第5章:後退は撤退にあらず

プロローグ

――ポメラニア帝国歴259年4月16日 夜 火の国:イズモ:ゼーガン砦近くの野営地にて――


「ふざけるなでゴザル! 井戸に毒を放り込むなど、武人として恥を知るのでゴザルッ!!」


 ショウド国軍:征南セイナン将軍:マッゲ=サーンは怒りにわなわなと身を震わせていた。征東セイトウ将軍であるサラーヌ=ワテリオンが示した策に、すっかり頭に血が昇った形であった。


「カーパパッ! では、抜けぬゼーガン砦をどうやって落とすのダワス? まさか、あの消えぬ火を相手に、征南セイナン将軍は、自分の身を盾にして、兵を送り込んでくれるのダワス?」


 ショウド国軍の野営地にて、サラーヌ=ワテリオンとマッゲ=サーンは火花を散らして、睨み合っていた。そもそもとして、このゼーガン砦侵攻において、多大なる犠牲を払っているのは征東セイトウ将軍:サラーヌ=ワテリオンと征北セイホク将軍:クラーゲン=ポティトゥの隊であった。


 残る2将軍が率いる隊は後詰の砦との連絡を絶つ位置に陣取り、ほぼほぼ無傷である。それゆえ、犠牲を払ってもいない征南セイナン将軍:マッゲ=サーンがこの作戦に口出す権利は無いと、サラーヌ=ワテリオンはきっぱりと断言したのである。


「マッゲー。やめておくノ~。ここで征東セイトウ将軍たちと、いがみ合っていたら、本来の目的を見失っちゃことになるノ~」


 マッゲ=サーンに落ち着くように言うのは、征西セイセイ将軍であるミッフィー=ターンであった。彼女はマッゲ=サーンがこのいくさで武功を稼ぎ、サラーヌ=ワテリオンを越えようとしているのは百も承知であった。


 しかし、ついにその機会は巡ってこないことをミッフィー=ターンは悟っていた。遅々として進まぬゼーガン砦侵攻に、マッゲ=サーン共々、攻略に当たるようにと国主であり大将軍でもあるネーロ=ハーヴァから進言されるとミッフィーは思っていた。


 しかし、この大将軍はゼーガン砦を落とすことなど、まるで興味が無いことを察したのである。自分の直接の政敵であるサラーヌ=ワテリオンの軍が疲弊すればするほど、ネーロ=ハーヴァとしては嬉しいのであった。


 それゆえ、再三に渡るマッゲ=サーンの参戦を握りつぶしてきたのは、ネーロ=ハーヴァ自身であったのだ。ミッフィーはそれを薄々と感じていたため、間者をネーロ=ハーヴァの近辺に放っていた。それゆえに疑惑は確信へと変わったのであった。


 しかし、それを乳くり合う仲であるマッゲ=サーンにはついには言えずじまいであった。ミッフィーはマッゲ=サーンの出世よりも、彼の無事を願ってのことであった。


 かくして、大将軍:ネーロ=ハーヴァの承認と共に、サラーヌ=ワテリオンの策が採用されることになる。


 サラーヌ=ワテリオンは野営地から掘り進めていた地下道を使い、まんまとゼーガン砦内に工作員を送り込むことに成功したのであった……。

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