第4話

信号で止まっていたイヴに追いついた。どうやら、車に恐れをなして動けないでいたらしい。


押しボタンの信号を押して、青に変わるまでの数秒の間に、学校の場所について話す。


「や、やっと追いついた……悪い、競争しようとか言ってたけど、場所言ってなかった……」


「そういえば、聞いてなかった。どこ?」


「いや、勝負はもうやめよう。勝てる気がしねー。それで場所なんだけど、信号……これのことなんだけど、これを渡ってしばらく進んだとこにある、白い建物だ。手前側な」


「そうですか……場所は分かりました。では、一緒に行こう」


続けるとか言われたら嫌だったが、一応終わってくれた。


そして、信号が青に変わる。


「これは青になってから渡る。いいな?」


「……緑ですよ」


「……うん、緑な。赤の時は渡るなよ」


日本人の性を恥じながら、俯きがちに信号を、自転車を押しながら進み始める。後ろで、イヴが跳ねながら渡ってくる。何故跳ねているのか……


「何してるんだ?」


視線だけ向けながら聞くと、


「暗いところに入ったら、死にます」


小学生かよ。


そして、その後は何もなく学校に着いた。中学校の隣は小学校なので、昨年度までは朱里と一緒に行っていたが、今では一人でだ。


駐輪場に自転車を置いて、鍵を抜く。イヴと一緒に校舎に向かうと、途中で、


「あ、そーちゃん。おはよー」


と、声を掛けられる。声の主は、見ずとも俺には分かる。まあ、一応見るが。茶髪と黒髪の少女がいた。


「朝練終わりか。あといい加減そーちゃんやめろ。一年の頃から言ってるだろ」


「はいはーい。それでさぁ、……この子誰?」


俺に肩を組んでイヴについて聞いてくるこの馴れ馴れしい茶髪の奴は、俺の生まれながらの幼馴染みである、月宮涼だ。


生まれながら、というのは文字通りで、俺とこいつは、同じ日同じ病院ほぼ同じ時間に隣の病室で生まれたのだ。それ以来、家族ぐるみの関係が続いている。


そしてもう一人の黒髪ショートのこいつは、涼の親友である秋野雪夏だ。声がぶりっ子みたく高いのだが、どうやら地声らしく、俺は何度も声優を進めたくらいだ。あと、母性の塊とは言わないが、結構器がでかい。自分に起きたことに対して、多少のことでは怒らない。


「ひっつくな、汗臭い……」


「人のこと言えないでしょ」


「っつあ────っ⁉︎」


脇腹を本気で抓りやがった。お陰で鞄を取り落す。


「まあ、私は心が広いから許すけどさあ」


俺から離れて、やれやれと首を横に振る。


「……思いっきり制裁捻りしやがったくせに、何が心が広いだ」


ぼそっと呟く。一応聞こえてはいなかったらしい。こいつ、結構力あるから、生半可な筋トレしかしてない俺じゃあ、ボコボコにされるのがオチなんだよな。というか、なんで今日はこんなに痛い目にばっか遭わなきゃいけないんだよ。


「雪夏、今のは蒼が悪いよね?」


いきなり涼が、雪夏へと振った。一瞬当惑顔をするが、少し考え込んで、


「どっちもどっちだと思う」


にこやかにそう言った。


「何でっ⁉︎ どう考えても女子の気持ちを考えない蒼が悪いでしょ」


俺が言い返さないのをいいことに、責任を全て押し付けようとしだした。全然心広くないじゃないか。知ってたけど。


「私、そうやって性別で責任を決めるの、好きじゃないなぁ。昏柰君も相手の悪口を言ったのは悪いけど、涼も相手の気持ちを考えないで汗まみれでひっつくのは、いけないと思うよ」


にこやかに告げる。まったくその通りだ。昔は男が優先とかになっていたらしいが、最近の世の中は、女に甘すぎる。どんどん男の肩身が狭くなる一方ではないか。


しかし雪夏は、自分が女子でありながらもそれを主張しようとせず、親友だろうが相手が男だろうが、責任は平等につけるのだ。素晴らしいと思う。


「そうだな、どっちもどっちだな」


俺も便乗して言うと、涼がむくれた。雪夏のお陰で、余計な罪を付けられなくて済んだ。近いうちにお礼でもしておこう。


「蒼」


制服がくいくいと引っ張られて、イヴの存在を忘れていたことを思い出した。


「じゃあ、俺ら用事があるから。こいつのことは後で説明する」


落ちていた鞄を拾い上げ、校舎に入る。後ろで涼が「ちょっと待ちなさいよっ!」などと叫んでいるが、雪夏の「また後でね〜」だけを聞き入れて、別れた。



「そんな急に言われてもな……」


鞄を廊下に置いて、職員室にて担任の野山先生に、イヴの体験入学の相談をしていた。まあ、案の定難航気味だが。


「なんとかなんないですかね」


「校長に聞いてみれば、どうにかなるかもしれないが……」


「呼びましたか?」


なんと間のいい女だこと。話題にした瞬間、うちの学校の女校長が姿を見せた。ちなみに、母さんは他の学校の教師なため、この学校にはいない。


「いえ、昏柰がこの子を体験入学出来ないかと言い出して」


「いいですよ、迷惑をかけないのであれば」


あっさり通るものだなあ……。


「ありがとうございます。じゃあ、俺らは先に教室行っておくので」


「失礼しました」と礼をして鞄を手に取り、イヴが遅れているのを無視して、教室へと向かった。


そして、教室に入った瞬間──イヴがである──、やはり騒動が起きた。イヴを放置したのは、この騒動から避難するため、といっても過言ではない。


「大人気だね、あの子」


「まったくだ。俺が何悪いことしたんだよ……」


「おい昏柰、あの子ってお前が連れてきたのか?」


「そうだけど。正直誰かに貰ってほしいよ。あいつが来てから、俺は騒動に巻き込まれて痛い目ばっか遭ってるからな……」


男の説明はあまり欲しくないだろうから、簡単にこいつについて説明しておく。この強気そうな男は、俺の小学校からのゲーム友達的なやつで、この学校内で俺が話せる数少ない奴である。名前は金村幹也。


あと、雪夏も涼の隣にいる。こいつらはハッピーセットか何からしい。


「いらないのか? なら、俺が貰ってやろうか」


幹也がからかうように言ってくる。


「あげるけど、いいのか? 浮気になるんじゃないのか? だってお前、す──」


口が幹也の手で塞がれた。すげえ慌てようである。してやったり。


「お前、それ以上言わないでくれよ……さっきのは冗談だからさ」


「別に貰ってくれてもいいんだけどな」


幹也の手を払いのけて、そう呟く。そして、追加で溜息を吐く。


「元気ないね。前みたいに、元気パワー注入する?」


涼までもが、俺をからかいに来たらしい。ただ、こいつはそんなに遇らうのは難しくない。


「いらねえ」


これで十分である。


「酷いなあ、もう」


別に落ち込んだ様子はない。というか、こいつのからかいは日常茶飯事なので、そこまで気にしていないし、俺がリアクションしなくても、涼はすぐにやめる。


「でも、本当に元気ないよね。疲れてるの?」


雪夏さん、マジで最高だわ。こうやって俺を労ってくれるの、雪夏さんだけ。あとの二人は論外。


「じゃあ、イヴの説明がてら、俺が何でこんなに疲れているのか話すよ。手短に」


そして、俺はこの三人に裸を見たことなど、誤解を生みかねないことを隠して、本当に手短に説明した。

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