第8話:和睦

 全ての力を使い果たしたアキヅキ=シュレインはその場で膝から崩れ落ちるように、倒れ込む。


 対して、焔虎フレイム・タイガはアキヅキ=シュレインに両断されたあと、2つの火柱となり、さらにはそれらが合わさり、溶けあい、収束していき、段々と裸の半虎半人ハーフ・ダ・タイガの姿に変わっていくのであった。


 彼の左手の近くには紅い珠玉が半分に割れて、地面に転がっていた。


「こいつ、まだ生きてやがる?」


 シャクマはとりあえずは、マッゲ=サーンのことは放っておき、アキヅキの様子を確認しようと、身体を起き上がらせようとする。だが、その瞬間、ズキーーーンッ! と身体中に稲妻が走ったかのような激痛をシャクマは感じてしまう。


「いっつっ!! 無理しすぎちまったっ。身体が悲鳴をあげてやがるっ!」


 シャクマは激痛が走る身体であったが、足に力を入れて、よろよろとふらつきながら立ち上がる。その時であった。森の出口から20名を超える半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちが現れたのである。


(くっそ! そういや、マッゲといっしょに他の兵士たちも居たんだったよなっ!)


 シャクマは心の中で毒づく。一難去って、また一難とはまさにこのことであった。シャクマは痛む身体を押して、腰に結わえた小袋に右手をつっこむ。その時であった。半虎半人ハーフ・ダ・タイガの一群の中で、マッゲ=サーンに次いで、身分の高そうな鎧を着た男が右手で待てと示してくる。


「我はマッゲ隊の副官:チャセン=サーンみゃ~。我らの将軍を見逃してもらう代わりに、こちらも、これ以上の危害を与えないんだみゃ~」


「なん……だと? マッゲはやっぱりまだ生きてるのかよっ!」


「そうだみゃ~。宝珠:広目天が身代わりになった形なのみゃ~。これは悪い話では無いと思うみゃ~?」


 そう言いながらも、チャセン=サーンの態度は横柄そのものであった。この話を蹴れば、自分とアキヅキの命は無い。こちらが選択権を握っているが、譲歩してやろうという雰囲気を醸し出していた。


 シャクマは、ちっ! と舌打ちした後、顎をクイッと横に振る。それを了承と受け取ったチャセン=サーンは、マッゲと半分に割れた宝珠を回収し、半虎半人ハーフ・ダ・タイガの一群は、また森の中へ消えて行くのであった。


「ったく。あいつら、鎧武者モノノフ以上の鎧武者モノノフっぽいな。戦国乱世っていうよりかは、源平時代の鎧武者モノノフだな、ありゃ」


 シャクマが彼らに対して、そう感想をもらす。そして彼らの気が変わってが戻ってこないであろうことを祈りながら、地面に倒れているアキヅキの下に足を引きずりながら向かう。


「へへっ。やっぱりアキヅキは寝顔が最高に可愛いなあ。どれ、眠り姫にキスでもしておきますか」


 片膝ついたシャクマはアキヅキの身体をひっくり返し、クークーと可愛く寝息を立てて眠るアキヅキの唇に自分の唇を重ねるのであった。するとだ、眠っているはずのアキヅキの左眼からは涙が一筋流れるのであった……。




――ポメラニア帝国歴259年5月15日 火の国:イズモ:ゼーガン砦にて――


 ショウド国がポメラニア帝国に反旗を翻してから2カ月余りが経とうとしていた。この日、ショウド国は150年に及ぶポメラニア帝国からの独立を果たすことになる。ショウド国にとっては悲願達成の日であり、ポメラニア帝国においては屈辱の日となった。


 火の国:イズモとショウド国との国境付近のゼーガン砦で、両国の代表者が集まり、ショウド国がポメラニア帝国と対等な立場の独立国としての認可と調印式が行われたのであった。


「ほっほっほ! ちんは偉大なり! ポメラニア帝国の諸君たち。本当なら、中央まで攻めても良かったところをちんが止めたのでおじゃる。感謝してくれても良かったのでおじゃるよ?」


「はははっ。これはネーロ=ハーヴァさまには感謝しなければなりませんな。なんせ、うちの帝国はまともに軍を動かせるほど、各地の情勢が安定してませんでしてなっ!」


 実際のところは、ショウド国軍はサーノ砦でもアキヅキ=シュレイン率いる一軍に手を焼いて、ついにはそれ以上の征西セイセイに向かえなかっただけである。だが、ネーロ=ハーヴァはそんな事情を承知しながらも、大きな態度にでたのだ。


 この調印式において、ショウド国側からは国主のネーロ=ハーヴァ。征東セイトウ将軍:サラーヌ=ワテリオン。征北セイホク将軍:クラーゲン=ポティトゥの3名が出席していた。


 一方、ポメラニア帝国側の出席者で大物と言えば、今は亡き大将軍:ドーベル=マンベルの後釜に収まった弱冠20代のイコン=コブングーダという男と、宰相:オレンジ=フォゲットの両名だけであった。


 イコン=コブングーダはその若さとは裏腹に、柔和さを醸し出して、ネーロ=ハーヴァと談笑しあったのであった。その反面、宰相:オレンジ=フォゲットはニコニコとした笑顔を浮かべるだけで、ショウド国側とはひとつも言葉を交わすことはなかったのだった。


 それもそうだろう。ショウド国は独立宣言はおろか、宣戦布告も無しに、宗主国というよりは友好国に近しい関係のポメラニア帝国の領土に侵攻し、ポメラニア帝国側の砦を3つも落として、ポメラニア帝国の兵士たちを殺害したのだ。


 これで腹を立てぬなと、攻めた側に言われれば、言った本人をどついて、張り倒して、なます斬りにしなければ、気が済まないのは当然であった。


「ほっほっほ。調印式も無事に終わったのでおじゃる。では、ちんはショウド国へと帰らせていただくのでおじゃる」


「はははっ。ショウド国まで護衛はつけなくて良いですかな? すこしばかり気があらぶっている連中ですが」


「それは遠慮しておくのでおじゃる。いくら戦勝国のショウド国でも、今の今まで争っていた仲でおじゃる。ポメラニア帝国の方々が面倒事に巻き込まれては大変でおじゃるからな?」


 ショウド国:国主であるネーロ=ハーヴァは大将軍:イコン=コブングーダの提案をやんわりと跳ねのける。大方、本国までついてきて、この和睦自体に難癖をつけるつもりなのだろうと考えてだ。そんなことをさせまいとネーロ=ハーヴァは考えて、調印式が終わった後、さっさとゼーガン砦から出て行ってしまうのであった。


 そんな彼らを大将軍:イコン=コブングーダは右手をひらひらと左右に振って、見送るのであった。


「さってと。これでネーロ=ハーヴァとは今生の別れか。いやあ、『暗愚』とはまさに貴殿に相応しい字名あざなですな。はははっ!」


 イコンはひとしきり笑った後、それぞれに署名、捺印しあった調印の書類をびりびりに破り、パチンッと右手の親指と中指をこすり合わせて、小さな火の玉を創り出す。そして破いた書類に火を着けて、灰にするのであった。

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