第7話
『彼女さん参戦ですか』
「彼女じゃねーっつーの。イヴ、これはス◯ブラみたいに単純な操作法じゃないんだ。やめておいたほうがいい」
「やります。なんとかなると思います、蒼の見てましたから」
「いや、見たからできるとか、そんなレベルじゃ……」
『いいんじゃないですか、本人がやりたいって言ってるんですし。私はいくらでも相手できますよ』
結局、この場は賛成二、反対一ということで、イヴと《アカリ》さんの勝負が行われることになった。
「気を付けて下さい。そいつ、なんだかんだでゲーム初心者ですけど、ス◯ブラで俺に勝つくらいは強いんで。才能、あると思います」
『安心してください。才能ならこっちもある程度はあると自負してますから』
いやまあ否定しないけどさ。才能あるって自分で言うかね普通。しかも俺にとっちゃ嫌味にしか聞こえない。
「三分ください。こいつに、《オリジナル》教えるんで」
『それで覚えれますか?』
「めんどいんで」
『彼女は大切にするもんですよ』
「だから彼女じゃねーって」
俺は椅子から立ち上がり、その椅子に座るよう、イヴに勧める。
そして、その横からマウスを操作し、操作《オリジナル》の一覧を開く。
「このゲームはこのキーボードを使って操作するんだ。移動はこの矢印。斜め移動は二つを同時押し。攻撃とか技に関してはこのアルファベット……あー、このキーボードに書いてる文字を、ここに表示されてる順に押せばできるから。三分もらってるから、その間に覚えてくれ」
「……覚えました」
「早っ⁉︎」
いや、説明時間を含めても一分も経ってないよね、今の。絶対覚えれてないから、普通に考えたら。
「アカリ……でしたか。それじゃあ、始めましょう」
『もういいんですか? まあ、そっちがいいならいいけど……じゃあ、始めますか、イヴさん』
このカーソルでこのボタンを押す、と説明して、準備OKの表示が出るとともに、画面の表示が変わった。
ロードの画面を経て、そして、俺と《アカリ》さんが戦ったステージが表示される。
そして、十秒のカウントダウンが終わり、勝負が始まった──
♢
「勝ったぁ!」
「う、嘘だろ……」
勝負時間、三十七秒。イヴ──つまり、俺のアバターの被ダメージゼロ。
正直、目を疑った。最初は勝負にならないと思っていたのに、イヴはまるで《アカリ》さんの動きが見えてるかのように、全ての攻撃を回避、そして、上級プレイヤーでもなかなか出来る人はいない、“魔法破壊”という上級プレイまでやってのけたのだ。
いや、《アカリ》さんの攻撃が見えているかのように……という表現は違うかもしれない。どちらかというと──イヴは自分と《アカリ》さんの行動、どちらをも推測して戦っていたのだ。将棋のプロが、何十手先まで頭の中で読んでいるかのよう、と言えば分かりやすいだろうか。
自分がこう動けば、相手はこう動くのが最善の手だろう。だから、次はこう動く、という風に、ほんの一瞬で敵の動きを特定したのだ。
それに、上位のプレイヤーほど最善の手を打とうとする。だからこそ、行動が読みやすい、というのもあったのだろう。
『……ま、け……た?』
マイクの奥で、《アカリ》さんが小さく呟く。やはり、本当は自分が負けたと信じたくないのだろう。
しかし、今の戦いは誰がどう見ようが、まぐれなどではなかった。間違いなく、実力だ。言い訳の効かない、完全勝利。
確かに《アカリ》さんと言えども、上位プレイヤーの中でもまだ底辺の近くにいる。まだまだ強い人はいるだろう。それに、中の中か上くらいのプレイヤーである俺でも、今日のようにギリギリまで追い詰めることも不可能ではない。
それを考えたら、起こり得ない状況ではなかった。
『……すみません。今日は、落ちます』
そう残して、《アカリ》さんは何かを小さく独り言を言ってから、ログアウトした。独り言に関しては、俺の空耳かもしれないが。
もしかしたらこの戦いは、《アカリ》さんに大きな傷を残したかもしれない。それだけ、上位プレイヤーや自信を持っているプレイヤーは、完敗というものを恐れるのだ。
俺との戦いは、おそらく遊びだった。イヴを彼女とか言ってたし、彼女に強いってところを見させてあげようとしたのかもしれない。だから、俺の必殺技を喰らったのだろう。
でも、イヴに関しては、少なくとも開始五秒後からは本気だった。一言も発さず、キーボードを打つ音だけが聞こえてきていた。呼吸をしていたかすらも定かではないほどに、だ。
「……明日らかも、インしてくれたらいいんだけどなぁ」
正直、微妙だった。勝負もののアニメなどを見ていれば知っている人もいるかもしれないが、圧倒的な差を見せつけられた後、もっと強くなろうとする人は少ない。むしろ、しばらくの間スランプに陥るものだ。
「……風呂でも行くか」
テンション高めのイヴを部屋に残して、俺は下着やパジャマをタンスから引き出し、部屋を出た。
朱里の部屋の前には、まだ夕飯の食器は出されていなかった。
♢
「ふいぃ〜〜……」
おっさんじみた声を出しながら、湯船の湯に浸かる。
今日一日だけで、本音三日分くらいの体力を消費したような気がする。
突如現れた少女イヴ。全裸で添い寝という、なんとも事案的なアクシデントから始まり、三ヶ月ぶりの朱里との再会、《アカリ》さんの敗北など、今までにないことがいくつも起こった。
頭が追いつかない、なんてことはないが、急に世界が変わったような気がしていた。
今日一日のことを、事案になりそうな部分を除いて回想する──つもりでいた、その時だった。
風呂場の外で、扉の開閉音が聞こえた。少なくとも、朱里ではない。それに、姉さんも母さんも、まだ帰ってきていない。
となると、残るは──
「なんのつもりだ、イヴ⁉︎」
衣擦れの音もするし、磨りガラスの向こうでは、肌色がくっきり見えている。間違いなく、脱衣中だろう。
そして、俺の問いかけに返事するでもなく、ガラガラと風呂場のドアが、横にスライドして、イヴのあられもない姿を晒した。
俺は硬直するしかあるまい。思考の回転が止まった。
エロゲとかエロ漫画ならここでそくアレなことをするのだろうが、現実でこんなことが起きて、即行動など無理だ。動揺が先に立って、動くことすら出来ない。
「なんのつもりも何も、話があって来ました。あと、これ」
イヴがタオルも持たず、多少ある胸も秘部も隠さずに、俺のスマホを差し出して来た。
「何か来てましたよ」
スマホの電源を入れると、四つの通知が来ていた。全部ラ◯ンで、母さんからのものだった。内容はこうだ。
『三ヶ月ぶりに朱里から連絡があって、何かと思えば……』
『居候の件は了承しました』
『寝る部屋はあなたの部屋を使わせてあげなさい』
『もうすぐ帰ります』
とのことだった。そして、まず一言。
「……話は部屋じゃダメなのか? 母さんにこの状況がバレたら、居候の件はパーになるやもしれんのだが」
「それは困りました……私が表に出ていられるのも、今回はもって数分です。主導権は主にイヴが持っているため、話す機会はほとんどないのですが……」
「主導権……? イヴ……?」
発言に違和感を覚え、目を覗いてみる。すると、その瞳の色は炎のような紅目だった。
「ああ、赤イヴか……」
「イヴの前で青イヴなどと言ったら、許しませんよ」
「わ、分かってるよ……お前の名前がないからそう呼んだだけだから……」
「では、話を──」
「その前に服着て。あと、話は壁越しでもできるだろ」
そして、色々とギリギリだった理性を抑え込み、なんとかイヴに服を着せて、話の場を整えた。
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