第12話 隣街─エスケルト
森を駆け山を一つ越え、俺とニムは半日かけて隣街までやって来た。
一通りが多く、見える建物はだいたいが二階か三階建てだ。俺の町では見られない様なオシャレな服や食べ物が売っている。小都市程の規模はあると言っても過言ではないだろう。
「隣街って…随分賑わってますね」
「まあ、エスケルト周辺は気候や土地の影響もあって…」
「難しい話は苦手です…」
「……取り敢えず、食べ物が美味しくて有名な所なんだよ」
簡潔に伝えると、ニムの顔にパアッと花が咲く。まずは腹ごしらえをした方が良さそうだ。
「適当な店でなんか食べるか?」
「はい!」
ニムの期待の目に答えるべく、俺は周辺に目を向ける。
ざっと見たただけでも、串焼きや饅頭、揚げ物などの店が並んでおり、匂いだけで満腹になれそうだった。
そんな絶品の匂いがたくさん漂う中、ニムは一つの屋台に向かっていく。
「レイさんレイさん、あれは何ですか?」
そうニムが指さしたのは、街の名物である『エスケルト肉饅頭』の屋台だった。
その店の店主がお客であるニムの姿を捉えた瞬間、逃がすまいと言った様子でニムに声を掛けてくる。
「いらっしゃいお嬢ちゃん。ご注文は?」
「ごちゅうもん…?取り敢えずその白いのが欲しいです!」
「エスケルト肉饅頭一個ね。じゃあ、銅貨八枚」
「どうか…?」
聞き慣れない単語にニムは首を傾げる。迂闊だった。そう言えばお金関係の事をニムに教え忘れていた。
ニムが無一文と察した店主が顔を顰め始めたので、俺は急いで割って入る。
「すみません店主さん。えっと銅貨八枚でしたよね?どうぞ」
「あいよ、毎度あり!」
料金を受け取った店主は、笑顔を浮かべて営業の決まり文句を言いながら見送ってくれた。
店から離れベンチに座った後、俺はすぐ様ニムに銅貨を十枚と銀貨を二枚渡しておいた。
「どうしたんですかレイさん?急に銅と銀なんて渡して来て」
「銅貨と銀貨だよニム。さっきみたいに相手が頼んで来た分だけそれを渡すんだ」
「なるほど…でも面倒臭いですね。やっぱり人間の文化はよく分からないのが多いです。欲しいなら奪ってしまえば…」
「それをやっちゃうと、俺達は多分すぐに滅んじゃうから…」
俺が返すと、ニムは「そうなんですか?」と不思議そうに首を傾げた。
「人間は協力し合って今まで生きて来たからね。もし個人個人が好き勝手に生きてたら、他のモンスターに襲われてあっという間に滅んじゃうわけさ」
「まあ、人間は昔からずる賢さだけは目を見張るものがありましたからね」
「…否定はしないでおくよ」
実際、俺も初めはそう思っていたし。
「まあ、そんな貧弱な人間だから神様はスキルなんて物をくれたのかもね」
「でも、知恵を持つ生き物が力を持ったら、それこそいつか私達が絶滅してしまうのでは?」
「そこのデメリットが寿命だと俺は思ってる」
「ああ、そう言えば人って百年前後で絶命するんでしたね。なるほど…」
感心した様子でニムは首を縦に振った。
こんな会話をカンナが聞いたら、苦笑しながら「何話してんのよ」と呆れてしまいそうだ。
カンナの苦笑の思い浮かべながらクスりと笑っていると、ニムが不思議そうに首を傾げて尋ねてきた。
「どうしたんですか?」
「ううん、何でもない。それより、早くそれ食べないと冷めちゃうぞ」
「あっ、そうでした…」
思い出したようにニムは肉饅頭に視線を移す。
紙袋から中身を取り出し、いざ実食と言うようにかぶりつこうとしたところで─…
「っとと、その前に…いただきます。レイさん、これで良いですか?」
「うん。よく出来ました」
そう褒めながら頭を撫でると、ニムは「にへへ♪」と笑いながら嬉しそうにする。やはりニムの笑顔は愛らしい。
食事の礼儀作法を終えたニムは、思い切り肉饅頭にかぶりついた。その途端に幸せの絶叫をあげ、足をバタバタさせる。
「美味しいです!」
「それは良かった」
ニムは肉饅頭を頬張りながら、キラキラした目をしていた。
「…こんな美味しいもの、一人だけで味わうのは何か勿体無いです。レイさんも一口どうぞ!」
「えっ?」
唐突にニムが肉饅頭をこちらに向けて来たので、思わず間抜けな声を出してしまった。
ニムに買ってあげた肉饅頭を俺が食べても良いのかと思いつつ、突然やって来た女の子との間接キスの機会に戸惑ってしまう。
「…その…良いのか?」
「はい!」
ニムは間接キスを知らないのだろうか。俺は肉饅頭より間接キスの方を気にして聞いたつもりだったのが─…
「もしかして…嫌…でしたか?」
うるうると目に涙を溜めてそんな事を言われたら、遠慮なんて出来る筈がないだろう。
「ありがと。いただくよ」
「!…はい!」
出来るだけニムが食べた所は避けておいた。
「うん。美味しい」
「良かったです!」
ニムがあの緩く柔らかそうな笑顔を向けて来た。
その後、先程よりも美味しそうに肉饅頭を食べだし、あっという間に完食してしまう。
「ふぅ…ごちそうさまでした」
「うん。最期までよく出来てる。これで食事については大丈夫そうだね」
「はい!」
いつかニムが料理に挑戦する時が来たら「お粗末さまでした」という言葉も教えようと、俺はニムの頭を撫でながら思った。
「じゃあ、そろそろ行こっか。宿も探さなきゃだし」
「やど…ああ、仮の住処を提供してくれる所ですよね?」
「そうそう。宿は知ってるんだ」
「以前少し耳に挟みまして。便利な仕組みだなと。私達にもその文化があったら、狩り帰りに住処を取られなくて良いのにって思ってました」
竜族の治安悪過ぎないだろうか。俺の時はそんな事一度も無かったのだが…。
「なんか…ニムって結構苦労してきたんだな…」
「いえいえ、レイさん程じゃないですよ。私はあの生活が当たり前でしたけど、レイさんは本来の生活環境からかなり掛け離れた過ごし方をしてますし。どうしたらモンスター溢れる場所で人が生きていけるのか今でも気になります」
「うーん…危なくなってもメーさんがいたし、いろんな所を転々としながらその土地のモンスターと友達になってたからな…」
本来なら倒すのが妥当なのだろうけど、仲良くなれてしまったものは仕方がないと俺は思う。
そのおかげでモンスター一匹倒せないド底辺冒険者をやってるわけだけども。
「モンスターを殺して来なかったから…その…何?雰囲気とかが違うんじゃないか?」
「モンスターに優しい人間ですか…。やっぱりレイさんは変わってますね」
「否定はしないよ、俺も自分で思ってるし。なんなら心はモンスターって言っても違和感はないかな」
「なるほど…」
人とかモンスターだとか、小さい頃はそんなの関係無かった。大きさも力も違う種族同士が殺しあって、場合によっては協力し合う、それが俺の当たり前。俺は誰も殺せないけど。
モンスターから見れば、そう言うのが分かったのかもしれない。
どの種族とも対立しない中立の存在─…もしかしたら俺がそんな存在になっていた可能性も…。
「ま、難しい事考えても分からないからいっか。今はそれより宿だ」
ニムが人間の事を知らないように、俺も自然界の深くは知らない。いつかニムに聞いて見ようか。
なんて事を考えながら、俺はニムと一緒に宿屋を見つけるために周囲を見渡す。
「意外とないな、宿って。誰かに聞いて見るか」
「あっ、レイさん。ちょうどあそこに人だかりが出来てますよ?」
ニムがそう言いながら指差す少し離れた先には、通路の真ん中にも関わらず大勢の人が屯している光景が広がっていた。
何か旅芸人が一芸を披露してるのかと思い、人を掻き分けながら近づくと、
「おいおい嬢ちゃん?俺の自慢の装備に汚れがついちまったじゃねぇか。ああ?」
「わ、私は何も…」
そこには綺麗な茶髪の町娘が、がたいの良い男性冒険者に難癖を付けられてる光景が広がっていた。
男性冒険者の方は、体格の割に装備が革製の鎧と言った貧相具合だ。おそらくD級かC級成り立てといったところだろう。
「レイさん、あれは?」
「うーん…多分、小芝居か何かかな…?こんな大通りでやってるし…」
「そうでしたか」
ニムに言っては見たが、実際俺にも演技かリアルかは分からない。女の子は本気で怖がってる様に見えるが、男の態度が如何にもゲスな悪役ですと言った様子なので判断が出来ないのだ。
そんな風に助けに入るか迷っていると、俺達が居る場所とは別の方向から、茶色のローブを着た小柄な人物が出てくる。
「全く…呆れますよ。人が集まっているから覗いて見れば、か弱い女の子をいじめて見世物にしてるなんて…ほんと恥知らずですね」
「なにぃ?」
ローブの人物から女性の…それもまだ若い少女の声が聞こえて来た。
男を煽るだけ煽った少女は、腰に携えた細剣を抜いて相手に構える。
「ほう…俺と殺り合おうってか?」
「ええ、そうですよ。貴方も早く構えなさい」
「面白ぇ、やってやろうじゃねぇか!」
そう男は気高く吠えると、背中に背負っていた両刃の戦斧を構えた。
お互いに張り詰めた空気が流れ、何処からか枯葉横切った刹那─
「はぁッ!」
「空斬ッ!」
少女は刺突を、男は技を使った。
そして、ぶつかり合った武器の片方が宙へと舞い、カシャンと音を立てて地面へと落ちる。
─そこに転がっていたのは細剣だった。
「…おめぇ、でしゃばった割に大して強くねぇな?」
「くっ…!」
衝撃。少女は弱かった。
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