第6話:カゲツ=シュレイン
――ポメラニア帝国歴259年3月14日 火の国:イズモ ゼーガン砦――
アキヅキ隊一行がゼーガン砦に到着したのは出向の辞令を受けてから約1週間も後のことであった。準備に3日、道中を進むのに3日かかった。しかしながら、アキヅキ=シュレインとしては特段、急いだわけでもなく、わざと遅れるようなこともしなかった。
ゼーガン砦の南の大きな鉄製の門がゴゴゴと重低音を響かせながら開く。そもそもとして、ゼーガン砦は長きに渡り、
その囲まれた壁の中心部には砦の司令部となる石造りの本丸があり、その周りに兵を収容する木製の宿舎がある。そして、あまったスペースにはショウド国との交易品を納める布製のテントや兵士たちが汗を流すための訓練施設があるくらいであった。
南門をくぐったアキヅキ隊一行はさっそく司令部が置かれた本丸へ出向くことになる。本丸とは言ったが城と言うよりはちょっとした地方の男爵家の邸宅と言った方が表現としては正しいだろう。
その本丸の玄関の前には警備の兵士が2名立っていた。アキヅキ=シュレインはニコラス=ゲージのみを同行させて、本丸の中へと進んでいく。残りの隊員たちは本丸前のちょっとした広場で待機となった。
本丸付きの兵士に案内されて、本丸のとある一室に通される。その一室は執務室と指令室を兼ねており、部屋の壁には指令書が貼られたコルク製ボードが。その他にはソファーが2脚、平行に置かれていた。さらには部屋の角には砦の
その立派な仕事机の椅子に座っていたのは、もちろんカゲツ=シュレインであった。彼は客人が部屋の中にやってくると、椅子から立ち上がり
「まったく……。アキヅキ。どこの騎士隊がやってきたのかと肝を冷やしていたところに、まさかお前だとは驚かされたモノだったよ……」
開口一番、カゲツ=シュレインは娘に向かって、文句を言い放つ。だが、文句を言われた側のアキヅキはしてやったりといった顔つきだ。
「いえいえ。お父さま並びに、この砦の兵士たちが退屈な毎日を過ごしているだろうからと、わたし、一計を案じてみました。宮廷からの電撃的視察だと思って、緊張したでしょ?」
「それならば、鎧の色を菜の花色か
「そ、それはその……」
カゲツ=シュレインの非難が込められた視線を受けて、アキヅキ=シュレインは口ごもることになる。お父さんの意地悪……と思いながらも、先にその父親に意地悪を敢行したのはアキヅキの方である。
アキヅキが唇を尖らせて、ブゥとほっぺたを膨らませてしまったために、いささか強く咎めすぎてしまったかと思い、カゲツはこれ以上、何か言うのは止めておこうと思うのであった。
(まったく……。いくつになってもアキヅキはアキヅキだ……。女だてらに剣の道を突き進み、ついには騎士となったというのに、根底にある可愛らしさは抜けていないもんだな……)
カゲツは一度、ごほんとわざとらしく咳をついた後
「遠路はるばる、ご苦労である。着いたばかりで申し訳ないが、さっそく、砦の中を視察してきてくれないか?」
「えーーー!?」
「えーーーじゃないっ! アキヅキ=シュレイン。お前はもしかして、観光気分でこの砦にやってきたわけではあるまいな?」
上官にあたるカゲツにこう言われては、アキヅキには反論する
「はっ! カゲツ司令官! さっそく砦の視察に当たらせていただきます!」
そう言い切った後、アキヅキは回れ右をし、指令室から退席しようとしたところ、その背中に向かって、カゲツが一言
「ますますキレイになったな、アキヅキ。まるで亡くなった母さんのようだ。お父さんは嬉しいぞ?」
そう言われた瞬間、アキヅキは満面を笑顔で咲かせて、カゲツのほうに振り向き
「本当!? わたし、お母さんにそっくりになってきた!?」
「ああ、本当だ。本当にキレイになったな……。行って良いぞ。砦の連中は荒くれ者も居るから、注意しておくんだぞ?」
「うん、わかった! じゃあ、視察に行ってくる!!」
父親にキレイだと褒められたアキヅキは心が躍り、そのまま、指令室から飛び出していくのであった。そして、カゲツ=シュレインとニコラス=ゲージが指令室に取り残される形となった。
娘が指令室から消えた次の瞬間であった。カゲツの今までのホトケさまのような顔は鬼の形相に変わっていたのである。さらには、ニコラスを睨みつけ
「おい、ニコラス! うちの娘に悪い虫がつかないようにしっかりと任務を果たすのだぞ!!」
いきなり怒鳴りつけるように名を呼ばれたニコラスは激しく動揺することになる。ニコラスはしどろもどろになりながらもカゲツに向かって反論をする。
「え? え? 俺ですかい!? なんで、俺にとばっちりがくるんですかい!?」
「アキヅキ隊の貴様にだけ、特別に役職手当を支給している意味がわからないとでも言いたいのか?」
カゲツが鋭い視線と共に、厳しい言葉をニコラスに吐く。それにはニコラスも、うぐっと口をつぐむ他無かった。
「娘をまるで女神のように奉っている者が、娘の隊に居ることは貴様からの報告で知っている……。そう言った者たちは、普段ならただの信奉者に過ぎぬかも知れぬが、何かが起きれば、狂信者となりえる存在だ。私が何を言いたいか、聡明なキミならわかってくれるよな?」
カゲツ=シュレインの柔和な雰囲気は既にどこかへと消し飛んでいた。それは娘に悪い虫がつくことを心配しているどこにでもいる娘馬鹿の父親とは一線を画していた。
(ちっ。相変わらず、娘のこととなると鬼になりやがるんだぜ……)
それがニコラスの率直な感想であった。まさに『鬼』と表現したほうが正しいほどの威圧感をもってして、カゲツ=シュレインは、ニコラスを詰問していたのである。
「はい。わかってますぜ。もし、そいつらが狂信者になったならば、俺の持つ
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