第6話:サクヤお姉ちゃん

「そう……。アイス師匠は重傷。そして、サクヤは精神的ショックが大きいわけね……」


 アキヅキ=シュレインが指令室で夕食を食べながら、ニコラス=ゲージから今日1日の戦果と損害報告を受けていた。


 ゼーガン砦側は結果としては十分すぎる戦果を上げていたが、それでもアイス=ムラマサが攻防戦の2日目から動けなくなってしまったのが手痛い。北の守りを任せていただけに代わりの者を探さねばならない。


 その代役となるのに最もふさわしいサクヤは、戦場の真っただ中で裸にひん剥かれそうになり、未だにその恐怖で身体は震えているとの話であった。


「どうしますか? 司令官代理殿。明日からフラン殿を北側の守備隊長に就かせますか?」


「うん……。それが1番なんでしょうけど、そうすると、今度は砦内全体の物資の流れが滞りそうで……」


 フランはゼーガン砦内を忙しく飛び回っていた。東側で大石が足らないと言われれば、石工たちに運ばせ、北で矢が残り少ないと言われれば、物資が山積みになっているテントに駆け込んで、兵士たちに矢を運ぶように指示を出す。


 フランが居なければ、ゼーガン砦内の物資は必要な場所には届かなかった恐れがある。それなのに、彼女を北側の石壁の防衛隊長として、そこに貼り付けておいて良いのか? そんな疑念がアキヅキの身に襲い掛かるのであった。


「考えさせてほしい……。夕食が終わる頃には答えをだすわ……」


「そうですかい……。あっ、話は変わりますが、司令官代理殿の剣捌きはそれはそれは見事でしたぜ。新生ニコラス隊ではさっそくアキヅキ=シュレインを女神として奉ろうなんて言い出してる奴らもいますぜ?」


 ニコラスが少しでもアキヅキの気を紛らわそうとして、そう言うのであった。だが、アキヅキは顔を両手で覆い、余計に落ち込んでしまうのであった。


「わたしとしては、女神と奉られるのは嫌なんだけど……。それが遠因となって、ウイルとダグは死んだのよ?」


 アキヅキが嫌なことを思い出したかのように苦虫を潰した顔つきになる。しかし、ニコラスは引かずにこう応える。


「確かにあいつらはただの馬鹿でしたぜ? しかしだ。あの時と今では状況がまるで別ですぜ。こちらは約120名の守備兵のみ。そして、最大戦力の一角であるアイス殿は重傷です。ならばこそ、アキヅキ司令官殿は『勝利の女神』として君臨してもらわなきゃならないわけですぜ!」


 ニコラスの言いにアキヅキはずしりと両肩に漬物用の石が乗っかったような重さを感じるのであった。


 ニコラスの言う通り、絶望的状況において、皆の心を支える存在は必要だ。それを自分に求められていることもアキヅキ自身はわかっている。


 ニコラスはペコリと頭を下げて、指令室から退出していくのであった。アキヅキは胃にも重さを感じて、なかなか食事が進まないのであった。


 そんな時であった。コンコンッと指令室のドアがノックされる。アキヅキは、どうぞ、入って良いわよと言う。すると、ドアノブをガチャリと音を立てて回し、ドアを開いて入ってくる人物が居た。その姿を視認したアキヅキが大きく動揺してしまうことになる。


「サクヤ! もう身体は大丈夫なの!?」


 アキヅキからの眼から見ても、サクヤは明らかに憔悴していた。サクヤは寒いのかわからないが、右手で左の二の腕を念入りにさすっている。それなのにサクヤは力なく微笑み


「アキヅキ……。ニコラスからは話は聞きましたわ。重傷のアイス師匠に代わって、わたくしが北側の守備隊長に就きますわ」


「で、でも!!」


「でももへったくれも無いでしょ!? じゃあ、フランを北側の守備隊長に就かせて、ゼーガン砦内の物資の流れを滞らせるわけ!?」


 サクヤが今にも泣きそうな声でアキヅキに強く訴えかける。彼女の眼尻から涙が溢れそうになっていた。それにつられてアキヅキも泣きそうになっていた。


 アキヅキは席から立ち上がり、サクヤの身体を抱きしめる。サクヤは未だに身体を細かく振るわせていた。


「ごめんね。サクヤっ。無理をさせちゃって、ごめんねっ!」


「わかってる。わかってる……。アキヅキが一番苦しいのは皆、わかってるから。だから、わたくしも負けてられないのっ」


 アキヅキとサクヤは互いの背に両腕を回して、お互いの体温を感じ合う。アキヅキは昔からつらいことがあったり、悲しいことがあった時はサクヤに慰めてもらったのである。


 そのことをついぞ思い出し、アキヅキはぼそっと呟いてしまう。


「サクヤお姉ちゃん。ありがとうね」


「ふふっ。わたくしの妹は何時まで経っても泣き虫ですわ……」


 サクヤはよしよしと優しくアキヅキの流れるようなキレイな金髪を撫でるのであった。互いを抱きしめ合ってから数分後、サクヤは彼女から身を離し、彼女の了承を経て、正式に北側の守備隊長に就任するのであった。それと同時に、サクヤの身を襲っていた恐怖はどこかに飛んで行ったのであった。


 サクヤが指令室から退出してから30分後、さらに指令室へやってくる人物が居た。その人物がドアを開けて、アキヅキに『今日はよく頑張ったな』と声をかけた瞬間であった。アキヅキの顔からは憂いが吹き飛び、まるで向日葵が咲いたが如くにアキヅキの顔は笑顔で満開になったのである。


「おいおいおい。いきなり飛びついてくるなよっ。誰かが見てたらどうするんだ?」


 部屋にやってきた人物はシャクマ=ノブモリであった。彼が指令室にやってくるなり、アキヅキは席から飛びあがって、彼の胸へ飛び込んだのである。


「大変だったんだよお? シャクマが石壁の上で大立ち回りをしてくれって頼んだから、わたし、シャクマの期待に応えようと思って、頭の中が真っ白になっても、頑張っちゃったんだからっ!」


 アキヅキはまるで猫のようにほっぺたをグリグリとシャクマの首元に押し付けていた。シャクマは参ったなあという感じであるが、アキヅキが昼間、頑張っていたのはシャクマ自身も知っている。


 シャクマはアキヅキの頭をポンポンと軽く叩き


「ああ、期待以上だったな。まるで鬼神か何かと思っちまったぜ」


「ええ!? そこは女神さまみたいだって言ってくれないとっ! シャクマ、あなた、女性を褒めるのに慣れてないでしょっ!?」


 このアキヅキの返しにはさすがに参ったとばかりにシャクマは降参だと両手を上げて言ってしまうのであった。しかし、この時、シャクマの顔には女難の相がくっきりと浮かび上がっていたのだった。


「ずるーーーい! なんで、アキヅキちゃんだけ褒められてるニャーーー! フランちゃんもシャクマさまに褒めてもらおうと思ってたのにニャーーー!」

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