第4話:修羅が如く

「ブッヒッヒ。不肖の弟子は上手くやってくれたようなんだブヒッ! さてと、アタスも仕事をしましょうかねえだブヒッ!」


 ゼーガン砦の北側の守備の指揮を執っていたのは、アイス=ムラマサであった。こちら側は東側と違い、昨日の侵攻が失敗したあと、今の今まで静かであった。石壁に仕掛けられた罠を警戒して、征北セイホク将軍:クラーゲン=ポティトゥは、しばし待てと進軍を滞らせていたのであった。


 本来なら、東と北で呼応しあい、同時に砦を攻めるのが上策であった。しかし、クラーゲン=ポティトゥは思慮深き男であったために、いたずらに攻めるわけにはいかぬとばかりに、進軍を取りやめていたのである。


「ブッヒッヒ。これじゃ、どちらが攻めている側かわからないブヒッ! さあ、攻めあぐねいているようならば、こちらから仕掛けさせてもらうんだブヒッ!」


 アイス=ムラマサはそう言うなり、石壁の上から砦外へと無造作に飛び降りたのである。


「ちょっと!? 師匠、何をしているニャ!?」


 その師匠の行動に驚いたのはフラン=パーンであった。彼女は砦内の物資運搬の指示だけでなく、サクヤ=ニィキューと共に、アイス=ムラマサの補佐に就いていた。そして、北側の守備隊長であるはずの師匠がまるで散歩でもしてくるかのようにズカズカと300メートル先で矢盾を並べる敵陣地に歩いて向かって行くのである。


「あらあら? さすがは『攻めは最大の防御也』と普段からのたまっているだけはあるお師匠さまなのですわ」


 フランの隣に立つサクヤが右手を右頬に当てて、ため息をつくのであった。


「ちょっと、どうするニャ!? 師匠をあのまま敵陣地に向かわせて良いのニャ!?」


 サクヤは、あらあらまあまあと言い、フランは困ったニャー! とくるくるとその場で回り始める。そして、サクヤはもう一度、ため息をついた後、自分の背中に長剣ロング・ソードを3本、大剣クレイモアを1本、荒縄で括りつける。


 そして左手には黒鉄クロガネの弓を携えて、彼女もまた石壁の上からひょいっと砦外に飛び降りて、スタスタと早足でアイス=ムラマサの後を追うのであった。


「フランーーー! わたくしが師匠の撤退援護をしてきますので、わたくしたちが戻ってきた時に砦の門をすぐに開け閉めできるようにしておいてほしいのですわーーー!」


「ちょっとおおお! サクヤちゃんまで何をしているニャーーー!」


 フランはサクヤの取った行動におおいに驚くことになる。それもそうだ。たった2人で敵陣に切り込み、さらには堂々と門をくぐって帰ってくると言っているのだ、サクヤは。いつからあんなに脳みそ筋肉になったのニャ!? と驚くばかりのフランであった。


 そんなフランを尻目にサクヤは先行したアイス=ムラマサに追いつくのであった。


「ブッヒッヒ。こんな馬鹿げたシャクマの策なんぞに乗るのはアタスひとりで十分だったんだブヒッ」


「そうかもしれませんわね。でも、ひとりで作戦を遂行するよりかは、ふたりのほうが成功率は2倍に跳ね上がりませんか?」


 言うようになったもんだブヒッとアイスはひとり思うのであった。アイスはアキヅキ=シュレイン、フラン=パーン、サクヤ=ニィキューの乳臭さが取れぬ頃から師匠として3人に武術を叩き込んできた。


 北側の石壁の上から、東側を見ていた時、あのどこか抜けて危なっかしいアキヅキ=シュレインが鬼神の如くに戦ったのをじっくりと見ていた。


 アイスは目頭が熱くなると同時に、身体全体の血も沸き立つ思いであったのだ。それゆえ、身体の火照りを振り払うためにも、シャクマが提示した作戦に乗ることにしたのである。


(ブッヒッヒ。敵陣に単騎、斬り込みをかけろとか、正気の沙汰とは思えない作戦なんだブヒッ)


 アイスは自分の剣の腕をかの伝説の鎧武者モノノフに認められているがゆえに、そんな無謀な作戦の遂行者として選ばれたことが、こそばゆく、同時に誇らしくもあった。


 彼女は笑っていた。不敵な笑みをその顔に浮かべていた。ブッヒッヒと笑い声が口から漏れてしょうがない。


「うふふっ。なんだか嬉しそうですわ?」


「そりゃそうだブヒッ。長年、流浪の剣客として生きてきたが、ついに自分の剣を納めるべき相手が見つかったんだブヒッ。これぞ、剣客冥利に尽きると言うものだブヒッ!」


 アイスはそうサクヤに言うなり、走り出していた。ただ真っ直ぐ。ただ真っ直ぐに矢盾の向こうに隠れる半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちが集う陣地へと駆け抜けていくのであった。


 そして、その地でアイス=ムラマサ伝説がひとつ生まれることになる。


 アイス=ムラマサは修羅が如く、半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちを斬り伏せていく。20人目を斬ったところで、ミスリル製の大剣クレイモアが半ばからポッキリと折れる。


 すかさず、サクヤがアイスに黒鉄クロガネ長剣ロング・ソードを2本、投げ渡す。


 アイスはそれを片手に1本づつ持ち、両腕を振り回して、さらに30人の半虎半人ハーフ・ダ・タイガを屠る。


 そして、黒鉄クロガネ長剣ロング・ソードは、ついに血と脂で刃が通らなくなる。アイスは強引に2本の長剣ロング・ソードを眼の前で吼える半虎半人ハーフ・ダ・タイガの身体に突き立てたあと、サクヤから新たな武器を受け取る。


 それは黒鉄クロガネ大剣クレイモアであった。ミスリル製の大剣クレイモアは鎧ごと敵の身体を切り裂くほどの斬れ味を持っているが、黒鉄クロガネ製の場合はどちらかと言えば、叩き伏せるのが目的で造られたものだ。


 アイスは土の魔術を駆使し、黒鉄クロガネ大剣クレイモアの刃を小石で固めて行く。出来上がったのは長大な石の棍棒であった。小石が纏わりついた黒鉄クロガネ大剣クレイモアはさらに重量を増し、半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちが身に着ける青銅製の鎧ごと、彼らを粉砕していくのであった。


 強靭な暴力が北の陣地で振るわれ続けた。黒鉄クロガネ大剣クレイモアが擦り切れて、粉々になった頃には、アイス=ムラマサの周りには100を越える半虎半人ハーフ・ダ・タイガの屍が、草むらの上で横たわっていたのであった。


「はあはあはあブヒッ……。これ以上は無理なんだブヒッ……」


 散々に暴れ回ったアイス=ムラマサは力を使い果たし、草むらの上で大の字になり寝転がっていた。そして、彼女の周りには、仲間を無残に殺されて、憤慨する半虎半人ハーフ・ダ・タイガたちが包囲しつつあったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る