第6話
家に帰ってきた。俺は現在、凄く落ち込んでいた。
「……まさか、負けるとは」
「いい加減機嫌戻したらどうですか?」
イヴが迷惑そうに俺に文句をつける。共感できる人もいるだろう。自分がそれなりに自信を持っているゲームで、初心者に負けたのだ。これで落ち込まない奴は、自信を持っていたなんて言えない。
「……飯食ってから、“アカリ”さんと勝負しよ」
洗面台で手を洗い、キッチンにて冷蔵庫から適当に食材を引っ張り出す。姉さんは食べないとか言ってたから、三人分か。ニンジン、玉ねぎ、鶏肉、じゃがいも……ばりばりシチューメニューだな。シチューにするか。
あとはレタスもあるから、適当にサラダにして、ご飯は昨日のがあるからそれをレンジで温めるか。
そこまで適当に決め、ささっと作業に入る。シチューは今まで何度か作ってきたし、シチューの素に作り方なら書いてるから、苦労はしない。サラダも適当に千切ってれば終わる。
♢
ということで、飯は食い終わった。イヴにはそれなりに好評だったから、よしとしよう。朱里は食べ終わっているだろうか。
あいつ、運動してないだろうから、絶対太るよな。それとなく気にしておいてやろう。
「終わってない……か」
朱里の部屋の前には、まだ食器は出されてなかった。
「後で確認するか」
自分の部屋に入る。イヴも後ろに付いてきているが、気にしていない。そういや、イヴの寝床どうしよう。母さんの部屋じゃ手狭だし、父さんの書斎を勝手に使うわけにはいかないし。朱里は分からないけど、姉さんは嫌がるかな。俺の部屋は論外だろう。
「インしてるかな……っと。入ってるな。いつもいるよな、この人……」
マジでいつもいるのだ、“アカリ”さんは。暇があればこのゲームにインする俺だが、いつでもいる。ニートかな。
“アカリ”さんについて、紹介しておこう。“アカリ”というのはプレイヤーネームで、三ヶ月前に突然現れた上位プレイヤーだ。このゲームは対戦系のものであり、対戦相手を探すタグの中に、最終ログイン場所の近い人というものがある。そして、“アカリ”さんは唐突に俺のやつの、一番上に出てきたのだ。
今までは“ミツボシ”とかいうプレイヤーが一番上だったし、そいつは俺ん家の三軒隣に住んでいることも知っている。先輩だし。でも、それより上に出たのだから、相当近いのだ。
一度は名前から朱里なんじゃないかと疑ったこともあるが、あいつはゲームをすげー嫌ってるから、除外した。
「さて、今日はどのくらいに設定するかな……」
いつも対戦する時は、賭けをしている。その内容は“アカリ”さんはこの時間までに俺に勝つ、そして俺はこの時間よりも生き残る、という賭けだ。
これに勝ったら、なんでも一つ命令を聞く……ということになっているのだが、何故かいつも煽情的なセリフを言わせるばかりなのだ。そして、俺は一度も“アカリ”さんに勝ったことないから、毎回俺が言っている。
設定時間を一分にし、“アカリ”さんに果たし状とこのゲームでは言われている、対戦申し込みを行う。
すると、いつも通り二秒で快諾の返事が来て、キャラクター編成の画面に移行する。
『今日も来ましたか。いつも負けてるのに、懲りないもの』
パソコンのスピーカーから“アカリ”さんの機械音が聞こえてくる。いつもこうして音声で会話をしているが、“アカリ”さんはいつもマイクの変声機能を使っているのか、機械的な音声なのだ。
俺もヘッドフォン型のマイクを装着し、電源をオンにする。変声は、俺は使っていない。
「当然ですよ。“アカリ”さんには一回でも勝ちたいんで。そんで、いつも俺にしてるように、恥ずかしい言葉を言わせるんで」
『に……あなた、本当に変態ですよね』
「いつも言わせてるそっちが言うかよ……今日は、一分でお願いします」
『では、こちらは四十五秒で』
そして、キャラメイクに入る。といっても、装備の編成だ。
「どこから声が聞こえてるんですか、これは……」
「ちょ、邪魔……ベッドに座ってろ」
「むぅ……」
反抗するかと思ったが、イヴは素直に従い、ベッドに座った。
『……今日は彼女連れですか』
「こいつは彼女とかそーいうんじゃないですよ。単なる居候です」
そんな無駄口を叩きながら、キャラ設定を進める。
攻撃パターン、《オリジナル》。このゲームは、個人でキャラの攻撃パターンを作ることができるのだ。簡単に言えば、このキーを押すと、この攻撃、この順番でこれらのキーを押すと、このスキル──こんな感じに、設定が可能なのだ。
初期モーションというのもあるが、やはり自分で設定した方が、自分が戦うような感じも得られるし、やはりやり込み甲斐がある。
装備はいつも使っている、隠密効果のある黒いロングコートに、速度上昇のブーツ、防御上昇の革製ロングパンツに上着、そして武器は黒白の片手直剣二本。どちらも、攻撃を大幅に上げる。アバターも十代前半の男キャラで、少し長めの黒髪。実質、キ◯トである。多少の差異はあるが。
それに対して“アカリ”さんは、いつもバリバリの魔法少女キャラだ。
五頭身の小さなアバターで、ピンクの髪をポニーテールにしている。
白とピンクを基調としたミニスカワンピース型の装備に、ピンクのブーツ、ハート形の宝石の付いたステッキと、既視感しかない魔法少女である。
「さて、始めますか」
『いいですよ、いつでも。勝つから』
「言ってろ」
そうして、ロードの表示が現れ、二秒ほどしてバトルステージに表示が変わる。
円形のステージで、障害物は一切ない。このゲームは自分で設定できる攻撃の他に、大型立体ステージも売りにしており、それも納得できるステージだ。なぜなら、上まで三メートルはあるだろう階層が、八段、円形ステージを囲むように存在するのだ。
そして、バトル開始までのカウントダウンが開始する。
十、九、八、七……
三──
二──
一──
ゼロになった瞬間、俺は高速でキーボードをタップした。
右に旋回しながら近付く。正面から突っ込むよりも、横に移動しながらの方が、魔法系の敵には有利なのだ。理由は簡単で、照準を合わせにくいから。
そして、“アカリ”さんのアバターが、俺のアバターに照準を合わせた。
その瞬間を狙い、俺は左に急転換し、小さくカーブしながら、“アカリ”さんのアバターに突撃する。
向こうは魔法をキャンセルし、俺の攻撃に備えて、防御魔法を展開する。これも、読み通りだ。
俺のアバターが使えるのは、何も剣だけではない。少しではあるが、魔法ステータスも上げているのだ。
“アカリ”さんが使った魔法は、正面の攻撃を相殺する魔法であり、防御の方向は変えれるものの、必ず多方向からの攻撃は防げない。
それを理解している俺は、少し距離を開けて停止し、上に向けて火焔球魔法を放つ。そして、程よいところで下へと降下させる。
狙うは、敵アバターの背後での爆発だ。背後の爆発か、今から行う俺の突撃攻撃か、“アカリ”さんはそのどちらかを受ける必要があるのだ、このままならば、必然的に。
「いけぇっ!」
突進スキルを発動させる。これは五つのキーを決められた順で押す必要があるが、それをコンマ数秒で終わらせ、スキルを発動させる。
『まだまだ甘いですよ』
次の瞬間、カチカチっと幾多もの連打音が響く。
“アカリ”さんが今の一瞬で行ったのは、こうだ。数歩前進し、俺の突進スキルを相殺。そして、高速移動をして俺の背後に移動。風魔法で俺のアバターを前に押し出し、俺が放った火焔球魔法を喰らわせる。これを、ほんの一瞬で執り行ったのだ。
「んなっ⁉︎」
自分の魔法の影響で、
その間に、“アカリ”さんは魔法の詠唱を進める。次に放つのはおそらく、爆炎魔法だろう。正面中範囲の敵に向けて、火属性中威力のダメージを与える。
「でも、いつもそのままだと思うなよ……っと」
立ち上がった瞬間、“アカリ”さんも行った、高速移動をする。これは、一秒以内に七つのキーを決められた順で押す必要があり、本当にめんどくさい操作なのだが、慣れてみるとなんともない。
“アカリ”さんの背後に移動した俺のアバターは、魔法発動直前でキャンセルの出来ない“アカリ”さんのアバターに、超威力スキル──簡単に言えば、必殺技を放つ。
必殺技は攻撃のヒット、被ダメージ、時間の経過により貯まる技ゲージを使うのだが、さっきのダメージでヒットポイントが半分減ったおかげで、こんなにも早く貯まったのだ。
「このまま勝つ──!」
エンターキーを「よろしくおねがいしまああぁぁぁ────すっ‼︎」と叫ぶ勢いで、叩く。
必殺技が発動し、回避不可能な“アカリ”さんのアバターのヒットポイントがぐんぐん減少する。
実際のところ“アカリ”さんのアバターは攻撃型で、防御力はかなり低い。そのため、ヒットポイント全快状態でも、必殺技を使えば一撃死も可能なのだ。
そして、どんどんヒットポイントはなくなっていき──ほんのドットを残して、停止した。数値で言えば、一だろう。
「んな……⁉︎」
『残念でしたね。それじゃあ、穿つよ』
そして、技後硬直で動けない俺のアバターを残したまま、“アカリ”さんのアバターが魔法の詠唱を始める。
一際高くカチンと音がして、必殺技が放たれることが容易に分かる。
“アカリ”さんのアバターが瞬時に階層の一番上に移動し、必殺技の演出が始まる。
俺は即座にこのアバターで使える最高威力の防壁魔法を展開する。が、画面が真っ赤に燃え上がる演出の“アカリ”さんのアバターの必殺、《エクスプロージョン》は、耐えきれなかった。
俺のアバターはライフ全損で、今日も負けた。
「うぅ……残りドットで耐えるとか……そんな偶然、あるのかよ……」
『偶然じゃない。あれは、装備効果です。このミニスカワンピ、一度だけ致死ダメージを受けても、一で耐えるんです』
「……んなばかなぁ」
机に突っ伏す。今日も負けた。そう、負けたのだ。一日中、幹也にしか勝てなかったのだ。無念。
『……一分二秒……あなたの勝ちですね、賭けは』
「負けた、負けた……負け…………え?」
『あなたが勝った。賭けで』
バトルの時間を確認する。そこには、一分二秒と表示されていた。そして、俺の提示した条件は一分であり、つまり、これは……
「勝ったあぁ──!」
両手を上げて、ガッツポーズを決めました。今日は、すごくいい気分で寝れそうな気がします。
『それで、何をすればいいんですか?』
「おっと、そうだった。そうだなぁ……」
いつも恥ずかしいこと言わせてくるから、恥ずかしいことは必須として……敗者がなんでもする、というのが、この賭けで得られる、勝者の利益だ。そう、なんでも、だ。
「……じゃあ、変声器切って、地声でこう言ってくださいよ。お兄ちゃん、大好き。私の初めてをもらってください……って」
『おに……⁉︎ ……地声、ですか』
一瞬取り乱したような気もしたが、まあそこはいいとしよう。
「そう、地声です」
言わせる内容は、この際関係ない。大事なのは、地声で、というところだ。
『……分かりました』
そして、マイク越しにカチッという音が聞こえてくる。
『ぁ、アー……聞こえてますか?』
「っ……⁉︎」
その声は、可愛らしく、儚げで、なぜか親しいような気がした。
「き、聞こえてます。どうぞ」
『まったく、実のい……』
小さな声で何か言っているようだが、マイクの調子が悪いのか、上手く聞き取れない。
「何言ってるのか聞こえないんですけど」
『まだ言ってません。じゃあ、言いますよ』
「あ、気持ち込めてくださいね。俺、いっつも心を込めて演技してるんで」
『……変態』
知ったことか。
「じゃあ、どうぞ」
そして、“アカリ”さんが、俺の提示した煽情的なセリフを言い始めた。
『お……おにい、ちゃん。大好き……です……ゎ、私の、初めて……もらって、くれません、か……?』
……これ、犯罪じゃないよな。
さっきも思ったが、声が可愛らしい……言ってしまえば、幼いのだ。そのせいで、背徳感というかなんというか……犯罪臭がすげー漂ってるんだよ。
そして、再びマイク越しにカチッという音が聞こえてくる。変声器のスイッチをオンにしたのだろう。
『それじゃあ、今日はこれまで──』
「私もやりたいです、ゲーム」
突如割り込んできたのは、大人しくベッドで座っていて、正直存在を忘れていたイヴだった。
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