第3話:|鎧武者《モノノフ》

「あ、あなたっ! 言うに事欠いて、ゼーガン砦を放棄するっ!?」


 アキヅキ=シュレインは一瞬で全身の血が沸騰してしまったかのような錯覚に陥るのであった。父であるカゲツ=シュレインにこの砦を護ってくれと頼まれたばかりだというのに、その30分後には、事情もよくわかっていないような男に『砦を捨てろ』と言われれば、誰しもが頭に血が昇っても致し方ないと言えるだろう。


「まあ、待て待て。少しは冷静になれってんだ」


(冷静になれ!? これで冷静になれる者が居たら、見せてほしいくらいだわっ!!)


 アキヅキは声に出さなかったものの、怒りに染まる顔つきがアキヅキ自身の気持ちを雄弁に語っていた。シャクマ=ノブモリは右手でボリボリと頭を掻き、次の言葉を放つ。


「じゃあ、逆に聞きたいんだが、お前はどうしたいんだ?」


「私は皆を護りたいのっ! ゼーガン砦だけでは無くて、最前線の砦で戦う者たちも含めてよっ!!」


「それは、この周辺の砦だけを指しての発言なのか?」


 シャクマ=ノブモリの視線は鋭いモノになっていた。まるでアキヅキ=シュレインを値踏みするかのようでもあった。アキヅキは退いてはならないと思ってしまった。だからこそ、次の言葉を繋げたのである。


「いいえ……。この周辺の砦をショウド国軍に抜かれれば、火の国:イズモは蹂躙されてしまうわ。わたしは火の国:イズモ全体を考えてのことよっ!」


 アキヅキはシャクマの黒色にやや茶色が入った双眸をまっすぐ見据えて、そう言い切る。シャクマもまた、アキヅキの黒に強く蒼が入った双眸から放たれる強い意志をしっかり正面から受け止める。


 数秒ほど火花を散らしたかのように視線を交わらせた2人であった。しかし、ここでアキヅキは不意打ちを喰らうことになる。なんと、シャクマが右眼をしばたかせて、ニヤリとした笑顔を飛ばしてきたのである。


「よっし、合格だ。お前は指揮官として優秀だ」


「ちょ、ちょっと!?」


 アキヅキは今までの怒りがどこかにすっ飛んだような気がした。いや、正確には眼の前のシャクマに自分の身から発していた怒りを全て飲み込まれてしまった。そんな感覚がアキヅキを襲う。


「ん? どうしたんだ? お前は皆を護るんだろ? じゃあ、その話をしようじゃないか」


(え? え? えええ!? こいつ、わたしのことを試したの!?)


 そんな疑念がアキヅキの心に去来するのは当然と言えば当然だった。いったいぜんたい、何故、この眼の前の男が自分を試すような挑発をしたのかがまったくわからない。混乱するアキヅキをほっぽらかして、シャクマが


「あー。そういや自己紹介を正式に済ませてなかったっけか。俺は佐久間信盛さくまのぶもり。ちょっとばかり、始祖神:S.N.O.Jに世話してもらって、こっちの世界にやってきた一介の鎧武者モノノフだ」


鎧武者モノノフ!? 250年以上も昔、戦国の世センゴク・パラダイスで、勇名を馳せながらも、忽然と姿を消した一族の生き残りなの!?」


――鎧武者モノノフ。エイコー大陸において戦国の世センゴク・パラダイスと呼ばれていた時代があった。100年間にも及ぶ血で血を洗ったと言われるほどの凄惨な戦いが大陸中で巻き起こっていたのだ。


 その戦国の世センゴク・パラダイスで、最も強く、最も速く、最も巧みに戦ったと言われている一族が居た。それが鎧武者モノノフたちである。彼らが扱う大弓から放たれた矢は、鉄製の鎧と言えども、まるで紙を貫くようであったと言われる。


 さらには、火の国:イズモに現代も残されているカタナは、元々は鎧武者モノノフが発明した武器だと伝承されている。


 さらには、馬を扱わせれば、急な山の斜面であろうが、それが森の中であろうが自在に操り、全ての土地を我が物顔で戦場に仕立て上げたとも言われている。


 そんな伝説上でしか今や語られていない鎧武者モノノフだと、この眼の前の奇怪な甲冑を見に付けるシャクマがはっきりと言いのけるのである。


「ブッヒッヒ。あんたさん。おかしな甲冑を身に着けているものだから、まさかとは思っていたが、本当に鎧武者モノノフだったとはねぇ」


 そう言うは、今まで特に発言もしていなかったアイス=ムラマサであった。


「アイス師匠、気づいていたんですか!?」


「そりゃあ、武に生きるニンゲンが最終的に辿り着きたい、いや、超えたいと思っているのは、鎧武者モノノフそのモノだからブヒッ。古い文献を漁って、鎧武者モノノフについては調べ上げたものだブヒッ」


 武術の師であるアイス=ムラマサがそう言う以上、シャクマが伝説に謳われた鎧武者モノノフであることはほぼ確定であった。指令室に集まる皆が、おおっと感嘆の声を上げるのは致し方なかったことであった。


「よせやい。ヒノモトの国には俺以上の武人なんざ、捨てるほど居たっつうの。俺なんかが鎧武者モノノフなんて言うのは恥ずかしい限りだわ」


 感嘆の声を受けている側のシャクマは卑下なのか謙遜なのかはわからないが、そう言うのであった。アキヅキはそんなシャクマの態度に強く違和感を覚えてしまうのである。


 鎧武者モノノフと呼ばれた一族は誇り高く、そして立ち振る舞いは優美だったとさえ伝えられている。しかし、彼女の眼の前に立つシャクマは歳は30そこそこで、威風こそはあるものの、誇り高いとは言い難かった。


 どこかに憂いを持っている。そんな直感めいたものを彼女は感じずにはいられないのであった。


「で、お前さん。名は何て言うんだ? いい加減、『お前』とか言うのは憚れるんだよな……」


「え、ええ……。わたしの名前はアキヅキ=シュレイン。先ほどの襲撃で大怪我を負った司令官:カゲツ=シュレインの娘なの」


 アキヅキがそう言うと、ふーん、なるほどなあと1人納得するシャクマなのであった。それよりもアキヅキとしては気になることがあったので、シャクマに質問をする。


「お前って呼び方は確かに失礼だった気はするんだけど、『憚れる』って意味がわからないんだけど?」


「あ、ああ。それはな? ひのもとの国で『お前』とか『お前さん』って言い合って良いのは、親子の間柄か、もしくは夫婦の間柄くらいなんだよ」


 シャクマが顎先をポリポリと右手の人差し指でコリコリと掻きながらそう言うのであった。そして、その言葉を聞いたアキヅキは何故かはわからないが、ボンッ! と言う音と共に顔が真っ赤に染まるのであった。

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