第十六話 コウモリ城の呪い・後編(ラビエス、マール、リッサ、パラの冒険記)

   

 俺――ラビエス・ラ・ブド――やパラのような魔法士よりも先に、リッサとマールが動き出した。二人ほぼ同時に、フランマ・スピリトゥに向かって駆けていく。

 もちろん。

 冷静に考えるならば、ここは撤退すべき場面だろう。

 相手は、ダンジョンを治めるボス・モンスターだ。『炎の精霊』だ。魔王軍の幹部を名乗るほどの怪物だ。

 だが、ボス・モンスターを前にして、今まで味わったことのない感情――おそらく高揚感――にとらわれたのか。

 あるいは逆に、ボス・モンスターには似つかわしくない、間抜けな問答があったせいか。

 誰一人として、引き下がろうとする者はいなかった。

「ラゴスバット・クロー!」

「えいっ!」

 リッサが鉤爪で殴りかかると同時に、マールが軽片手剣ライトソードで斬りかかった。

「おい! 二人とも……」

 炎で体が構成されているフランマ・スピリトゥに対して、直接的な物理攻撃はダメだろう。効果が薄いどころか、逆に、こちらがダメージを受けるのではないか……。

 俺がそんな心配をしたのも一瞬。

「我は戦いたいわけではない!」

 フランマ・スピリトゥは、両手の剣で、二人の攻撃を捌いていた。

 刀身部分は炎に包まれているようにも見えるが、それでも実体のある剣ならば――炎そのものである本体よりは――、リッサやマールに与えるダメージは少ないだろう。

 しかし、それは本体に攻撃が届いていないということ。つまり、攻撃自体は無駄ということ。

「くっ!」

 察して二人が飛び退いたタイミングに、

「イアチェラン・グラーチェス・フォルティシマム!」

 巨大な氷塊が、フランマ・スピリトゥへと襲いかかった。

 歌声のような美しい響きで、パラが唱えた超氷魔法フリグガだ。パラの氷魔法は初めて見たが、炎魔法に勝るとも劣らない威力だった。

 しかし。

「無駄だ! 貴様らに我を倒すことは出来ぬ! 今ここで要求が飲めぬというなら、いったん帰って出直してこい!」

 フランマ・スピリトゥは両手の剣を同時に振るい、斬撃を重ねて、氷塊を十文字状に断ち割った。剣が触れた瞬間、刀身の高熱が氷全体に伝わったかのように、四つに分断されたはずの氷も蒸発して霧散した。

「貴様らの氷など、炎魔剣フレイム・デモン・ソードの前では、この有様だ!」

 しかし、敢えて剣で受けたということは、炎本体に直撃させれば、氷魔法でダメージを与えられるのかもしれない。

 ならば。

 次にパラが魔法を放ったタイミングで、迎撃されぬように少しだけタイミングをずらして、俺も強氷魔法フリグダを――俺はフリグガは使えないので――放つべきか……。

 俺がそう考えた時。

 すぐ近くまで下がっていたリッサの、呪文詠唱が聞こえてきた。

「レスピーチェ・インフィルミターテム!」

 もう俺も知っている。

 これは解析魔法アナリシだ。

 病気などを診断するための魔法だと思っていたのだが……。

「……フランマ・スピリトゥは火の系統だ。やつ自身よりも強力な炎をぶつければ、ダメージを与えられる」

 俺とパラに聞こえるように告げるリッサ。

 なるほど、モンスターの弱点を『解析』するのが本来の用途であって、治療に用いる方が応用だったのかもしれない。

「ええっ? 炎系モンスターには水系統が効くかと思いましたが……」

「いや。そんな話、聞いたことないぞ?」

 うーん。

 パラは、冒険者ではなく、元の世界のゲームの知識で考えている。

 リッサは、冒険などしたことない、お城の姫様の知る範囲内で答えている。

 正解は「どっちもどっち」。そういうモンスターもいるし、そうではないモンスターもいるのだ。その辺りは、パラにしろリッサにしろ、今後の経験で学んでいくのだろうが……。

 ここでフランマ・スピリトゥにやられてしまっては、その『今後』がなくなってしまう。

「パラ、炎なら得意なのだろう?」

「はい、ラビエスさん! タイミングを合わせて、ラビエスさんもお願いします!」

 こうして俺たち魔法士三人が話している間にも、マールは再び斬りかかっていた。俺たち三人のための時間稼ぎなのか、あるいは牽制のつもりなのか。

 しかし剣の一撃も、マールよりフランマ・スピリトゥの方が重いらしい。フランマ・スピリトゥはその場から下がらないのに対して、マールは何度も小さく跳ね飛ばされていた。

 そんなマールが、俺たちに目で合図を送ってきた。

 俺は理解し、パラの肩を叩く。パラにも意図は伝わっていたようだ。

 俺とパラは、二人揃って両手を前に突き出し、呪文を詠唱し始める。

 それが聞こえたかどうか定かではないが、ちょうどマールは、フランマ・スピリトゥに斬りかかろうとするタイミングだった。

 しかし。

 彼女はその剣を虚空に止めて、振り下ろさなかった。代わりに、後ろに大きくジャンプする。

「何?」

 てっきり斬りかかられると思って、また炎魔剣フレイム・デモン・ソードで受けるつもりだったフランマ・スピリトゥは、勢い余って、前のめりに少しよろけてしまう。

 その瞬間。

「アルデント・イーニェ・フォルティテル!」

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 俺とパラの放った炎が、二つ一緒になって、フランマ・スピリトゥに襲いかかる!

「小賢しい!」

 吠えるフランマ・スピリトゥ。

 右手の炎魔剣フレイム・デモン・ソードは振り抜いた直後だったが、体勢も立て直さぬまま、左の剣で炎を迎え撃つ。

 だが、炎は氷とは違う。炎魔剣フレイム・デモン・ソードでも消し去れぬと見えて、二つに分断された炎の塊が、炎そのものであるはずのフランマ・スピリトゥを焼く。

「貴様ら……」

 その声の響きが、これまでと全く異なることに、俺は気づいた。

 同時に。

 空間全体に、ゾッとするような異様な気配が充満していく。この階に降り立った時とは比べ物にならない、恐ろしい気配が……。


われが丁重に扱ってやれば、いい気になりおって……。人間の分際で!」

 今までよりも低く冷たい響きが直接、頭の中に浸透していく。

 それだけで俺は気圧けおされてしまうが、戦士であるマールは違っていた。

 プレッシャーに負けじと、またもや斬り込んでいく。

 今までとは勢いの異なる『斬り込み』だ。マールは威圧されるよりも何よりも、ようやくダメージが通った今こそが、絶好のチャンスと感じたに違いない。

「てやああああぁっ!」

 これまでとは踏み込み方が違う。

 最大の、最高の、渾身の一撃だ。

 しかし。

「愚か者め! もはや我も手加減せんぞ!」

 会心の一撃とはならなかった。

 フランマ・スピリトゥが大きく腕を振るっただけで。

 剣と剣との打ち合う音も、ほとんど聞こえないくらいの一瞬だった。

 マールは大きく跳ね飛ばされて――それも今までとは比べ物にならないレベルで――、ぶうんと俺の横を素通りする勢いで、俺たちの背後まで飛ばされて、そこで洞窟の壁に叩きつけられていた。

 魔法士である俺たちには何も出来ない、瞬時の出来事だった。

「くっ……」

 一言だけ呻いて、そのまま崩れ落ちたマール。そこへ、リッサが駆け寄る。白魔法士でありながら武闘家を自称するリッサだけあって、俺やパラよりも一瞬ワンテンポ早く、体が動いたのだろう。

「大丈夫! マールは死んではいない!」

 俺たちに聞こえるように叫んでから、

「ペルフィチェレ・クラティーオ!」

 リッサはマールの回復を始めた。

 いや、確認後の第一声が『死んではいない』というレベルであり、回復魔法もレメディガという最大レベルを使うくらいだから、あまり『大丈夫』とは思えないが……。

 心配だとしても、マールはリッサに任せるしかない。俺は俺で、パラに宣言した。

「俺のとっておきを行く! またカリディガを頼む!」

 パラの返事を待たずに、俺は呪文を詠唱する。

「イーニェ・イクト・フォルティシマム!」

 俺の切り札、オリジナル呪文である炎風魔法の第三レベル。俺の魔法としては、最大の威力を誇る魔法だ。

「何! これは……」

 ただの炎魔法と違うことは、炎の専門家であるフランマ・スピリトゥには瞬時に見抜かれ、驚かれた。

 驚きつつも、しっかりと両手で剣を構えるフランマ・スピリトゥ。

 そこに、熱風となって荒れ狂う炎が襲いかかる!

「ぐおっ!」

 ほぼ同じタイミングで、少しだけ遅れて。

 俺の一撃をフェイントにしたかのように、パラが唱えていた超炎魔法カリディガも、フランマ・スピリトゥに炸裂する!

「これなら!」

 つい、パラが叫んでしまう。

 俺たちの魔法攻撃は、炎魔剣フレイム・デモン・ソードなど物ともせず、フランマ・スピリトゥにダメージを与えた。

 先ほどよりも大きなダメージだ。

 だが。

「面白い……」

 フランマ・スピリトゥは、まだまだ余裕がある口ぶりだった。まるで、戦いそのものを楽しんでいるかのように。

「やるではないか! 風魔法を、このように使うとは……」

 俺の見せた芸当も、一発で理解したようだ。

「今のがとっておきか? ならば、次は我の技を披露してやろう!」

 斬撃の届き得ぬ距離から、フランマ・スピリトゥが両手の剣を振るった。


――――――――――――


 ようやく意識を取り戻した私――マール・ブルグ――の心に、フランマ・スピリトゥの声が届く。

「今のがとっておきか? ならば、次は我の技を披露してやろう!」

 そう、『聞こえる』のではない。なんとも気持ち悪いことに、直接『心に届く』のだ、このモンスターの声は。

「私……」

 どれくらい意識を失っていたのだろうか。

 洞窟の壁に叩きつけられたはずの私は、気づけば、みんなの近くでうずくまっていた。

「大丈夫か?」

 かがみこんで、私を心配するリッサ。私に構う余裕もなく、フランマ・スピリトゥと戦うラビエスとパラ。

「ありがとう」

 私は事情を理解して、礼を述べた。リッサが、白魔法士として私を回復させつつ、武闘家の腕力でここまで運んでくれたのだろう。

 もう大丈夫と示すためにも、私は、剣を支えにして立ち上がる。

 見れば。

 敵フランマ・スピリトゥが、ちょうど両手の炎魔剣フレイム・デモン・ソードを振り下ろすところだった。

 フランマ・スピリトゥのリーチが届く距離には、誰も入っていないが……。

 いや!

 その剣先から、斬撃が虚空を切り裂いて向かってくる!

 いわゆる『剣圧を飛ばす』という種類の攻撃だろう。

 地面に一筋の割れ目を作りながら伸びる、二筋の斬撃。その行き着く先は……ラビエスとパラ!

 幸い、二人は跳んで回避できた。

 しかし。

 炎魔剣フレイム・デモン・ソードの切っ先から放たれた攻撃は、斬撃だけではなかった。ほぼ同時に、いくつかの炎球もまた、射ち出されていたのだ。

 ジャンプ直後の二人は、これを避けられない!

「アルデント・イーニェ!」

 黒魔法士であるパラは器用にも、咄嗟に魔法を唱えて、炎に炎をぶつけて相殺する。

 だが、白魔法士のラビエスに、そこまでの芸当は無理だった。間に合わない!

 すると、その時。

「ルチェット・ムルマ!」

 私たちの前に、四人を守るかのような、神々しい光の壁が出現した。


――――――――――――


 私――リッサ・ラゴスバット――は……。

 炎が襲いかかる、と理解した瞬間。

 邪魔な杖は腰のベルト部分に差し込んで、フリーになった両手を前に突き出して、呪文詠唱を始めていた。

「ルチェット・ムルマ!」

 防御魔法デフェンシオン。

 爺やですら使えない、私だけが使える、二つの白魔法の一つ。

 以前にラビエスたちの前でオネラリとデフェンシオンの名前を出した時にも「知らない、どんな魔法なのか見当もつかない」と言われたくらいだから、これは本当に誇っても良いレベルなのだろう。

「これって……」

 出現した『輝く壁』に守られながら、誰かが感嘆の声を上げた。私は魔法を維持し続けながら、簡単に説明する。

「防御魔法デフェンシオン。絶対の防御力を誇る、伝説の白魔法の一つ。『輝く壁』は、発動した瞬間のみならず、少しの時間、続く……」

 もちろん、効果が続くのは、術者が頑張り続ける限り、なのだが。

「ハハハ! 面白い、面白いぞ! そのような魔法まで使うとは、やるではないか! さすがは、われが使者として選んだ魔法士たちだ!」

 叫びながらフランマ・スピリトゥは、狂ったような勢いで炎魔剣フレイム・デモン・ソードを操り、斬撃と炎球を飛ばしてくるが……。

 私の『輝く壁』は、その全てに耐えきっていた。

 ただし「少なくとも今のところは」と付け足したい状況だ。いつまで保持できるか、私にもわからない。そして、この魔法が消えた時には……。

 そんな不安が胸をよぎった時。

「こうなったら、もう封印を解くしかないわ」


――――――――――――


 俺――ラビエス・ラ・ブド――は、マールの「封印を解く」という言葉に驚かされた。

 彼女の言う『封印』とは、パラの『封印されし禁断の秘奥義』……つまり『西の大森林』の一部を吹き飛ばした、あの爆炎のことだろう。

 あんなものを、この洞窟内で使えば、俺たちまで……。

「だって、向こうも本気になっちゃったみたいだし」

 俺が目を丸くしたのを見て、マールが説明する。

「逃がしてもらえないなら、最大の攻撃をぶつけるしかないでしょう?」

 それはそうだが……。

「洞窟が崩れてきたら、この防御魔法で何とかならないかしら?」

 俺が口を挟むまでもなく、すらすらと俺の疑問に答えるマール。この人間関係は、正直、このような――ボス・モンスターとの戦闘のような――急を要する場面では、本当にありがい。

「防御魔法か……」

 そちらに目をやる。

 リッサは両手を前に突き出して、俺たち三人を庇うかのように立ち、今も踏ん張り続けていた。

 彼女は後ろを振り向きもせず、声だけで会話に参加してきた。

「洞窟が崩れる? そこまでの威力の魔法が、まだ残っているのか?」

「ああ、一つだけある」

 リッサも、考え込むように黙り込む。しかし、それは一瞬に過ぎなかった。

「わかった。そちらは……。私が、絶対に何とかしてみせる! だから、安心して、ぶっ放せ!」

 ふと、ラゴスバット城で『爺や』から聞いた話が頭に浮かぶ。「姫様は思い込みが激しいのが玉に瑕」という発言だ。

 今さら思い出すべき言葉ではなかった。思い込みの激しい姫様に命を託すと考えたら、誰でも不安になってしまう。『何とかしてみせる』という彼女の自信も、単なる思い込みかもしれないと心配になってしまう。

 しかし。

 今、俺たちの目の前で頑張っているリッサを見れば。

 そうした『思い込みの激しい』という偏見こそが、俺の『思い込み』ではないだろうか。

 以前にリッサは、俺の知らない魔法の名称を二つ述べてくれた。その一つがこの防御魔法だとしたら、まだあと一つ、このレベルの魔法がリッサには残っているということだ。

 ここはリッサを……仲間を信じる場面だ!

「では、決まりましたね」

 それまで沈黙を貫いていたパラが、一番の当事者であるはずのパラが、決意の口調で言葉を挟んだ。


――――――――――――


 私――パラ・ミクソ――は、最終確認の意味で、発言しました。

 今まで何か迷っていたようなラビエスさんの表情が、明らかに変わっています。ようやく、決意を固めたのでしょう。

 いつもは優しいマールさんが危険を承知で提案して、お姫様であるリッサさんが問題点をカバーできると宣言して、リーダー格であるラビエスさんが決心して……。

 私としても、異存はありません。

 四人の心が、今、ついに一つになりました。

「パラ。私の前に来い」

「はい」

 リッサさんの言葉に、私は頷きました。

 おそらく『何とかしてみせる』のための準備なのでしょう。

 私は、指定されたポジションに立ちました。


――――――――――――


「パラ。私の前に来い」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――たちの前で、リッサは、両手を突き出して魔法を発動している。だが、別に『輝く壁』は、彼女の両手に沿って出現しているわけではない。

 いまだ続けられているフランマ・スピリトゥの攻撃を、リッサの『輝く壁』は耐え続けているが……。

 その『輝く壁』と、リッサが伸ばした手との間には、それなりの空間がある。

 パラはその間で、防御魔法に守られつつ、リッサに背中を向けて、リッサのぐ目の前に立つ形となった。

 そのパラの肩を、後ろからリッサが両手で――魔法を発動し続けたままの両手で――がっしりと掴む。

「私はパラを押さえているから。ラビエスとマールは、しっかり私につかまってくれ」

 リッサが俺たちに告げる。これも『何とかしてみせる』の準備の一環なのだろう。

 マールは早速、リッサの左隣に立ち、左手で武器を握ったまま、右腕をリッサの腰に回した。ぐいっとリッサを抱きかかえるようにして、リッサに密着する。

「ほら、ラビエスも早く!」

 マールに促されて、俺も同様の体勢を試みる。

 いつもならば「女性に密着するのは照れくさい」などと思う俺も、今はそんな場面でなかった。

 要するに、リッサを挟んで、マールと左右対称になればいいわけだ。

 リッサの右隣に立ち、既に密着している二人の腰の間に左腕を入れる。それをリッサの腰に回して、彼女を抱き寄せるようにして、自分の体を押し付ける。俺とリッサの間にマールの右腕が挟まる形だが、邪魔だと言わんばかりに、ぐいぐい体を押し付けた。

 女性の体の感触に何かを思うような、感傷に浸る心境ではなかった。むしろ、強敵を前にして四人が左右対称に一体となったことで……。

 俺の脳内に、元の世界で昔見た、特撮テレビ番組のワンシーンが浮かぶ。

 三十分番組の終盤。集団ヒーローが全員で一緒になって、バズーカのような必殺武器を放つ。毎回お約束のように、その回の担当モンスターが、この一撃で倒される……。

 何を呑気なことを考えているのだ、と言われてしまうかもしれない。だが『特撮番組』のイメージは、最悪の事態を想起させるものでもあった。

 つまり。

 そうした『特撮番組』では、ごく稀に、必殺技が通用しない回もあったからだ。次の回で新必殺技を開発してリベンジする、というのが定番のパターンだったが……。

 俺たちに『次の回』はない。

 その点、現実は『特撮番組』とは違う。

 これが通じなかったら、もう終わりだ。

 それに。

 こうして突然、子供の頃に見たテレビ番組を思い出すというのは、一種の走馬灯なのかもしれない……。


「では、行きますよ」

 パラの合図が聞こえたことで、俺は脳内のイメージを全てかき消した。

 さあ、いよいよ。

 俺たちの運命を決する魔法が、発動される!


――――――――――――


 もはや私――パラ・ミクソ――の魔法だけが、フランマ・スピリトゥを倒せる……。

 そう考えると、責任重大です。昔の私ならば、その重さに押しつぶされるか、逃げ出したくなるか、その二択だったかもしれません。

 しかし、今は違います。

 信頼できる仲間がいます。

 私の肩に乗せられたリッサさんの両手を通して、リッサさんにしがみつくラビエスさんとマールさんの気持ちまでもが、私の中に流れ込んでくるような気がします。私に勇気を与えてくれます。

 両手を前に突き出して、私は、副次詠唱を始めました。


「おお神よ 炎の神よ

 すべてを燃やす 業火の神よ

 我はなんじに すべてを捧ぐ

 我が命 魔力に変えて

 我が魔力 炎に変えて」


 私のオリジナル祝詞のりとを耳にして、フランマ・スピリトゥが攻撃の手を止めて、何やら叫んでいます。

「おお! 貴様は炎の魔王の信奉者なのか!」

 バカを言ってはいけません。

 私が祈りを、魔力を、全てを捧げる相手は神様です。魔王ではありません。その区別もつかないとは、やはりフランマ・スピリトゥは狂っています。頭のおかしい『炎の精霊』です。

 こいつだけは、何がなんでも滅殺しなければならない……。そう思うと自然に、副次詠唱も前回とは微妙に変化していました。


「炎の邪霊 燃やし尽くせ

 唯一無二の 神の爆炎」


 ああ!

 前回以上に、気持ちが高揚していきます。

 その気持ちを全てぶつけて、何もかも焼き尽くすような、極大の火炎をイメージして……。

 リッサさんが防御魔法を解いた瞬間。

「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 強大な炎が、私の手から吹き出しました。

 成功です。『西の大森林』を破壊した以上の、まさに神の爆炎です。

 もちろん、私の魔力は、みるみる吸われていきます。こちらも、前回以上のペースです。

 まもなく私は意識を失うことでしょう。

 ラビエスさん、マールさん、リッサさん。

 あとは任せました……。


――――――――――――


「アルデント・イーニェ・フォルティシマム!」

 俺――ラビエス・ラ・ブド――は目撃した。

 フランマ・スピリトゥに襲いかかる、極大の爆炎を。

 両手に構えた炎魔剣フレイム・デモン・ソードで身を守ろうとしても、全くの無駄だった。爆炎は、炎魔剣フレイム・デモン・ソードすら軽く弾き飛ばし、フランマ・スピリトゥ本体を焼き尽くさんばかりの勢いだった。

 ふと。

 俺の足元で、カランと音がする。

「……?」

 視界の隅で、音の正体が認識できた。

 フランマ・スピリトゥの手を離れた、二本の炎魔剣フレイム・デモン・ソード。そのうちの一本が、洞窟の岩壁に跳ね返って、ちょうど俺の足元に飛ばされてきたのだ。

 特に意識することなく、空いていた右手を伸ばし、それを拾い上げる。左手は、しっかりとリッサの腰を抱きかかえたままで。

 その間にも。

 完全に爆炎に呑まれたフランマ・スピリトゥが、おのれの運命を悟ったかのような、怨嗟の声を上げていた。

「おお、炎の魔王よ! これが……炎の魔王軍を離反した我に対する、仕打ちなのですか!」

 今現在の状況は、魔王軍の所属を変えたゆえの結果……と考えているらしい。移籍して風の魔王のために頑張った結果こうなった、と考えているらしい。

 だからと言って、その風の魔王ではなく、元上司である炎の魔王を恨むとは。

 やはり『炎の精霊』はモンスター。モンスターの思考回路は、俺たち人間には理解し難い。

 だが。

 悠長に、敵の最期を見届けていられる状況ではなかった。

「うおおおおおおおお」

 最後に一声吠えて、フランマ・スピリトゥが完全に消滅するのと、ほぼ同時だった。

 爆炎の余波で、洞窟全体がグラグラと音を立てて揺れ始めたのだ。既に、天井からは小石も降ってきている。

 洞窟が崩れるのだ!

 その瞬間。

「イアンヌ・マジカ!」

 リッサの呪文詠唱が聞こえて……。

 俺たちは光に包まれた。

   

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