第8話:とっておきの武器

――ポメラニア帝国歴259年4月10日 火の国:イズモ:ゼーガン砦にて――


「火薬の詰まった壺の火縄に火をつけて、ぶん投げろっ! 今だっ!!」


 ゼーガン砦攻防戦は、4月1日から始まり、早10日目を数えようとしていた。いよいよもってして、石壁の上に設置していた罠用の大石は尽き、ショウド国軍の兵士たちは石壁に取りつき放題であった。


 それゆえ、シャクマ=ノブモリは次の手を打つ。高さ20センチくらいの壺いっぱいに火薬を詰め込み、そこにシャクマ特製の火縄を突っ込んで、その火縄に火をつけて、石壁の上で戦う兵士たちに投げさせたのである。


 火縄が燃え尽き、火がついた壺は高温に達し、易々と火に強いはずの半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちを焼いていく。さらに、この壺は割れると同時に、その中に詰まった火薬が飛散し、さらに火は勢いよく火薬を通じて広がっていく。


 しかもこの火は征東セイトウ将軍:サラーヌ=ワテリオンが宝珠:持国天から生み出した酔虎ドランク・タイガをもってしても、消火に困難を極めた。


 宝珠:持国天が生み出す酔虎ドランク・タイガは数種類の液体をある程度、自在に操ることができる。しかしだ。シャクマは水では簡単に消えない火を準備していたのだ。こればかりはサラーヌ=ワテリオンは計算違いも甚だしかった。


 砦の攻防戦において、熱した油や投石を利用するのは当たり前と言えば当たり前であった。サラーヌはそれらの対処に関しては、兵士たちから恐怖心を奪うことによって、無理やりに克服させてきた。


 しかしだ。火はダメだ。生き物は根源的に火を恐れ、敬ってきた歴史がある。酔虎ドランク・タイガによってですら、消火するのが困難なために、あの火は天罰そのものだと兵士たちが慌てふためいたのである。


「あいつら、さすがは火の国:イズモの兵士だみゃー! 火を自在に操ることが出来るんだみゃー!」


「恐ろしいんだみゃー! あんな奴らとは戦えないんだみゃー!」


 征東セイトウ将軍:サラーヌ=ワテリオン率いる兵士たちの士気は、シャクマの火計により、一気にその士気を落とす。サラーヌはこれ以上、戦えば、軍が崩壊すると見て、この日は開戦から2時間しか経っていないというのに、その日全体の戦闘を打ち切るのであった。


「ふぅ。あちらさんは引くのが早えな。将としてはよっぽど腕に覚えがあるんだろうな」


「そうですな。落石なら、構わずに兵をつっこませてきてたのに、消えぬ火が相手ならば、現段階では対処不能と察して、いたずらに兵を消耗しないようにする。こりゃあ、いい勉強になりますぜ」


 ゼーガン砦の東側の石壁の上で、疲れてへたりこんでいたニコラス=ゲージが、平然と石床の上を2本の足でしっかりと踏みしめて仁王立ちしながら、退いていく敵兵を睨むシャクマに対して、そう感想をもらす。しかし、感心するニコラスに対して、シャクマは苦虫を噛み潰したかのような渋い顔になっている。


「ちっ。引き際が良すぎるわ」


「と、言うますと?」


「今まであちらは何かしらの魔術を使って、自分の配下を死兵化させて突っ込ませてきたんだ。今日、使ったのは毛利水軍のとっておきとでも言える『ほう烙火矢』だ。これで完全にあちらさんの士気をずたぼろにしたかったのに、そうなる前に兵を退かせやがった」


 ――ほう烙火矢。シャクマ=ノブモリが昔、仕えていた大名家が、このとんでも武器により、大名家の有する船の8割を焼失させられるいくさがあった。この武器の作り自体は単純である。手ごろな大きさの壺が内側から弾け飛ぶほどに火薬を詰め込むだけである。


 こうすることにより、とてつもない高温で、さらには非常に消しにくい火が誕生するのだ。この武器に難儀したシャクマ=ノブモリの主人は、そもそもとして燃えない船:鉄甲船なるモノを造りあげたのだ。


 それほどまでに相手をするには難儀する武器であったため、シャクマはこれを決戦用の武器として、今の今まで温存してきたのだ。しかし、この厄介きわまる『ほう烙火矢』の威力を確認するや否や、ショウド国軍は攻めるのをぱったりとやめたのである。


「なるほどですぜ。モウリとかホウラクヒヤとか、よくわからないが、シャクマ殿は、敵を瓦解させるために用意していたわけなんですな?」


「そういうこと。あーあ。どうしようかなー? すぐに対策が打てる武器じゃないのは確かなんだが、引き際を心得すぎてる相手はどうにもやりにくいぜ……」


 シャクマは考えすぎてもしょうがないかとばかりに、その場でどっかりと石床に尻をつけて座り込む。そして、ふとももに右肘を乗せ、あごを右手で支える。そして、はあああと深いため息をつくのであった。


「シャクマ! 今日も敵を追い払うことができたわっ! さすがわたしの自慢のシャクマねっ!」


「あ、ああ……。姫。喜んでもらえるのはさいわいだけど、今はそんな気分じゃないんだよな」


 アキヅキ=シュレインが敵を追い払ったシャクマを労おうと、石壁の上に続く階段を駆け足で昇り、彼の下へとやってきたというのに、シャクマは憮然とした表情のままであった。そんなシャクマを見て、アキヅキもまた面白くない気持ちであった。


「シャクマ……。そんなに自分を追い詰める必要は無いと思うわよ? 砦の皆はシャクマに感謝しているわ」


「それなら良いんだけどなー。姫、悪いんだけど、俺と役割を交代してもらえないか? 俺は少し策を練らせてもらうわ」


 シャクマはそう言うと、立ち上がって、甲冑の太もも部分に着いた砂をパンパンと手で払い、アキヅキの右肩にポンッと一度、手を置く。そして、その後はその右手をひらひらと軽く振って、アキヅキが登ってきた石段を降りていくのであった。


「シャクマ。なんだか浮かない顔だったけど……。ニコラスは何か聞いている?」


「ああ。なんだか、敵将の付き合いが悪くて、拗ねちまったみたいですぜ? なあに。すぐにいつものシャクマ殿に戻りますぜ」


 なら良いんだけどと、アキヅキが少し寂しそうに呟く。シャクマは日に日にその身体から醸し出す空気が張り詰めてきているようにアキヅキには思えてきていた。


 弛んでいた糸の両端を掴まれて、少しづつ伸ばされているような。


 確かにシャクマの男らしい顔つきはアキヅキとしては頼もしく、さらには背中を任せるには安心感がある。それでもだ。シャクマが知らず知らずに疲弊してきているのではないかという疑念がアキヅキの心に浮かび上がるのであった。

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