第23話 改札

 私は一回だけ、いわゆる「幽霊列車」に乗車しかけた経験がある。おかげで、現在も私は目に見える肉体を保持しているのだが。

 その日は残業が長引いた夜だった。十二時を針が越え、それでもビルに缶詰にされていた私は、一服をしようとビルの屋上へ上った。

 一箱分の紫煙を吹いた後、午前二時の都心に目を遣った。窓から漏れる明かりも疎ら。私は朧げの意識の中で、もっとその景色を見ようと鉄柵に身を乗り出した。

 途端、虚空の眼前に一機の改札口が現れた。灰褐色の無骨なカラー、ICリーダも切符の通し口もない。私は呆然と改札を見ていると、ふと何処からか声がした。

〈あらぁ、お兄さんお客さんでなかぁ。あぶねぇことするなぁよ〉

 声が消えたかと思ったら、目の前の改札は夜の風景へ、霧のように溶けこんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る