第7話:真実の愛

 シャクマ=ノブモリが放った3連射の矢は次々と、焔虎フレイム・タイガの腹に突き刺さっていく。だが、焔虎フレイム・タイガは蚊にでも刺されたようかであり、腹をポリポリと右の前足で掻いて、引っこ抜いてしまう。


 鎧武者モノノフが放つ矢はフルプレートの甲冑に身を包む兵士すら、紙のように貫くことが出来る。しかし、焔虎フレイム・タイガには矢の先端が5センチメートルも埋まれば上等であった。


(つくづく規格外だな、こいつはっ! くっそ……、こんなことなら、見栄を張らずにS.N.O.Jから神話クラスがなんとかっていう武器をもらっておくんだったな!!)


 シャクマ=ノブモリがこの世界に招かれた時に、始祖神:S.N.O.Jが気を利かせて、紅き竜の槍レッド・ドラゴン・ランスあたりを持っていけと言っていた。だが、手慣れた武器に似ていたほうが実践では役に立つとかなんとかシャクマは余計なことを言ってしまい、じゃあ、それならいつでも武具を取り出せる紅い水晶クリスタルを渡されたのみだったのだ。


(あの時の俺は、恰好つけちまったんだよなっ! S.N.O.Jの横に銀色の流れるような髪をした女性が立派な玉座に座っていたからなぁ! あー、俺は本当に馬鹿野郎だっ!)


 シャクマが心の中であの時の自分を罵倒しながらも、焔虎フレイム・タイガの猛攻をすんでのところでしのぎきっていた。弓は弦ごと鋭い爪で引き裂かれ、槍は焔虎フレイム・タイガの一撃を喰らう度に、へしゃげて折れ曲がる。


 シャクマが持たされていた小袋の中の紅い水晶クリスタルもいよいよ残り本数が少なくなってきた。シャクマは打開策をまったく見出せぬまま、得物を減らしていく。シャクマはどうすればこの炎で出来た虎に有効打を与えることが出来るのか考え抜いた。


 そして、考え抜いた結果。


「だめだ。降参だ、降参。俺の役目は皆を逃すことだ。それが成ったんだから上等だろう」


 シャクマはそう言って、ふてくされた表情で、その場であぐらをかいてしまう。


「姫。短い付き合いだったが、楽しかったぜ? あーあ。こんなことなら、もっと姫に言い寄って、乳を吸わせてもらっておきゃ良かったな」


 シャクマは満足した顔つきであった。やることはやりきった。それならあとは見事に死ぬだけだと。焔虎フレイム・タイガはそんな満足気なシャクマに対して、にやりと口の端を歪める。そして、左の前足を大きく振りかぶって、シャクマの頭頂部に叩き込もうとする。


 その時であった。


「シャクマーーー!」


 なんと、逃がしたはずのアキヅキ=シュレインが緩やかな斜面を転げそうになりながらも駆け上ってくる。そしてあろうことか、まさにシャクマの命が風前の灯だと言うのに、彼のすぐ近くへと駆け寄ってきているでは無いか。シャクマはそんな行動を取るアキヅキに驚きを隠せない。


 しかし、無情かな。身を寄せ合う2人に向かって、焔虎フレイム・タイガの致命の一撃が振り降ろされることになる。




――汝。真に愛する男を見つけたか?――


(何かがわたしの心にささやきかけてくる?)


――汝。真に欲する男を見つけたか?――


(あなたは一体、誰?)


この謎の囁き声が聞こえている時、アキヅキの眼には全てが止まってしまったかのように映っていた。


――我が何者など関係ない。汝と共に居る男は、汝が命を賭してでも、生涯、愛し続けることが出来る男なのか? と聞いている――


(わからないわよっ! そんなこと……。シャクマがもしかしたら、浮気をするかもじゃないのっ!)


――くっくっく。それは面白き返答也。その男が不貞を働いても、汝はその男を愛することが出来るのか?――


(うーーーん。ちょっと自信が無いかもだけど、きっと、シャクマだったら、わたしは許しちゃう。だって、わたしはそういうところも含めて、シャクマが好きだから)


――なるほど。良い返答である。では、汝に武具:真実の愛ブライ・アモーレの真の力を使うことを許可する。さあ、汝の愛する男を守るために、その刃を振るう也!!――




詠唱コード入力『真実の愛ブライ・アモーレ』。『真実の愛は全ての苦難を乗り越えるアルティマ・アモーレ』発動申請許可……」


 アキヅキは何もない空間を、そこに剣の柄があるかのように両手でしっかりと握りしめる。その構えのままにアキヅキが時計の右回りに身体ひるがえすと、何も無い空間を割るかのように、青白い光で出来た刃が生み出されていく。


 その青白い光の形状は体長が20メートルもある白鳥の羽の1本のようでもあった。硬いのに、しなやかで、それでいて全てを薙ぎ払う。そんなことをイメージさせるには十分であった。


「申請許可が降りたわ……。『真実の愛は全ての苦難を乗り越えるアルティマ・アモーレ』発動よっ!!」


 彼女がそう叫びながら、焔虎フレイム・タイガが振り下ろしてくる左の前足に青白い光を放つ大剣クレイモアの刃をぶつける。一瞬、ただの一瞬、焔虎フレイム・タイガの爪と巨大な刃を持つ大剣クレイモアが拮抗しあう。


 だが、アキヅキは構わずに大剣クレイモアを振りぬく。するとだ、焔虎フレイム・タイガの左の前足から左肩にかけてをキレイに1本の青白い線が浮かび上がる。そして、次の瞬間には焔虎フレイム・タイガの左の前足は縦に真っ二つになったのであった。


 焔虎フレイム・タイガはふっとんだ自分の左腕を見て、驚きのあまりに固まってしまう。だがアキヅキは容赦を一切せずに、呆ける焔虎フレイム・タイガの懐に飛び込み、斜め左下から大剣クレイモアを振り上げる。


「わたしはシャクマを愛しているっ! 共に生きていくっ! 『究極の愛は全ての受難を打ち砕くアルティマ・アモーレ』!!」


 彼女がそう叫んだときであった。青白く光る大剣クレイモアの刃の幅は今までの2倍以上に広がりを見せる。


 そして、その強大な刃は焔虎フレイム・タイガの横腹にやや斜め下からめり込んでいくことになる。


 アキヅキは吼えた。何度も『愛しているアモーレ!!』と吼えた。アキヅキがそう吼えれば吼えるほど、真実の愛ブライ・アモーレの刃は強靭に。そして、しなやかに。そして、切れ味を増していく。


 アキヅキは身体に残されていた力を全て使い果たした時、焔虎フレイム・タイガは胴体の中ほどからキレイに上半身と下半身の2つに両断されたのであった。

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