第5話:|鎧武者《モノノフ》出陣

(アタスは剣の道に生き、自分の殺した者たちが横たわる中で息絶えるブヒッ。ああ、今日は死ぬにはもってこいの日なんだブヒッ)


 アイス=ムラマサは草むらの上に寝ころび、満足そうに大空を見上げていた。少し離れた場所から、アイス師匠! アイス師匠ーーー! と泣き叫ぶ不肖の弟子の声が聞こえてくる。


(しまったブヒッ。つい、斬るのに熱中していたから、サクヤのことを忘れていたんだブヒッ)


 アイスはやり残したことがあることに気づき、再び身体に力を込めようとする。だが、身体は痙攣し、まったくもって、指1本すら満足に動かせない。


(ブッヒッヒ。修羅道とはここまでアタスを畜生に落とすものかブヒッ。サクヤ、道連れにしてすまなかったんだブヒッ)


 アイスは力なく笑う。畜生に落ちた自分に向けて嗤う。




 しかしだ、そんなアイス=ムラマサとサクヤ=ニィキューを救うべく、馬を駆けさせる者が居た。


「うおおお! そこをどきやがれってんだ!」


 馬の背に立派な鞍を乗せ、それに跨り、必死に馬の腹を蹴り、手綱を両手で握りしめて、あの男が戦場にやってくる。


 かの男は馬の右側に括り付けていた長さ2メートルはあろうかという紅い槍を両手に持ち、器用にも足のみで馬を制御し、アイスを囲む半虎半人ハーフ・ダ・タイガの一群に正面から突っ込んでいく。


 男は槍の穂先で半虎半人ハーフ・ダ・タイガの頭を兜ごとカチ割り、つづけて、槍の石突部分で、驚きの表情を浮かべる半虎半人ハーフ・ダ・タイガの横っ面をぶん殴る。


 さらには馬を頭から突っ込ませて、半虎半人ハーフ・ダ・タイガ3~4人を次々と跳ね飛ばさせる。その馬は鎖帷子を加工した馬鎧と呼べるモノを装着していた。そのため、馬の上に乗る全身鎧を着込んだ男の体重も合わせると、まるで1トンもある鉄の塊にぶつかったかのような衝撃を半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちは喰らうのであった。


 半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちは次々と重装騎馬兵に吹き飛ばされていく。そして、アイス=ムラマサの周りを囲んでいた半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちを駆逐したのであった。


 その男は次に、サクヤ=ニィキューを捕らえ、彼女の顔を地面に押し付け、さらには裸にひん剥こうとしている場面を見て、怒りで心をドス黒く染め上げるのであった。


「てめえら、いくさの最中に女を犯そうとするたあ、最低最悪で反吐が出やがるなっ! 戦乱で荒れ果てた俺の世界でも、いくさの後にするわっ!!」


 こいつ何を言ってやがるんだ!? と半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちは思うのだが、女を犯すのに前も後ろも無いだろ! とツッコミを入れてしまう。


「うるせぇっ! 後ろの穴は男相手にだろっ! 前の穴は女だろうがっ!!」


 まったくもって理解不能なことをのたまう不可思議な全身鎧を着こんだ男にとまどってしまう半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちである。しかし、その男が言っていることを理解する前に、サクヤ=ニィキューを抑え込んでいた半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちは次々とその男に紅い槍で突かれ、斬られ、叩き伏せられて、物言わぬ屍と化していくのであった。


 男はアイスとサクヤの周りに集まる兵士を殺し尽くしたあと、彼女たちを馬の上に乗せる。そして、巧みに馬を操り、一直線にゼーガン砦へと退散するのであった。


「お、追うな! 下手に相手をすれば、こちらがやられてしまうのレス!」


 この時、征北セイホク将軍:クラーゲン=ポティトゥは腰を抜かしていた。アイス=ムラマサの襲撃だけで自分が率いる兵士の半数を失った。それで、見せしめに彼女たちを捕らえ、散々に辱めを受けてもらおうと、彼女たちを生かして捕らえようとしていた。


 だが、それはたった一人の重装騎兵により、計画は破綻する。まるで死神デス・ゴッドが戦場に舞い降りたかのようであった、その騎士は。あんな死神デス・ゴッドの相手などしてはいけないとばかりに、クラーゲン=ポティトゥは恐れおののいていたのであった。


 かくして、追手も無く、重装騎馬兵はゼーガン砦の北側の門前に到着する。男は開門ーーー! と大きな声を上げる。するとだ。鉄製の大きな門がゴゴゴッと重低音を鳴らし、砦の内側方向へ観音開きとなって開いていくのであった。


 騎馬が通れるほどの隙間が出来ると、男は再び馬を走らせて、砦内に飛び込むことになる。


「シャクマさま! 無事の帰還、嬉しく思うニャ!」


 重装騎馬兵は兜の前面に取り付けられた鉄製のマスクを右手で外す。そして、傍らに近寄ってきていたフラン=パーンたちに、全身傷だらけのアイス=ムラマサと半裸のサクヤ=ニィキューを預けるのであった。


 フランたちはアイスたちを託されて、本丸にある医務室へと彼女たちを運ぶのであった。その後ろ姿を見送ったあと、全身鎧の男は、ふうううとゆっくり深呼吸をするのであった。


「いやあ。切り込んでほしいとは言ったが、一撃離脱程度の話だったんだがなあ?」


 鎧武者モノノフ姿のシャクマ=ノブモリは、しょうがねえなあと言った面持ちであった。彼は重装騎馬から降りて、やれやれと身体の両側で両腕を左右に開く。


「まあ、上手く行ったから、お咎め無しだな。しっかし、あの婆さん。本多忠勝かよって思うくらいの暴れっぷりだったなあ?」


 シャクマ=ノブモリは自分が元居た世界で勇名を馳せた男の名を思い出すであった。シャクマが自分が被っている兜に鹿シッカ角をつけているのは、少しでも彼の加護にあやかりたいとの想いがあってゆえのことだ。


 そして、彼の槍が紅いのにも理由がある。こちらもやはり、元居た世界で武勇だけなら、ひのもとの国1番の武辺者が最も得意としていた武器が『朱槍』と呼ばれていたからである。


「へっ……。いくら自分の武勇に自信が無いからといって、あいつらにあやかるのは虫が良すぎるかなあ?」


 シャクマは自嘲気味に笑う。そしてひとしきり笑ったあと、馬を引きながら、自分も本丸へと歩いていくのであった。


 そうこうしている内に、太陽は地平線の向こうへと沈み、2日目のゼーガン砦攻防戦は終わりを告げる。


 運もゼーガン砦側に味方し、アキヅキ=シュレイン率いる防衛側が圧勝と相成ったのであった。


 しかし、だからと言って、ゼーガン砦側にも少なからず損害は出ている。守備兵が総勢120名ほどしかいないゼーガン砦がこの先、本格的な援軍が来るまで、持ちこたえることが出来るかは、未だ定かでは無かった……。

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