第14話 叢雲

 老人は月を見たことがなかった。老人の住んでいた土地は日がな一日厚い叢雲が空を覆い、昼は灰色の層が日光を遮り、夜は体の芯まで凍えるような苛酷な土地だった。そんな日々を老人は七十年以上も経験してきた。

 だが老人はその土地を追われる身となった。隣国が攻めてきたことにより老人を含む多くの土地の民は流浪することになった。

 老人は移民を乗せた船の中で、空で光る球体を人生で初めて見た。老人は雲の奥で長年考えていた光の正体を知り、涙を流しながらつぶやいた。

「おぉ、生きているうちに、あのようなものが見えるとは……。長生きは、するものだ……。あれが……あれ、が……“月”、なのだな…………」

 老人は多くの船員に看取られながら、太陽の光を浴びて息を引き取った。

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