第2話:司令官代理

 カゲツ=シュレイン率いる精鋭部隊の活躍により、ゼーガン砦は突然の襲撃をなんとか防ぎきるに成功する。しかし、その代償は大きかった。


 砦内の施設の半分は焼かれ、壊される。そして、兵の4割に及ぶ者たちが戦闘不能へと陥る。


 さらには司令官であるカゲツ=シュレインは突然、背後に現れた蒼色の虎に右の肩口から背中を通り、腰の左側までを、鎧ごと引き裂かれることとなる。


 幸い、カゲツ=シュレインは本丸にある医務室へとすぐに運ばれ、アイス=ムラマサの治癒魔術で一命だけはとりとめることとなる。


「お父さま! お父さまーーー!」


「あ、ああ……。アキヅキ。よく無事で……。お前に怪我が無くて本当に嬉しいよ……」


 上半身を包帯でぐるぐる巻きにされたカゲツが痛む背中により、額から油汗を流しながらも娘であるアキヅキ=シュレインの無事を喜ぶのであった。そして、その娘を安全な場所に匿ってくれた娘の隣に立つ見慣れぬ甲冑に身を包んだ男にも礼を言うのであった。


「どこの誰かはわからぬが、この抜けた娘を助けてくれてありがたい……。是非、名前を教えてくれないか?」


 男はカゲツに対して、失礼の無いように兜の緒を外し、頭から鹿シッカ角が両脇に付けられた兜を脱ぎ、左脇に抱える。そして、自分が何者なのかをカゲツに伝える。


「俺は佐久間信盛さくまのぶもりってんだ」


「ん? シャクマ=ノブモリ? また変な名前であるな」


「ああー。こっちの世界では、何かよくわからないが【さ】が【しゃ】に聞こえちまうんだったな。まあ、そんなことはどうでも良いか……。それよりもだ。簡単に言うと、俺は始祖神:S.N.O.Jって名乗る奴に、こっちの世界に呼ばれて、人助けをするように命じられたってわけだ」


 カゲツはシャクマ=ノブモリと名乗る者が言うことの半分近くが何のことかよくわからない。しかし、ただはっきりしていることは、このポメラニア帝国の英雄であらせられる始祖神:S.N.O.Jさまが、自分の娘に助け舟を出してくれたこと、これが一番、嬉しいことであった。


「ああ……。S.N.O.Jさまには頭が下がる一方だ。今後とも娘を頼む……」


「頼むって言われてもなあ?」


 シャクマ=ノブモリが物怖じせずにそう言い切ってしまうので、ついカゲツは、ははっと力なく苦笑するのであった。その後、カゲツは娘であるアキヅキの方に顔を向けて


「アキヅキ。自分は動けぬ身となってしまった……。お前が司令官代理として、このゼーガン砦を護ってくれ……」


「お父さま……。わかりました。このアキヅキ=シュレインが、子爵:カゲツ=シュレインに代わり、見事、この砦を死守してみせますっ!」


 アキヅキは瞳に涙を貯めながらも、それが零れ落ちぬように必死に耐えた。カゲツはそんな娘を哀れに思いながらも、うぐっ! と悲痛な叫びを上げて、ベッドの上で気絶するのであった。




 アキヅキたちは医務室を出て、本丸の指令室兼執務室へと移動する。そこで今後について、皆から現状報告、そして意見を募るであった。現状報告を受けるほど、アキヅキの顔は憂いの色に染まっていく。


「そう……。砦内の施設の半分は使い物にならないわけね……」


「そうだニャ……。食料や武具は火に焼かれる前に運べる分はなんとか余所に運び出せたけど、長期戦となれば厳しいニャ……」


 兵站についての報告をしたのはフラン=パーンであった。ゼーガン砦のその辺りの事情に一番詳しいのはフランであった。フランは見た目の尻軽さとは裏腹に数字には滅法強く、物資の管理には、カゲツがいちもく置くほどの人材であった。


 対して、しっかり者お姉さんの雰囲気を醸し出している方のサクヤ=ニィキューは、まったくその辺りがダメと言うギャップが売りだったりする。


 実はしっかり者はフランだというオチだ。それはさておき、内容の暗い報告はアキヅキを悩ませるには十分であった。


「隊長。偵察から戻ってきたんだぜ。やっぱり、ダンジリ河の渡河地点にあったキッシー砦とワーダン砦もここと同じく同時にショウド国に攻められたみたいだな……。あと3日も経たずに陥落するだろうな……」


 さらにアキヅキの頭を悩ませたのは、ポメラニア帝国とショウド国の国境線となっているダンジリ河の渡河地点に建設されていた2つの砦もまた、ショウド国軍に攻められている真っ最中であることだった。


「ゼーガン砦への奇襲は、キッシー砦とワーダン砦への救援を遅らせるモノ。そう結論づけるほうが良さそうですわ」


 ため息と共にそう言うのはサクヤ=ニィキューであった。彼女の主な役目は司令官であったカゲツ=シュレインの補佐であった。カゲツの指導の下、彼女は軍の統率に長けていると言って良いだろう。


 先ほどの反攻戦でも彼女は10人ばかりではあるが兵を率いて左翼を担当することになり、見事、成果を上げている。カゲツとしては、サクヤが騎士見習いを卒業し、騎士となったならば、四大貴族のひとり:ハジュン=ド・レイに頼み、娘であるアキヅキの補佐にしてもらおうと考えていた。


「くっ……。キッシー砦とワーダン砦の救援をどうすべきだろう……。誰か良い案はないの?」


 アキヅキは悩んだ末、自分だけの判断では事足りぬと見て、皆から意見を募ろうとする。しかしだ。皆、アキヅキと視線が交わらないように顔を背けるのであった。


 それもそうだろう。ゼーガン砦は先ほどの奇襲により、全体の4割もの死傷者を出したばかりなのだ。この中から無事な兵を見繕って、2つもの砦を同時に救援に出すなど不可能に近いのである。


「誰も意見はないの!? このまま、キッシー砦とワーダン砦に居る兵たちを見殺しにしろってことなの!?」


 アキヅキは 右手を握りしめて、ガンッ! と机を強く叩く。だが、それでも指令室に集まる皆は顔を背けたままである。アキヅキは悔しさの余りに下唇を前歯で噛んでしまう。


「あー。ひとつ良いか?」


 そう言い出したのはシャクマ=ノブモリであった。アキヅキは、はっとした顔になる。始祖神:S.N.O.Jが寄越してくれた人物なのだ、この男は。このヒトなら、きっと、この八方詰まりの状況を打破してくれる案を出してくれるのでは? 一条の光明となってくれるのではと? と期待して、シャクマに発言権をアキヅキは与えるのであった。


「はっきり言って、現状は最悪だ。俺としては、いっそのこと、このゼーガン砦も放棄すべきだと思う。うんうん、我ながら妙案だな!」

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