第四話 私の新生活!(パラの冒険記)
私――パラ・ミクソ――が乗る馬車は今、イスト村の大通りを進んでいます。
この馬車の上で私が過ごす時間も、残りわずかでしょう。
今のうちに少し、自己紹介をしておきたいと思います。
私は本来、この世界で生まれた者ではありません。
他の世界で生まれ、育ちました。そちらの世界では、小学校・中学校・高校・大学など、教育機関が年齢に応じて別れており、ちょうど私は、高校を卒業して大学に入学した直後でした。
高校時代の私は、地味で大人しい学生で、人付き合いも苦手でした。歌うことが好きで合唱部に所属していましたが、部活に馴染めず、ほとんど幽霊部員でした。それでも「歌いたい」という気持ちは強かったので、地元の市民合唱団――社会人や大学生ばかりの合唱団――に入り、そちらでの活動をメインにしていました。
付き合い下手な私が、わざわざ学外の団体に所属するなど、私らしくないと思うかもしれませんが……。むしろ年の離れた、大人ばかりの団体に混じったほうが、希薄な人付き合いで済むのでラクだったのです。
それに加えて、音楽性の違い……みたいな理由もありました。高校の合唱部より市民合唱団の方が、私の好きな音楽――現代の日本人の合唱曲ではなく、宗教曲など、いわゆるクラシックに分類される曲――を歌える機会が多かったのです。
もちろん『音楽性の違い』をメインにするのは強がりであって、やはり学校の友人と馴染めなかったのが大きな理由だと、自覚はしていたのですが。
そんな高校時代を過ごしていたので、大学入学を機に、思い切って自分自身を大きく変えたいと考えていました。そのために地元ではなく、少し離れた土地の大学に進学しました。いわゆる大学デビューをするつもりだったのです。
そして、大学に入って数日後、最初の体育の授業での出来事でした。球技の時間に、飛んできたボールが頭に当たって――なぜか頭より首に激痛が走って――、私は倒れてしまいました。意識を失う直前、「まさか衝撃で首の骨が折れたわけじゃないよね? なんで大学まで来て体育が必須科目なんだ……なんて思ってたから、バチが当たったのかな」などと考えたことを、おぼろげに覚えています。
どれくらい意識を失っていたのでしょうか。気づいた時には、見知らぬ人々に囲まれ、ベッドに寝かされていました。
周りを見渡してみると、その『見知らぬ人々』の格好も、室内の装飾や医療設備も、明らかに大学の医務室や付属病院とは思えない雰囲気でした。まるで中世ヨーロッパを舞台にしたドラマの、登場人物やセットのようだと感じました。
視線を動かすうちに、横にあった鏡が目に入りました。普通ならば、鏡に映るのは自分自身の顔のはずですが……。
人並みの容姿――中肉中背で、日本人によくある黒髪の、特徴のない地味な顔立ち――の、私などではなく。
金髪で、童顔で可愛らしい、明るい印象の少女――まるで漫画やアニメの世界から飛び出してきたような少女――の姿でした。
「まあ、良かった。……あなた、四日間も眠り続けていたのですよ」
そう声をかけてくれる女性がいましたが、ぼんやりと私は「それは私ではなく、この鏡の中の少女のことだろう」と他人事に思ってしまい、
「これ……誰?」
と言いながら、鏡の中の少女を指差したのでした。
やがて、だんだん私は状況を理解しました。いや最初に、鏡に映った自分の姿を「これは誰か」と確認しようとした時点で既に、なんとなく察していたのでしょう。
私は異世界の、全く別の人物になってしまったのです。
その人物――パラ・ミクソという名前の少女――は、こちらの世界の教育機関である魔法学院に入学した直後でした。
その名の通り、魔法学院は魔法を学ぶ場であり、卒業後は魔法を活かした仕事に就くのですが、ほとんどは冒険者になるとのこと。おそらく、私のいた世界で大学を出た人たちの多くが、会社就職してサラリーマンになるような感覚なのでしょう。『パラ』も冒険者を目指していたみたいです。
彼女も私同様、体を動かす授業――こちらでは魔法実技の時間――の最初の日に、ミスをして倒れて意識不明に陥ったのだそうです。
意識不明という状態同士がリンクして、別の世界から私の魂を呼び寄せてしまったのでしょうか。法則性があるのならば、他にも私のような異世界転生者はいるのかもしれませんが……。
いきなり他人の人生を歩むことになったら、知っているはずのことを知らなかったりして不自然になり、普通は大変なことになるのでしょう。しかし私の場合、「ショックで一時的に記憶を失っている」と思われただけでなく、こちらでも入学直後なのでまだ知り合いも少なかったため、記憶の齟齬といった問題を心配する必要はありませんでした。
ただ、魔法学院に入ってすぐに彼女は、十二病っぽいと認識されていたようなので、仕方なく、私も十二病っぽく振る舞い続けることにしました。ちなみに『十二病』とは、あちらの世界の『中二病』に相当する言葉です。こちらには中学校という概念が存在しないため、中学二年生頃の言動ではなく、十二歳くらいの言動を由来とした名称になっているようです。
少し恥ずかしいですが、十二病っぽいと見られるのも、考えようによっては好都合でした。もしも「十二病なので、時々、自分は異世界から来たなんて妄想を口にする」などと思われているなら、うっかり元々の世界の話をしてしまっても「十二病ゆえの設定です」と誤魔化せますから。
まあ、何はともあれ。
こうやって、私が割と簡単に異世界転生なんて事態を受け入れてしまったのも「そもそも大学デビューしようというタイミングだったから」というのが最大の理由かもしれません。自分自身を変えるために環境を変えるという意味では、異世界転生ほど大きな環境の変化はないでしょうから。
大学デビューをするつもりが、異世界デビューになってしまったわけです。
ええ、そうです。
もしもこの手記を出版する機会があるなら、今の『大学デビューが異世界デビューになってしまいました』をタイトルに入れたら、面白いかもしれませんね。
……そんな回想をしているうちに、馬車は、村の中央に到着しました。
私個人のための馬車ではなく乗合馬車なので、私の目的地――ここイスト村――が終点というわけではありません。しばらく停車した後、馬車は別の村へ向かって、再び出発します。
私同様にイスト村が目的地だった者は、既に降りているようです。次の村へと連れて行かれないよう、私も慌てて降りました。
荷物の入った革袋を背負ったまま、軽く深呼吸します。
この村の中央は、広場になっていました。広場の真ん中には、赤や黄色の花が目立つ、丸く整えられた花壇が……。いや、よく見ると、あれは花壇というより日時計のようです。周囲を色鮮やかな花々で囲まれた日時計です。
視線を移すと、白い縁石の噴水もあります。水の色と、縁石の白と、そのコントラストを美しく感じてしまうのは、まだ私にとって物珍しい土地だからでしょうか。
「お嬢ちゃん、旅人さんかい?」
きょろきょろと周囲を見回していたせいで、露天商の女性に声をかけられてしまいました。
第一村人です。テレビゲームのRPGではありません。これから私が実際に毎日を過ごす村での、第一村人です。
せっかくなので、挨拶に行きましょう。
「はじめまして。旅人ではなく、こちらの村に越してきた者です。こちらで冒険者としてやっていくつもりです」
「へえ、そうかい」
私の格好――典型的な魔法士スタイル――を軽く上から下まで見回して、彼女は納得したようでした。
「……じゃあ、これから毎日、ここに来ることになるね」
不思議なことを言う女性です。
見れば、ここは野菜や果物を売る露店のようですが……。イスト村の冒険者は、ここで毎日食材を買っていくのが普通なのでしょうか。ここの野菜を冒険に持っていくとモンスターに襲われないとか、そういう
商品を見る私に気づいたのか、
「違う違う。ここっていうのはウチの店じゃなくて、この広場ってことさ。ほら、この広場には冒険者組合もあるからね」
彼女は、広場に面した赤い建物を指差します。
あれが、この村の冒険者組合なのでしょう。
あらかじめ「広場の近く」とは聞いていましたが、「広場に面している」とまでは言われていませんでした。正確な場所は知らなかったので、ちょうど「誰かに聞かないといけない」と思っていたところです。助かりました。
感謝の気持ちを込めて、何か買うとしましょう。商人が一番喜ぶのは、店の商品を購入されることのはずです。もちろん、それだけの意味で必要もないのに買うならば、商品にとっては失礼かもしれません。でも、今の私の場合は大丈夫です。
「ありがとうございます。ところで、長旅で少し小腹が空いているのですが……。何かオススメの果物ありますか?」
あえて『果物』と言ったのは、すぐ食べられるからという理由だけではありません。私は、この世界の果物が大好きだからです。
この世界では、果物が全般的に、甘くて美味しいのです。それも、砂糖のような単純な甘さではなく、果物独特の甘みを強く感じるのです。私の拙い表現力では、この程度しか言えないのが、若干もどかしいですが……。
とにかく、果物が美味しいことは、私の「あちらの世界からこちらの世界に来て良かったこと」リストの上位に入っていました。
今、目の前に並べられた果物も、どれも新鮮で美味しそうです。
「オススメかい? イスト村に来たばかりなら……これがいいだろうね」
そう言って彼女が差し出したのは、桃でした。
なるほど、そういえば桃はイスト村のシンボルだったはずです。途中で見た「イスト村まで何キロ」みたいな立て札のところに、イスト村を示すマークとして、桃の絵が描かれていました。
村の代表的な名産品であるというなら、さぞや美味しいことでしょう。期待が膨らみます。
「今この場で食べるなら……」
彼女は店の奥から果物ナイフを取り出して、皮を剥いて、食べやすくカットしてくれました。
さっそく食べてみます。
一切れ、口にした瞬間。
「美味しい!」
自分でも、頬が緩むのが感じられました。
とてもコクのある甘みです。あちらの世界で昔飲んだ、濃厚な桃ジュースに少し似ていますが、缶ジュースにはなかった自然の甘みです。
「喜んでくれて何よりだよ。本当はこれ、昨日売るつもりだったんだけどねえ」
……どうやら私が思っていたほど『新鮮』ではなかったようですが。
それでもこれだけ美味しいのですから、新鮮ならば、もっと美味しいのでしょう。次の機会には新鮮な桃を買って食べよう、そう心に決めました。
私が桃を食べている間に、彼女は色々と話をしてくれました。
彼女は風邪をひいて、昨日一日、寝込んでいたそうです。今朝まで具合が悪かったけれど、治療院で治してもらった、とのことです。
「……腕のいい若先生がいてね。いや若先生とは言っても、本当は治療師じゃなくて、冒険者なんだけどね」
彼女は、喉の痛みが治ったのが嬉しくて――やっと思う存分喋れるので――、日頃よりも饒舌なのかもしれません。その『若先生』について、語り出しました。
「でも冒険者なんて危険な仕事だね。あんたも気をつけなよ。あの若先生だって、一年くらい前に、大変な目にあって……」
冒険の途中で大怪我をした……。彼女がそう言うので、私は少し緊張しました。
これは重要な情報です。この地方には、慣れた冒険者でも酷い目にあうような、そんなに危険なモンスターが大勢いるのでしょうか。
「いや、違う違う。若先生はね、ダンジョンに向かう途中で、崖から落ちて大怪我したんだよ。……あんな、何でもない山道でねえ」
私の想像の中の『若先生』に、ドジっ子属性が加わりました。先ほどの彼女の言葉――「冒険者なんて危険な仕事」――とは少し矛盾しますが、これは冒険者云々ではなく『若先生』個人の問題のようです。
「いや、本当に大変だったんだよ? 何せ、若先生はあの後、何日も寝込んだって話で……。目が覚めた時には、治療のやり方どころか、自分自身のことすら、忘れてたって話だ」
……おやおや?
「まあ今ではすっかり良くなったから、笑い話だけどね。ほら、よく記憶喪失の後で人が変わったようになる……なんて噂があるだろ? 若先生の場合は、プラスに変わった例かもね」
ここで彼女は、少し声をひそめて、
「ここだけの話……。昔は今ほど『腕のいい』先生ではなかったんだよ」
それから元の調子に戻り、彼女は笑ってみせました。
「まあ、冗談だけどね。実際には、人が変わった云々じゃなくて、ちょうど治療師の仕事に慣れてきた時期と重なったんだろうさ。あの噂だって、しょせん噂に過ぎないよ」
最後に彼女は「大怪我で意識不明とか記憶喪失とかになったら、人は慎重になるだろし、何事にも気をつけるようになるだろうから、少し人が変わったように見えるだけ」という持論を展開して、この話を締めくくりました。
「……そういうものかもしれませんね」
と、私は相槌を打っておきましたが……。
心の中では、とても同意できませんでした。
私は確信していたのです。
その『若先生』とやらは、記憶喪失をきっかけに、本当に別人になったのでしょう。
私と同じケースです。
異世界転生です。
ならば、彼に会ってみたいです。
こちらの世界で、あちらの世界から来た人と知り合いになれるなら、色々と心強いですから。
もちろん向こうは、こちらの世界の住人――中身も変わっていない――を装っているでしょうから、私も「異世界から来ました!」なんて馬鹿正直には言えません。ですが、こんな時こそ、十二病設定が役に立つでしょう。
「村の話を色々と聞かせてくれて、ありがとうございました」
桃を食べ終わった私は、ぺこりとお辞儀しました。実際には、色々な話というより治療院――特に『若先生』について――の話ばかりでしたが、それこそ私には大事な話だったからです。
「ああ、そうだ。あんた、冒険で負傷した時のために……」
立ち去り際、治療院の場所まで彼女から教えてもらいました。
なんということでしょう。
本当に本当に、有意義な情報をたくさんもらった気がします。
美味しい桃を一個、買っただけでしたのに。
冒険者組合の建物に入り、登録を済ませました。これで正式に、今日から私も、イスト村支部に所属する冒険者の一員です。
登録の際には、新人冒険者向けの冊子をもらいました。表紙には『新人冒険者の心構え』と記されていますが、ぱらぱらっと目を通した感じでは、魔法学院で教わった通りの基本が書かれているだけみたいです。これは、今すぐではなく、後で――今晩寝る時にでも――読めば十分でしょう。
窓口のお姉さんからは、建物内に併設されている食堂や、諸々の連絡などが貼ってある掲示板についての話も聞きました。これは学院では教わっていないことなので、こちらの方が重要です。
また、女子寮への入寮手続きも、ここで済ませます。「この建物の裏手にある」と場所も教わったので、さっそく行ってみましょう。
イスト村の女子寮は、白い立派な……。いや『立派』という言葉は言い過ぎかもしれません。もちろん粗末というほどでもありませんが、思っていたよりも、こぢんまりとした女子寮でした。
イスト村では女性冒険者が優遇されているので、イスト村には女性冒険者が大勢いる……。そんな噂を聞いていたので、もっと女子寮も大規模かと想像していたのですが、少し期待が過ぎたのかもしれません。しょせん噂は噂なのでしょう。そうした先入観を拭い去り、あらためて見直してみると……。
素敵な建物に見えてきました。新生活を迎えるに相応しい、素晴らしい女子寮かもしれません。
中に入ってみると、そうした入り口での自問自答が馬鹿らしくなりました。建物内は外から見た感じとは違って……疑問の余地なく本当に素敵なのです!
もしも長年外観しか知らなかった人が一歩足を踏み入れたら、きっとイメージのギャップに驚くことでしょう。
別に、大げさに装飾されているわけではありません。玄関を入ってすぐのところ――おそらく共用スペース――に緑色のソファーが置かれているくらいで、他には何もありません。しかし天井が高く広々しているというだけで、なんだか私は、開放的な気分になりました。
個室へと続く廊下も道幅が広く、薄茶色のマットが敷かれています。廊下部分で既に「
「私の部屋は……119号室……」
書類を確認しながら、軽くうきうきした気分で廊下を進み、部屋の前まで来ました。がちゃりと扉を開けて、いよいよ中に入ります。
部屋全体が、ごくごく淡いピンク色で塗られていました。
棚に荷物を置いて、まずは一休み……とも考えましたが、
「……よし!」
自分に気合いを入れるように、ひとつ頷きました。さっそく今から出かけて、やっておくべきことがあると思ったからです。
ちょうど私が部屋を出た時、隣の部屋の住人が帰ってきたところでした。
扉を開けようとしていた女性は、私より少し年上の、熟練した冒険者のようです。
軽そうな剣を腰から下げて、皮鎧を装着しています。上半分が白くて、下半分が赤色――しかも下半分はスカートっぽい形――なので、ぱっと見た感じ、神社の巫女さんのようなイメージの皮鎧です。もちろん、こちらの世界には、そんな『神社の巫女』なんて存在しませんが。
とりあえず、名前を聞くまでの間は、心の中で『巫女さん』と呼んでおきましょう。
隣人に挨拶する、良い機会です。私は『巫女さん』に声をかけました。
「はじめまして! 今日からこちらに入居した、パラ・ミクソです」
「……こんにちは」
じろりと私を一瞥しながら、一言だけで、彼女は部屋に入ってしまいました。
饒舌だった果物屋さん――本当は『野菜売り』なのでしょうが私にとっては果物屋さん――とは対照的です。
無口なのでしょうか。それとも、第一印象で、私を良く思わなかったのでしょうか。
ちょうど彼女の視線が、私の包帯や眼帯に向けられていたようなので、そんな可能性も頭に浮かびました。
左腕の包帯と右目の眼帯……。十二病っぽい格好として、私が続けている特殊装備です。
あちらの世界にいた頃は私も、中二病――こちらの世界で言うところの十二病――の言動を痛々しいという目で見ていたので、彼女を責める気持ちにはなりませんでした。
お隣さんとは仲良くやっていきたいのですが、第一印象で失敗したかもしれません。考えてみれば、魔法学院の学生寮でも、他の寮生と親しい友人付き合いはありませんでしたが、あの頃は「どうせ卒業するまでの間だから」と思って気にもしていませんでした。
一方、腰を落ち着けるこの村では……。
いや、構いません。
先ほどの果物屋さんが、教えてくれたではないですか。彼女の話から、私は確信したではないですか。
この村には、私のような転生者――『若先生』――がいるのです。
同じあちらの世界から来た冒険者がいるというだけで、とても心強いです。
彼と仲良くなれたら、それだけで十分でしょう。
果物屋さんは「記憶喪失の後で、腕のいい先生になった」と言っていました。つまり、記憶喪失を経て、魔法治療が上手になったわけです。記憶喪失のタイミングで『若先生』の中身が変わったからです。
しかし、あちらの世界は魔法なんて実在しない世界です。魔法という概念はあっても、漫画やゲームといった空想の中だけです。だから普通なら、あちらの世界の人間の方が上手く魔法を使えるなんておかしいです。
あちらの世界で学んだ、何か特別な知識を上手く活かしているに違いありません。
これって凄いことです。
私自身が経験しているので、よくわかります。
異世界転生しても、元々の世界の知識など、それほど活用できるものではありません。転生先の世界には存在しないような、便利な道具を色々と知っていても、細かい仕組みや原理まで覚えていなければ、再現して作り出すことは不可能です。
あちらの世界にいた頃、漫画やアニメで「地球の知識を使って異世界で無双!」なんて話を見たことありましたが、フィクションはフィクションであって、現実には難しいと思い知らされました。まあ『現実には難しい』フィクションだからこそ、そうした物語に人々は憧れて、夢中になれるのでしょうね。
私の場合、あちらの世界で学んだクラシック音楽――宗教曲――の知識が、ほんの少しだけ、魔法を唱える上で役に立っているくらいでしょうか。
たまに「どうせ漫画みたいなことが起こるなら、異世界転生じゃなくて、過去へ
こんなことを本気で考え出したら、それこそ十二病です。これって、元々の『パラ』の影響を受けているのでしょうか。
まあ、ともかく。
そんな私自身と比較してしまうので、あちらの世界の知識を十分に利用しているであろう『若先生』を、私は「凄い」と思うのです。
さあ、その『若先生』に会いに行きましょう。
同じ転生者である『若先生』と、まずは知り合いになる……。これが私の、本日の課題です。この村での冒険者としての、最初のクエストです。
果物屋さんから教わったように、広場から続く大通りを歩き、五つ目の路地を曲がり、さらに進みます。
すぐに見えてきました。言われた通りの、白い建物です。あれが『若先生』のいる治療院です。
果物屋さんの話では『若先生』は「治療師じゃなくて冒険者」ということですが、冒険仕事がメインだとしても、彼女が今朝治療してもらった以上、今日は冒険ではなく治療仕事の日なのでしょう。今日ならば『若先生』は治療院に在宅のはずです。
頭の中でそうやって考えているうちに、治療院の前に到着しました。思い切って扉を開けて、元気よく挨拶します。
「失礼しまーす」
中に入ると……。
男の人が二人いました。二人とも同じような白いローブを着ていますが、年齢は明らかに違います。一人は初老で、もう一人は私より少し年上です。先ほどの『巫女さん』と同じくらいでしょう。
実は、この二人を目にするまで、私は少し誤解していました。『若先生』という呼び名から、若い開業医のようなものをイメージしていたのです。
しかし、よく考えてみたら、開業医では冒険仕事をメインには出来ないでしょう。ならば『若先生』ではない方が、この治療院のオーナー兼メイン治療師で、『若先生』は臨時で治療仕事をするだけなのでしょうか。そんな片手間で「腕のいい先生」などと言われるのは、それはそれで凄いことだと思いますが。
若い方の治療師――こちらが『若先生』のはず――が、値踏みするかのような視線を私に向けています。
正直、こういう見られ方は苦手です。
元々の世界にいた頃は、じろじろ見られる経験は少なかったのですが、こちらの世界に来てからは、頻繁にあるような気がします。特に初対面の時です。
実は、元々の『パラ』の記憶を少しずつ『思い出す』こともあり、中にはこの『視線』に対する彼女の感想もありました。彼女は「私は可愛い、スタイルもいい、魅力的だから他人が見とれるのも当たり前」なんて得意げに考えていたのですが……。
とても私には、そんな捉え方は出来ません。もちろん、あちらの世界の私よりは優れた外見ですが、はたして彼女が自画自賛するほどでしょうか。最近思うのですが、もしかしたら単に、十二病の格好が奇異で目に留まりやすいというだけなのでは……。
現に今も、初老の方の先生が、こう声をかけてきました。
「なんじゃ、腕の怪我か? 目の治療か?」
少し恥ずかしいですが、照れている場合ではありません。異世界転生してきたであろう『若先生』と転生について話をするためにも、十二病設定を利用して、私の方から異世界転生について持ち出さねばなりません。
「いや、これはファッションでして……。十二病っぽいファッションです。ちょっとカッコイイでしょう?」
ああ、恥ずかしいです。最近すっかり十二病の格好にも慣れてしまい、昔ほど気恥ずかしさは感じなくなっていましたが……。さすがに自分で「カッコイイ」なんて言うのは、限界を超えています。
しかし十二病設定を貫くのであれば、これを恥じていては不自然です。
軽く左腕を上げて、顔を隠しました。もしも表情に出ていたとしても、これで見えません。
ちょうど左腕には包帯を巻いているので、その十二病スタイルをひけらかしているように見えることでしょう。まさか「内心の照れを隠すため」などとは思われないはずです。
さあ、次のステップです。
まずは『若先生』と話をする機会を増やすことです。彼も冒険者なのですから、一緒の時間を増やすためには……。
内心の恥じらいを吹き飛ばすつもりで、勢いよく、私は叫びました。
「こちらに腕のいい白魔法士がいると聞いて、スカウトに参りました! 私と一緒にパーティーを組んでください!」
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