第5話:ウイルとダグ

 蒼色の水晶クリスタルがはめ込まれたペンダントを首から下げて、終始ご機嫌なアキヅキ=シュレインである。アキヅキ自身は父親から装飾品の数々を誕生日に贈られてはいるものの、それらはシュレイン邸の自室にある机の引き出しや鏡台の引き出しに大切にしまってあるのだった。


 今回、ゼーガン砦に赴くに当たって、それらのほぼ全てを自宅に置いてきていたのだ。いくら小旅行気分であったとしても、これはみかどからの直々の辞令である。仕事に行くのに過度の装飾が施された宝飾類を身に着けるわけにはいかないのが現状であった。


 さらにアキヅキはそれだけでは事足りぬとばかりに、近頃、火の国:イズモで評判の【大判焼き】とやらを紙袋いっぱいに買い込み、買い食いをしている始末であったのだ。


「おいひー! やっぱり、こう晴れ渡った空の下、買い食いは格別よね!」


 いくら騎士の階級に身を置くアキヅキと言えども、甘いモノには眼が無い年頃である。いや年頃と言うには少し行き遅れ感が出始めているのだが……。


「ん? ニコラス、何か言った?」


「いやいやいや!? 自分は何も言ってませんぜ?」


 突然、アキヅキがジト目でニコラスを睨む。睨まれたほうのニコラスは気が気ではなかった。内心を読まれたのかとドキドキモノである。


「しっかし、昔からよく思ってましたけど、隊長はよく食べますね?」


「んー? ひょうかしら? このくらいの年齢の女性ならあひゃりまへのことじゃないの?」


 大判焼きを口の中でもごもごさせながら、ニコラスの問いにアキヅキがそう応えるのである。ああ、家の事情うんぬんで結婚できないんじゃなくて、こういった部分がおおいに関係あるんだろうなとニコラスは思うのであるが、アキヅキから「何か今、ひつれいなことを考えたでひょ?」との一言でニコラスは肝を冷やすことになる。


 確かに、アキヅキ=シュレインの半生は剣に生きてきた。彼女に大剣クレイモアを振るわせれば、エイコー大陸随一の武人であるヌレバ=スオーですら一目置いているとさえ言われているのである。


 純血のエルフらしく、アキヅキ=シュレインはどこに出しても恥ずかしくないほどの美貌の持ち主である。まあ、胸のサイズは身体を鍛え上げたゆえに貧相なことになってしまったのだが……。


 それはともかくとして、アキヅキ=シュレインは武人としての才を父親であるカゲツ=シュレインと、アキヅキ=シュレインの師匠の手により、如何なく、育て上げられたのである。


 しかしだ……。その代わりに淑女なら誰しもが持っていそうな特技にはとんと疎いのであった、彼女は。


 とある日のことである。宮廷で舞踏会が催されたのだが、アキヅキ=シュレインは何を勘違いしたのか、甲冑姿で舞踏会の会場に現れる。そして、周りの貴族たちにいったいぜんたい何事かと嘲笑の的になったのだが、彼女は衛兵たちから剣を2本奪い取り、それを両手に1本づつ握りしめ、なんと剣舞を披露しはじめたのである。


 彼女は甲冑姿のままで宙を舞ったのだが、甲冑の重さを感じさせないその剣舞があまりにも見事であった。途中、兜が脱げて、彼女の美しい流れるような金髪があふれ出した時は、あまりにもの秀麗さに、第14代シヴァ帝ですらも手放しで褒めてしまったのである。


「ふう。食べた食べた。これ以上、食べたら、夕飯が入らなくなっちゃうわ。これ、あげるわ? 皆にわけておいて頂戴?」


 アキヅキ=シュレインはそう言うと、まだ紙袋に半分残っていた大判焼きの全てをニコラス=ゲージに手渡し、さっさと大路地の先へ先へと進んで行ってしまうのであった。渡されたほうのニコラスもどうすりゃ良いんだよと困ってしまう。


 アキヅキ隊にはアキヅキ=シュレインをまるで女神かのように信奉している奴らもいる。そして、その女神の一番近くで副長をやっているニコラスを相当に羨ましがっているのである。


 そんな奴らにアキヅキさまが食い残した大判焼きを下賜されたぞ、喜べお前ら! とやればどうなるか? アキヅキ隊に無用の火種を招き入れるのは必然とも言えよう。


 ニコラスはアキヅキから受け取った紙袋を今夜、泊まる予定の宿屋のゴミ箱に捨てることを決意するのであった。がしかし……。


「副長~~~? もしかして、宿屋のゴミ箱にでも捨てようとしてるッショ?」


「い、イケナイ。隊長から下賜されたモノは皆に平等……。これ、アキヅキ隊の決まりゴト」


「ウイル、ダグ、てめえら、どこから湧いてきたんだぜ!?」


 ニコラスが驚くのも無理がない。アキヅキ隊の中でもアキヅキ=シュレインを女神だと言ってやまないウイル=パッカーとダグラス=マーシーが突然後ろから現れて、ニコラスを羽交い絞めにしたのである。


「うひょ~~~! 隊長の匂いが大判焼きに染みついてるッショ!」


「クンカクンカ! ワレ、タギル!」


 この2人はニコラスから大判焼きが詰まった紙袋を奪い取り、あろうことかその大判焼きの匂いを2人で嗅ぎ始めたのである。道行く人々は紅黒いチェーンメイル姿の若い男たちが茶色い紙袋に鼻と口を突っ込み、スーハースーハーとやっているので、街の警備に通報したほうが良いのでは? とすら思い始めるのであった。


 これ以上、騒ぎを大きくしたくなかったニコラスは、ウイルとダグラスの首根っこをつかまえて、ずるずると路地裏へと引きずり込む。


「おい、お前ら……。街のさらに往来のど真ん中で、そういうことをするなって普段から厳しく言っているはずだぜ?」


「いや、ごめんごめんッショ……。隊長の食べさしの大判焼きがもしもあるかと思ったら、気が気じゃなくなったッショ……」


「す、スマン。ワレもわれを忘れてイタ。ここは素直に謝ル」


 半猫半人ハーフ・ダ・ニャンのウイル=パッカーと巨人族とのハーフであるダグラス=マーシーは珍しくも素直にニコラスに謝るのであった。やけに従順な2人の態度のためか、余計に訝しむニコラスであるが、隊長がヒナギクのような良い匂いがするのも事実なので、それ以上の詮索はしないことにするのであった。


「んで? お前ら、他の隊員はどうしたんだぜ?」


「隊長が小旅行気分だから、同じくその辺の屋台で買い物をしているッショ」


「ウム。こんな春の陽気に真面目に仕事をしようなんてバカ」


 隊長が隊長なら隊員も隊員かと、はあああと深いため息をつかざるをえない副長のニコラスであった……。


「お前ら、ほどほどにしておくんだぜ? あと、隊長から下賜された大判焼きは不公平にならないように、他の隊員たちにに配っておくんだぜ? わかったな?」

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