第7話:幸せの涙
「フランっ! あなた、最近、これ見よがしにシャクマにべったりしてるじゃないのよっ! さっきの夕食時だって、シャクマの隣の席に陣取って、あまつさえは、シャクマにあーんってしてもらってだでしょ!!」
「それとこれとは話は別ですニャー。フランちゃんはシャクマさま成分が足りなくなったから、またもらいにきただけですニャー」
アキヅキ=シュレインは本当なら、本丸にある食堂でシャクマの隣に座り、シャクマとおしゃべりをしながら少しでも夕食を楽しもうとしていた。給仕から膳を受け取り、いざ、シャクマの隣に向かおうしたら、フランが先にシャクマの左隣に座ってしまったのである。
それなら彼の右隣りに座ればよかろうと思うかもしれないが、もうこの時点でアキヅキとしては釈然としないし、さらにはフランがシャクマに向かって口を大きく開いて、食べさせてと懇願していた。
そして、シャクマはスプーンでコーンスープの具を山ほどをすくって、フランの口の中に入れ始めたのである。それを見て、アキヅキの心の中で、太い緒がブチっと切れる。そして、ドスンッドスンッ! と大きな足音を立てて、食堂を後にし、指令室でひとり、怒り心頭で夕食を食べていたのであった。
このことについて、アキヅキがシャクマに問い詰めたところ、シャクマとしては、フランが昔、屋敷で飼っていた猫のように可愛いんで、つい、開けた口の中にポイポイと食べ物を放り込んでしまったと弁明する。
「えっへへー。シャクマさまは猫が好きなのかニャー。じゃあ、
フランがそう言ったあと、シャクマの右腕を自分の両腕で抱え込み、シャクマにごろごろにゃ~と、まるで猫のように胸からおでこにかけてを擦りつけるのである。
対して、シャクマは空いた左手の人差し指で、フランの顎先から喉仏あたりを軽くこすり上げる。
「ニャ~~~。シャクマさまはテクニシャンニャ~。フランちゃんは気持ちよくて、失神してしまいそうなのニャ~」
首筋を擦られているフランが気持ち良いのか、身体全体をもじもじとさせている。そして、ごろごろにゃ~と、さぞかし満足気に喉を鳴らして、全身から力が抜けおちて、ぺたりと床に尻餅をつき、さらには床の上で、ふにゃ~と寝息を立てて、眠ってしまうのであった。
「あ、あれ? フランの奴、よっぽど疲れてたのかな? 寝ちまったわ」
いくら
それゆえ、自分に甘えることにより、緊張感が一気に抜けたゆえに、身体が休眠状態に入ったのだろうと、シャクマは結論づけたのである。
このまま、床で眠らせておいては、いくら暖かい春まっさかりと言えども風邪を引くだろうと、シャクマは床で眠るフランを両腕で抱え込み、執務室のソファーの上に移して、厚手の毛布を身体に被らせるのであった。
(シャクマは何だかんだと言って、世話焼きなのね。フランがシャクマに甘えたくなる気持ちもわかる……)
アキヅキはちょっとだけ寂しさを感じていた。自分もお姫様抱っこされて、ソファーの上に運ばれたいとさえ思ったのである。そして、アキヅキが右手のひとさし指を軽く唇で咥えてしまうのであった。
そんなアキヅキの心情を察したのか、シャクマはアキヅキの隣に立ち、アキヅキの頭をポンポンと優しく2度叩く。アキヅキは隣に立つシャクマの左肩に自分の頭の重さを預けるのであった。
シャクマは左肩に重みを感じた後、身体を少しだけかがめて、さらにはアキヅキの顎を右手で軽く掴む。アキヅキはすでに眼を閉じている。そして、シャクマに誘われるように少しだけ唇を前に突き出す。
(あっ……。シャクマの体温が唇を介してやってくる……)
シャクマは優しく、本当に優しくアキヅキの唇をなぞるように自分の唇を重ねていく。そして、アキヅキの唇の味を堪能した後、アキヅキの額を軽く吸う。
するとだ。アキヅキの閉じている左眼の眼尻から涙が一筋流れてくるのであった。
「すまん。強く吸い過ぎたか?」
シャクマが心配そうな顔をして、アキヅキにそう問う。アキヅキはううん、違うのと言いながら顔を左右に振る。
「嬉しかったの。知らなかった? 女の子は幸せを感じると、泣いちゃうの」
シャクマはそう言うアキヅキの流れるような金髪を優しくなでる。そして、アキヅキをお姫様抱っこして、彼女をゆっくり寝室に運ぶ。アキヅキは少々、頬を赤らめてしまう。廊下でばったりと誰かに出会ったらどうしようかとさえ、最初は思っていたが、段々と、この姿を見られても良いわよねと開き直るのであった。
そして、アキヅキはシャクマにベッドの上へと運ばれて、そこでもう一度、唇にキスをされる。
「姫。今日はよく頑張ってくれたな。俺はとっても嬉しいぞ。明日も頼むな?」
「うんっ。シャクマ、わたしを支えてね?」
ベッドの上で横たわるアキヅキの前髪をシャクマは左手ですくい上げ、アキヅキの露わになった白いおでこをシャクマはチュッとついばむ。それはオヤスミの合図であった。アキヅキは眼をトロンとさせて、そのまま就寝するのであった。
シャクマは彼女を起こさぬようにと気を付けて、寝室のドアをそっと閉める。
「おやすみ、姫。俺がいつでも傍らにいてやるからな?」
アキヅキの寝室のドアに向かって、そうシャクマが呟いた後、シャクマもまた自室に戻り、明日に備えて、しっかりと睡眠を取るのであった。
そして、夜は更けていく。ゼーガン砦の皆は、今日、生き延びられたことを始祖神:S.N.O.Jに感謝した。栄えあるポメラニア帝国の兵士として、精悍に戦えたことを誇りに思った。
ショウド国軍により、生まれ故郷である火の国:イズモを荒らされずに済んだことに安堵した。
自分の命はいつ尽きるかはわからない。でも、最後の瞬間まで必死に戦いつづけようと。剣が折れ、弓の弦が切れても、自分の身体が砦そのものだとショウド国軍の魂に刻みつけてやろうと。
ゼーガン砦の皆の心はひとつにまとまっていく……。
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