第5話

「お疲れだな、蒼」


幹也が俺の肩に手を置いてそう言った。一通り説明はしてみたが、自分の中でもどういう存在なのか、やはりはっきりしない。突如現れた人間離れした美貌の少女、そして二重人格。


「にしても、あんな可愛い子と添い寝とか、羨ましいな〜」


「はぁ……」


まあ、客観的に見れば、羨ましいものだろう。それに、こいつには言ってないが、イヴは全裸だった。今更ながらに思うが、あれはかなりアウト寄りな事案だと思う。何も起きていなかったから、まだましなのだろうが。


「にしても、それは本当に謎だね。朝起きたら、なんかいたんだよね?」


「ああ。俺はイヴのことは全く知らなかったし、寝る時は一人だった。それに、誰かが家に泊まっていた、っていう線もない」


「異世界からこっちに来た、逆異世界転移?」


雪夏が何を言ったのか、正直理解に時間がかかった。だって、いきなり異世界とか言うんだもん。


「雪夏、それは流石にないよ」


涼が笑って聞き流す。が、雪夏は案外本気で言ってたらしい。「あると思ったんだけどなぁ〜」とにこやかに言うくらいなのだから。


「まあいいじゃん。家が見つかるまでは蒼ん家で預かるんだろ?」


「不本意ながら、そうだな」


溜息を吐きながら答える。これからもあの悲劇が起き続けるのはごめんだ。痛い目になんか遭いたくない。


「……幹也、やっぱり預かってくんね?」


「親が絶対ダメって言う」


まあ、そうだよな。


「「はぁ……」」


二つの溜息が重なった。これからの生活を考えて落胆した俺の溜息と、やっと解放されて疲れ切ったイヴの溜息だ。


「……そこの席空いてるから、そこに座っておけ」


俺の左側の窓際の後ろ角っこの席を親指で指差し、イヴに座るように指示する。イヴは何の反応も見せず、その椅子に座った。


「ねえ、話してもいいかな?」


「後にしてやれ。疲れてるだろ」


涼が話したそうにしているのを、イヴが疲れているからという理由で止めた。頰を膨らませているが、疲れ切っているイヴのためでもあるし、隣で煩くされたくない俺のためでもある。こいつらが離れてくれれば、俺もイヴも休憩できるのだ。まさに一石二鳥。


「……学校って、こんなに疲れるものなんですか」


「……それは違うと思うぞ。疲れるのは間違いないが、お前の今の疲れは、転校生の定めみたいなものだ。しばらくはあいつらに付き合ってやれ」


三人が離れていって、二人して机に突っ伏してそんな会話をする。寝不足が今になってログインしてきたのか、唐突に頭の右側が痛む。寝不足の時に頭痛がするのは、経験がある人もいるはずだ。


先生が来るまであと数分あるし、それまで寝るか、と考え、目を閉じる。ブルーライトの影響がないから、今はすっと眠りに落ちた。



「……起きて、蒼」


何度か名前を呼ばれたような気がした。そんで、身体を揺すられていて……


「……そういや俺、寝てたのか」


どのくらい寝ていたのか確認するため、起こした人の前に時計を見る。教室の左前にある時計は、十二時二十分を指していた。


「……午前中ずっと寝てたのか」


それで起こした人を見る。いつもなら、授業中の担当の先生なのだが、あのような優しい起こし方をされたことはない。左から揺すられたはずなので、そっちに視線を向ける。そこにいたのは、哀れみの視線を向ける金髪の少女で──


「……なんで哀れまれてるんだ」


「それはそーくんが先生に何度もバシバシされてたからじゃない?」


何度もバシバシ……つまり、それだけのことをされて、一度も起きなかったのか。道理でなんか寝不足以外で頭が痛い訳だ。


「まあ、イビキかいてなかっただけ、ましじゃない?」


「……俺、イビキかくの?」


「去年うちに来た時は酷かったよ。あと、宿泊学習の時も、そーくんと同じ部屋だった男子が、酷かったって言ってた」


初耳だ。


「昏奈君も疲れてたんだね。朝の話でも、ドタバタだったのは分かるよ」


雪夏が慰めてくれ、痛む部分を撫でてくれている。おそらく、そこが何度もバシバシされたところなのだろう。雪夏まじ優しい。


「蒼、大丈夫?」


今になってイヴが聞いてくる。


「ああ、大丈夫……だと思う。多少バカになってるかもしれないけど、頭蓋骨とか脳は大丈夫なはず」


「まあ、叩かれてなくても、学年内じゃバカになったのは間違いないね」


涼がそう告げる。しかし、反論できない。だって、午前中は全て五教科の授業で、俺が寝ていた分、みんなは多く勉強しているから。


「……今度のテスト、終わった」


涼がドンマイと肩に手を乗せるが、今はそれが皮肉だとしても何故か落ち着いた。


「まあいいか。俺は今を生きる男だ。過去も振り返らないし、未来も考えない。今が充実していれば、あるかも分からない未来なんてどうでもいいんだ」


強く宣言する。これは俺がよく言っていることだ。


「そうだね。で、イヴちゃんのこと、これからどうするの?」


「え? そうだな……」


「はめられてやんの」


涼がケラケラと笑う。俺は一瞬何のことか分からなかったが、こいつは俺をよくバカにすることを基準に考えて──


「お前なぁ⁉︎」


未来のことは考えないという宣言を打ち砕かれたことを悟った。


「こらそこ、さっさと給食の用意をしろ」


野山先生に怒鳴られて、そそくさと当番はエプロンを着け、その他は机を給食班に移動させた。



給食の間、話はイヴで持ちきりだった……らしい。何故そんな言い方かというと、俺は給食の間、他の奴らの話など、一切聞こうとしていないからだ。だから、同じ班の雪夏には悪いが、給食の間は話しかけられても無視をしている。


午後はそれなりに授業もちゃんと受けて、掃除も終えて、下校の時間になった。自転車に鍵を挿していると、


「今日俺ん家でゲームしね? イヴちゃんも連れてきてさ」


と、幹也に提案された。どうせいつも俺にボコられるから、弱いと思われるイヴに勝って勝者気分を味わい、ついでに全然話せなかったイヴと会話もしよう、とかいう魂胆だろうが。


俺は拒否しようとしたのだが、イヴにゲームの説明をすると興味を持ってしまい、いくら言っても話を聞かなかったから、仕方なく行くことになった。幹也の家、俺ん家の逆だから嫌なんだけどな……



幹也の家。俺ん家に比べると小さいが、その分新築だから綺麗だ。二年前に引越ししたらしいが、地区内での引越しだったので、学校はそのままだったらしい。


「さて、何する? せっかくだから、大○ンでもするか?」


幹也が任天堂ス○ッチを取り出し、人気ソフトの大乱闘ス○ッシュブラ○ーズも取り出す。


「大○ンでもするか、じゃなくて、お前大○ンしか持ってねーだろ」


「それを言っちゃあおしまいさ、蒼よ」


「なんも終わらねーよ。いいからやろうぜ。早く“アカリ”さんと勝負したいんだよ」


「はいはい。なんだよお前、“アカリ”さんに恋でもしてんのか?」


「してねーよ。もっと強くなりたいだけだ。具体的には、お前らに自称ネトゲ廃人と言われないくらいにな」


「へーへーそーですか。イヴちゃん、最初に俺と蒼でエキシビションマッチ的なのするから、見て頑張って覚えて」


んな適当なので覚えれるかよ。ちゃんと教えてやれよ主催者。


「分かった」


イヴもそれじゃ覚えれないと反論しろよな。


「はぁ……まあいい。とっとと始めるぞ」


そして、キャラを選び、ストックそれぞれ三で勝負が始まった。ちなみに、俺が使うのはピ○チュウだ。Wii時代からの相棒である。幹也はランダムだ。こいつ、いつもランダムで挑んできて、毎回負けてるんだよな。何か特定のキャラ決めればいいのに。


結果、幹也はルカ○オになった。ポケ○ン対決である。


「今回は勝つかんな。毎回負けばっかで終わると思うなよ」


「お前、俺に勝ったこと一回もないからな」


そんなことを言ってるうちに、勝負が始まった。



結果、三試合して俺が失ったストックはゼロ。完全全勝である。


「ちぇ、やっぱ勝てねーか。イヴちゃん、操作覚えた?」


「なんとなくは……」


よくあれで覚えたものだ。


「幹也、相手してやれ」


俺は校内への持ち込みは禁止されているが、こっそり持ち込んでいるスマホを取り出し、電源を入れる。すると、ラ○ンが姉さんから来ていた。


『今日は友達と食べるから、夕食はいらない』


とのことだ。母さんはいつも遅いから、晩飯は大抵俺と姉さんの交互で作ってるのだが、今日は俺が作ることになったらしい。本当は姉さんの当番なのだが。明日明後日作らせるか。


そして、後ろからゲームセットの声が聞こえて、


「やべえ、イヴちゃんちょーつえーw」


という幹也の声も聞こえた。


「どうなんだ?」


「いや、イヴちゃんやべーわ。才能感じる。お前よりつえー。最初は勝てそうだったのに、途中から攻撃読まれるわ反撃されまくるわで、全然勝ち目なかった」


幹也はそこまで強くないが、別に雑魚というわけではない。俺ともそれなりな戦いはするのだ。その幹也がそう言うのなら、イヴは余程強いのだろう。


「よし、イヴ。勝負だ」


勝ってやると心に決めて、片頬で笑いながら勝負を持ちかけた。

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