第9話:フランの告白
――ポメラニア帝国歴259年4月17日 火の国:イズモ:ゼーガン砦にて――
「うおおお! 俺たちの勝ちだあああ! 皆、
この日、ついにショウド国軍は野営地を放棄して、渡河地点であるキッシー砦、ワッダー砦へと撤退を開始する。ゼーガン砦の西と南に展開しつづけていた400の兵も同時に退いたのであった。
この日、ついにゼーガン砦は陥落から逃れることに成功する。ゼーガン砦の兵たちは砦の石壁に登って、撤退をしていく敵兵に向かって、あらん限りの歓声を上げる。
うおおお!! との歓声とともに涙声を交えながら、兵たちは無事に生き残れたことを喜び合って、互いを抱きしめ合うのであった。
「やった……。お父さま、やりきりましたっ! 敵は皆、逃げていますっ」
アキヅキ=シュレインは顔を両手で抑えて、感涙を流していた。
3月半ばから始まり、1カ月にも及ぶ攻防戦がついに終わりの時がきた。後詰の砦と連絡を絶たれ、物資の流れは途絶えていた。そのため、ゼーガン砦の食糧もあと1週間程度しか残されていなかった。
そして、ゼーガン砦はショウド国軍の連日の攻撃に晒されて、総勢120名中、50名が重傷を負い、兵力としては半壊していた。
ならば、何故、ショウド国軍がここまでゼーガン砦を追い詰めておきながら、攻めるのを諦めたのか?
「うーーーん。俺の考えすぎだったかな? やはり、ほう烙火矢への対策はすぐには考えつかなかったんだろうなあ? 俺も元居た世界でもあの
シャクマ=ノブモリがショウド国軍が撤退した理由をそう結論づける。それほどまでに、この単純な仕掛けの、ほう烙火矢は対策が難しいのである。大魔導士ですら、生み出すのが困難な
この武器を相手に数を頼りに戦えば良いというわけではない。こうなれば、力押しなどできようはずがないのだ。自分の策が勝った。いや、正確には、自分が元居た世界で培ってきた経験が相手を凌駕した。これで良しとしようとシャクマは思うのであった。
「姫、良かったな。これで亡くなったカゲツ殿も、うかばれるだろ」
「ええ、そうね。お父さまにも、わたしたちが勝ったこの光景を見せたかった……」
カゲツ=シュレインは3日前に突然、容態が悪化し、高温にうなされたまま、次の日の朝には亡くなってしまった。皆は弔い合戦とばかりにゼーガン砦の士気は否応にも高まったのである。
そして高まる士気と共に、砦の石壁の上から飛び出し、火薬の詰まった壺を抱えて、
そういったこともあり、これ以上は付き合っていられるかとばかりにショウド国軍は撤退を開始したのかもしれない。
ショウド国軍側の真意がわからないままであったが、とりあえず、勝ちは勝ちだ。ゼーガン砦側が勝利の熱で盛り上がるのはしょうがないことであった。
アキヅキ=シュレインは喜ぶ皆を微笑ましい笑顔で見やる。皆を労っておいてくれとニコラス=ゲージに頼んだあと、彼女は、シャクマ=ノブモリ、フラン=パーン、サクヤ=ニィキューを引き連れて、ゼーガン砦の遺体安置所へとやってくる。
ここはゼーガン砦の地下であり、
その遺体安置所の一角にある木製の長机の上に、アキヅキ=シュレインの父親の亡骸が置かれていた。彼の遺体はシュレイン家を象徴するエルフの令嬢を象った刺繍が施された布で包まれていた。
「お父さまのおかげで、なんとか勝ちを拾えました……。でも、わたしはお父さまが亡くなって、寂しいです……」
アキヅキたちは胸の前で両手を握りしめる。そして黙とうし、カゲツ=シュレインの魂が天の国に運ばれていくことを願うのであった。
「4日前の夕方までは、アキヅキちゃんとシャクマさまをベッドの横で正座をさせて、トクトクと説教していたのにニャ。それが、次の朝には亡くなっちゃうなんて、人生は儚いものなのニャ」
フランが眼尻に涙を貯めながら、そう言うのであった。
「すいません。わたくし、耐えれないので先に外に出ますわ……」
サクヤが口元を右手で抑えて、遺体安置所から逃げるように出て行くのであった。
「サクヤ……」
アキヅキが彼女の後を追おうとするが、それをフランが止める。
「やめておくニャ。今更ながらに言っちゃうけど、サクヤちゃんはカゲツさまと肉体関係があったニャ。ひょっとすると、アキヅキちゃん以上にサクヤちゃんはショックを受けているかも知れないニャ」
フランは知っていた。カゲツ=シュレインが、妻であるトモエ=シュレインを亡くした半年後から、サクヤ=ニィキューを自分の寝室に呼び、サクヤの身体で自分の哀しみを癒していた事実についてを。
最初はその関係を嫌がっていたサクヤであったが、サクヤの大きな胸の中で泣くカゲツ=シュレインにほだされて、いつしかサクヤ自身もカゲツ=シュレインを愛するようになっていたのだ。
しかし、その関係はついにアキヅキ本人に告げられることは無かった。親友の父親と寝ているなど、口が裂けても言えないサクヤであったのだ。
その事実を今更ながらに知ったアキヅキは、父に対して怒って良いのか、蔑んで良いのか、それとも、罵るべきなのか判断がつかなかった。何かをしたいのはやまやまであったが、その父はすでに亡くなっている。アキヅキは心の中でもやもやが募ることになるのであった。
「アキヅキちゃんがこのゼーガン砦にやってくるまで、サクヤちゃんは髪を伸ばしていたニャ。髪を伸ばしていた理由はカゲツさまの好みに合わせていたからニャ。それを察せられないように、アキヅキちゃんが来たと同時に、自分でバッサリと切ってしまったというわけニャ」
フランがアキヅキにそう言った瞬間であった。アキヅキには背中にゾワッ! という怖気が走ったのである。
(お父さまがサクヤに手を出したのは、髪を伸ばしたサクヤにお母さまの面影を見たからなの!?)
アキヅキは吐き気を催しそうになった。次々と告げられるフランの言葉により、アキヅキのモヤモヤとしていた感情は一定の方角に向かう。それはまさに【怒り】。ただそれだけであった。
アキヅキはその怒りを父の遺体に放とうとした矢先に、彼女は遺体安置所に転がるように飛び込んできたニコラスの一言で正気に戻る。
「大変ですぜ! 井戸に毒が放り込まれましたぜっ!!」
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