第7話:旧友との再会

「よしよし……。よくわかっているではないか。ニコラスくん。今後とも娘のことは頼んだよ?」


 カゲツ=シュレインはニコラス=ゲージの返答に満足したのか、鬼のような形相がみるみるうちに、いつものホトケさまのような柔和な表情に変わっていく。その変化を見続けたニコラスは内心、『ちっ!!』と大きく舌打ちしたのは当然と言えば当然であった。


「では、キミたちが何のために、このゼーガン砦にやってきたのかは知らぬが、大きな騒ぎだけは起こさないように頼むぞ? 何せ、この時期はいつもの通りにショウド国軍がダンジリ河で水練をしていているために、砦内はピリピリとした空気に包まれているからな?」


「水練? 水練ってどういうことですかい?」


 ニコラスはカゲツに聞きたいことがいくつかあったが、それらは横に置いておいて、一番気になった、ショウド国軍の水練について尋ねたのであった。


 そのニコラスの問いに対して、カゲツはいつものことだと言うだけであった。ショウド国は毎年、ポメラニア帝国とショウド国の国境線となっているダンジリ河で水練をおこなっていることを。


 その水練は春の農繁期を終えた後に訪れる農閑期におこなわれること。今年は何故かは知らぬがその時期が1カ月ほど早いということ。


 それについては、カゲツの予想では例年に比べて、今冬は雪がまったく降らなかったために農繁期が早まったのであろうと。それで前倒しで水練を始めたのだろうと。


「というわけだ。あと付け加えるとしたら、千人、二千人規模で大型の船までをも使っての水練だということくらいかな?」


「ふむ……。何故、そんな大規模な水練なんでしょうな?」


「わからぬよ。蛮族のやりたいことなど。さしづめ、ポメラニア帝国のみかどが代替わりしたゆえに、ショウド国は盛況であることを自慢したいだけであろう。まったく……。ポメラニア帝国の従属国のくせに、見栄だけは張りたがる連中だ……」


 カゲツの言いたいことをまとめると、ポメラニア帝国は年明けに起きた政変により、ポメラニア帝国では初となる女性のみかどが君臨することになった。そして、女帝ゆえに、差別意識の高い半虎半人ハーフ・ダ・タイガが大半を占めるショウド国が非難の色を込めるためにも時期を早めての大規模な水練を、ポメラニア帝国側に見せつけている。


 さすがは蛮族だ。軍事力を見せつけることにより、自分たちの有益性をポメラニア帝国に認めさせたいのであろうと言うのがカゲツの感想であった。


「なるほど……。カゲツさま、ご高説、ありがとうございます。いやあ、自分はその辺りがよくわかっていないんで」


「ふんっ。キミにはそれを期待してはいない。娘を護れ。ただそれだけだ。さあ、もう行きたまえ」


 カゲツがそこまで言うと、指令室にある机の椅子にどかりと座る。それを合図にニコラスはカゲツに深々と礼をして、指令室から退散することになったのであった。




 その頃、アキヅキ=シュレインはゼーガン砦内を視察中に旧友と再会していた。


「フラン! それにサクヤ! 久しぶりっ! 元気してた?」


「あっ、やっと顔を見せたニャ? フランちゃんはアキヅキちゃんがこの砦にやってきたと聞いて、首をなが~くして待っていたニャ!」


 そう言うは半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのフラン=パーンであった。彼女は騎士見習いの身分でありながら、鎧も身に付けず、鎧下の丈夫な服装の恰好でアキヅキの周りをピョンピョン飛び跳ねながら纏わりつくのであった。


「うふふ。フランさんったら、そんなにガシガシとアキヅキさんに体当たりしてたら、アキヅキさんの今にも無くなりそうな胸が本当に無くなってしまいますわ? アキヅキさん、お久しぶりですわ」


 次にアキヅキに挨拶したのは、サクヤ=ニィキュー。彼女はハーフエルフであった。彼女はアキヅキとは違い、淑女然とした態度でアキヅキと接するのであった。


「ちょっと……。サクヤ……。相変わらず毒気の混じった言いね? てか、どうしたの? ここにはまともに髪を切れる兵士は居ないわけ?」


「ああ、これ? ん……、ちょっとね?」


 サクヤ=ニィキューの髪の毛はキレイな金髪であるのに、まるでむしりとったかのように、うなじ部分でその髪の毛の先端がところどころで跳ね上がっていたのであった。


 ちなみに砦と言っても、ちょっとした小さな町程度の機能は有しており、兵士たちが各々の得意分野を生かして、床屋を営んでいたり、食堂を切り盛りしていたりする。それゆえに、ざっくらばんに切られているサクヤの髪を見て、アキヅキはそう漏らしたのであった。


「わたしがあとで整えてあげようか?」


「やめてほしいのですわ……。アキヅキさんに切られたら、丸坊主にされかねませんもの……」


「ニャハハ! それもそうだよニャー。藁人形を大剣クレイモアで両断するのは得意なアキヅキちゃんが、そんな細かいことなんて出来るわけがないもんニャー」


 『女3人寄れば、かしまし』。まさにその言葉通りにアキヅキ=シュレイン、フラン=パーン、サクヤ=ニィキューは立ち話に興じながら、旧交を温めていたのであった。


 彼女ら3人は、同じ師を仰ぎ、共に武術を磨きあった間柄であった。その師は『武の道において、身分、性別など関係無いんだブヒッ。あるとすれば【才】。ただその一言なんだブヒッ!』との格言通りに3人を鍛えあげたのであった。


 その師の名前は、アイス=ムラマサ。剣の類を扱わせれば、エイコー大陸随一の武人と噂されているあのヌレバ=スオーと並び立つと言われているほどの達人である。その達人の剣の腕は、子爵:カゲツ=シュレインも舌を巻くしか他無かった。


 カゲツ=シュレインも剣の腕前には自信があった。しかしながら、そのカゲツ=シュレインですら、赤子のように扱ったのがアイス=ムラマサである。カゲツはアイス=ムラマサに惚れこみ、是非とも、我が娘に剣術を始め、色々と教え込んで欲しいと頼み込んだのだ。


 だが、そのアイス=ムラマサが提示した条件は、【アキヅキ=シュレインを特別扱いする気は無い】ということであった。


 カゲツ=シュレインは、その条件を不承ぶしょうながらも承諾したことにより、庶民の出であり、アキヅキ=シュレインの親友であるフラン=パーンやサクヤ=ニィキューも、アイス=ムラマサに武術を叩き込んでもらえることになったわけである。


「おやおや。こんな往来のど真ん中で年頃の女性が何をキャッキャウフフと騒いでいるんだブヒッ? やることはやっているんだブヒッ?」

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