第4話:ニコラス=ゲージ

 もやもやと晴れぬ思いを胸に秘めたまま、アキヅキ=シュレインは部下20名を引き連れて、ゼーガン砦へと向かう。途上の街では、胸の中のもやもやを吹き飛ばすためにも買い物を楽しんだりと小旅行気分であった。


 それもそうだろう。ポメラニア帝国に属する4か国は遥か250年前に統一されたのだ。さらに言えば、長年、ポメラニア帝国に楯突いてきた東の隣国であるショウド国も150年前にはポメラニア帝国に対して負けを認めて、長らく従属国として扱われてきたのである。


 いくら、ポメラニア帝国のみかどが政変によりいきなり代替わりし、さらには四大貴族の内、3名もが亡くなったり、失脚したり、逃亡したからと言っても、その辺りの交代も着々と進んでいるのが現状だ。


 1枚岩の盤石な態勢とまでは断言できないが、眼に見えて、ポメラニア帝国が衰退したわけでもない。だからこそ、アキヅキ=シュレインは何の危機感も持たずにゼーガン砦へと向かったというわけである。


「うーーーん。お父さまには何を手土産に持っていけば良いかしら? 国境沿いのゼーガン砦に詰めてから早1年が過ぎているから、世俗に疎くなっている可能性もあるし」


 腑抜けモードのアキヅキ隊一行は立ち寄った街の大通りに並ぶ屋台の前で、買い物に勤しんでいる始末であった。


「はははっ。隊長。それならスーパーの特売品が書かれたチラシでも持っていってはどうですかね?」


 そう冗談を言うのは、アキヅキの部下であるニコラス=ゲージであった。彼は御年26歳。キレイな嫁と可愛い育ち盛りの子供を2人持つ陽気なパパである。彼は彼で今回のゼーガン砦への出向は、守備隊の一部交代程度だと思っていた。


「あら、ニコラス。お父さまは家事にはてんで興味がないわよ? あなたみたいに奥さまに仕事帰りにスーパーに寄ってきてほしいと買い物のメモを渡されているわけではないわ?」


「おっと。こりゃいけませんな。『男子、厨房に立たず』はとっくの昔に廃れた文化ですよ? 隊長殿のお父上にもきつく言っておいてほしいものですぜ」


 ニコラスは偉丈夫な半狼半人ハーフ・ダ・ウルフであった。赤黒い甲冑に身を包んだ彼は戦士然としている。魔物退治においては、その身体から生み出される膂力を用いて、鉄製の戦斧バトル・アクスを振るい回すのである。


 その癖、料理はアキヅキ隊の中では一番の得意ときたものだらか、女性であるアキヅキ=シュレインは立つ瀬が無い。


 アキヅキはそのことを思い出し、釈然としないと言った感じで、ブーとほっぺたを膨らませるのであった。


「はははっ。隊長は本当にわかりやすいんだぜ。しっかし、こう言っちゃアレですけど、隊長は結婚されないんですかね?」


 アキヅキは一番触れてほしくないところをニコラスにズバリと指摘されてしまうのであった。アキヅキも今年で21歳になった。あと半年も経てば誕生日を迎える。さらにもう2年も経ち、24歳ともなれば、ポメラニア帝国では立派な行き遅れである。


「ニコラス……。あなた、上官侮辱の罪で、今月のお給金は1割カットね?」


「ちょっと待ってくださいよっ! 俺は隊長のことを思ってですねっ!!」


 ニコラスがしどろもどろになりながら必死に弁明する。だが、アキヅキは機嫌を損ねて、プイッと顔をニコラスから背けて、隣の屋台へと足を運ぶのであった。そこで彼女は、うん? と訝し気な眼でその屋台に並ぶ商品を見ることになる。


「骨董品? なんで屋台なんかで骨董品なんか売っているわけ?」


「おや、これはこれはキレイな騎士さま……。ヒッヒッヒ。わたくしゃ、占いが大好きでしてなあ? それの延長線上で、占いに関わる品々を集め回っているのですじゃ」


 骨董品を並べている屋台の店主は年老いたドワーフの女性であった。火の国:イズモにおいて、ドワーフは珍しい存在ではない。


 火の国:イズモは周辺からの山々から流れ出る澄んだ豊富な水に、森林、さらには良質な鉄鉱山がある。その鉄鉱山から採れる鉄を加工し、武具を制作している工房が数多く存在するのであった。


 特にドワーフが作る華麗な装飾が施された武具は、ポメラニア帝国の貴族たちにも受けが良く、アキヅキ=シュレインが今着ている紅い甲冑も、父親であるカゲツ=シュレインが大枚をはたいて、その筋30年以上のドワーフに作らせた一級品であった。


 しかし、以前にも言った通り、あまりにも身体のラインにフィットしすぎているために、アキヅキ自身は不満たらたらの一級品であったりもする。


 そんなことはさておいてだ。その装飾品にうるさいドワーフが骨董品として屋台に並べている品々に思わず眼を奪われた格好になってしまうアキヅキである。


「おや? 隊長。どうしたんですか? 何か買っていくんですかい?」


「ん。ニコラス。この蒼い水晶クリスタルの宝石がはめ込まれたペンダントが気になってね?」


「ふーーーん。隊長はいつもながら水晶クリスタルが好きなんですねえ」


 ニコラスの言う通り、アキヅキは蒼い水晶クリスタルがついたイヤリングを両耳の耳たぶにつけていた。騎士たる者、いくさに必要ではないモノを身に着けるとは何事だと叱り飛ばされそうであるが、如何せん。100年近くも国内や国家間においても大きないくさなど起きていないのだ。ポメラニア帝国では。


 それにイヤリング程度で戦いが左右されるほど、アキヅキ自身は剣の腕に劣るわけでもない。ニコラスを始め、男所帯のアキヅキ隊が女騎士を隊長だと認めているのは、アキヅキ自身に騎士として十分な実力を有しているからである。


「ひっひっひ。これはこれはお目が高い。こいつを選びなさるとはまさに【運命】と言わざるをえないのですじゃ」


(【運命】。この老婆も【運命】って言うのね……。さすがにうんざりって言ったところだわ)


「おっと! 気を悪くさせてしまったかのう!? お詫びとして、金貨1枚のところを銀貨500枚にまけておきますのじゃっ!!」


 ドワーフの老婆は、曇った表情になったアキヅキを見るやいなや、上客を取り逃がしてはなるモノかとやっきになって、値引きを申し出る。アキヅキは金貨1枚が銀貨500枚で良いと言われて、パッとまるで向日葵が咲いたかのような笑顔になるのであった。


「買った! 買ったわよっ! 今からやっぱり金貨1枚でしたとか言わせないわよっ!!」


 アキヅキが銀貨の詰まった袋を肩下げカバンからごそごそと取り出し、その中からひいふうみいと銀貨を取り出し、老婆がお椀型に構えた両手の上に乗せて行く。


 それを横から見ていたニコラスは、はあああと深いため息を漏らすのであった。


「隊長……。銀貨500枚でも相当な額ですぜ? あとで、うちの隊の運用資金で賄うとか言いださないでくださいよ?」

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