞ。あのローブの人に向けた一撃よりも強く、速く、勇ましく、思いっきり叩き込んでください」

「……お前、本気なのか?」

「はい!」


 何故か男性冒険者は、歪な物を見る目を向けて来た。

 俺が元気良く返事をすると、男は意を決した様に戦斧を持ち上げる。額からは汗が一粒伝っていき、何故か斧を持つ手が震えていた。


「空斬ッ!!!」


 男が叫び、斧を振り下ろした。

 戦斧が、俺の脳天を切り裂こうとする。だが、俺はスキルの効果により傷を負う事は無い。せいぜい甲高い金属の弾かれる音が聞こえて来る程度……


「ん?」


 いつまでも響きない金属音に疑問を持っていると、頭スレスレで止まる斧が目に映った。


「切らないんですか?」

「くっ……」


 男の手は震えていた。

 もしかしたら怖気付いてしまったのだろうか……と思った矢先、金属と金属がぶつかり合う音が響く。

 俺の脳天には、斧の刃が直撃していた。しかし、既に硬化してあるのでダメージは無い。

 そんな俺の様子に、戦斧使いの冒険者は鬱憤など忘れた顔で唖然としていた。


「……終わりですか?」

「ヒィッ!? ば、バケモノだぁああッ!!」


 俺を見ながら、男はそう叫んで去って行った。人をバケモノ呼ばわりするとは……なんて失礼極まりない人だろうか。

 いや、メーさんを憑依させてる今の状況ならバケモノと言われても仕方なくは……


「まあ、いっか」


 時に考える事を放棄するのも必要な事である。

 事が済んだ俺は、人混みの中を通り抜けてニムが逃げて行った路地裏へち向かった。



 ***



「レイさん!」


 薄暗い路地裏に入った瞬間、ニムが何処からか降って来た。小脇にはちゃんとあの二人を抱えている。


「なんで上から?」

「この道に入った後、そこの建物の屋根に飛び乗ったんです」


 そうニムが指さした建物は三階建てだった。相変わらずの身体能力のようだ。

 ニムの基礎ステータスに感心していると、突然キラキラとした眼差しを向けられる。


「どうしたんだ?」

「さっきまでのレイさんの勇姿、しっかり見てましたよ。かっこ良かったです」

「……そうか」


 面と向かってそう言う事を言われると照れてしまう。顔が熱くなって来た。

 俺は顔の火照りを誤魔化すべく、ニムに背を向ける。


「さ、さてと、問題も片付いたし宿探し再開しよっか」

「そうですね。あ、この人達はもう置いて行って良いですよね?」


 ニムは俺に聞いてきたが、女の子達は既に地面に転がされていた。


「ニム、もうちょっと優しく……」

「この人達意外と重いんですよ。疲れちゃいました。まあ、似たような機会が今度あったら、その時は優しくしますよ」

「そうしてくれると助かる」


 全く疲れを感じさせない姿のニムを見ながら、俺は苦笑まじりに答えた。

 そんなやり取りをしていると、地べたに座り込む茶髪の方の少女が恐る恐ると言った様子で手を上げる。


「あの……すみません」

「どうしましたか?もしかして何処かに怪我を……」

「あ、いえ……そうではなくてですね……」


 心配して俺は尋ねたが、茶髪の少女は首を横に振った。

 少女は言うか言わないか迷った様子だったが、意を決して言葉を紡ぎ始める。


「わ、私の両親……宿を経営してるんです。よ、良かったら来ませんか? お礼もしたいですし……」

「え、良いんですか?」

「は、はい!」


 茶髪の少女は嬉しそうに明るい笑顔を咲かしていた。

 俺は宿屋が決まった喜びを共有しようとニムの方を見る。しかし、ニムは渋柿を食べた時の様な顔をしていた。

 一体どうしたのかと俺が尋ねると、


「何でもないです」


 何でも無さそうな雰囲気で答えながら、茶髪の少女を親の仇を見つけた目で見ていた。

 何故かニムの機嫌が斜めだが、他に宛もないので茶髪の少女の話に乗ることにする。


「よければお願いします。えっと名前……」

「セリカです!」

「セリカさんですか、よろしく。あ、俺はレイです」

「レイさんですね。では早速、案内させていただきます!」


 意気揚々とセリカさんは歩きだし、ニムも嫌々そうに着いて行く。

 俺も着いて行こうとしたが、ローブの少女が未だに動こうとしないので、立ち止まって声をかけた。


「大丈夫ですか?」

「す、すみません。腰が抜けてしまって……」

「そう言う事でしたか。じゃあ、背中貸しますね」


 そう言った後、俺はローブの少女に背を向けてしゃがんだ。

 ローブの少女は、「ご迷惑をお掛けします……」と謝罪しながら俺に背負われる。


「何から何すみません。わ、私えれ……レナと申します」

「レナさんですか。俺と一文字違いですね」

「あ、あはは。そうですね……」


 何だかレイさんの言葉を歯切れが悪い。おんぶが恥ずかしかったのだろうか。

 そんな事を考えていたが、ニムがセリカさんについて行きながら殺気の込めた視線を向けて来たので、それを必死に感じないよう尽くすのに精神を集中させる羽目になった。おそらく宿に着いたら怒られる。

 俺はそう悟り、冷や汗を垂らしながらセリカさんについて行った。

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