イデアル

らいおん

第1話

男ばかりの校庭、食欲をそそる出店の数々。俺は今、志望校である私立聖川高等学校の文化祭に来ている。男ばかりという事は、いわゆる男子校である。


「いらっしゃいませー、たこ焼きいかがっすかー」

やる気のなさそうな声、でもよく通る声。その声に惹かれるように足が動いた。しかも俺の大好物。是非食べたい。

「300円のをひとつください」

「あざっす」


やる気のなさそうな学生は綺麗な黒髪をの眼鏡をした人だった。伸びた前髪と眼鏡で顔ははっきり見えなかったが、本当に綺麗なよく通る澄んだ声だった。ネクタイの色からして、1年生だろうか。


「お客さん?たこ焼きどうぞっす」

「あ、すみません、ありがとうございます」

その人の声に聞き惚れてしまっていた。

今日は他に何をしたのか、あの人の声に夢中でほぼ覚えていなかった。

あの人の声だけは耳に、頭によく残っていた。




「ワン・ツー、ワン・ツー」

汗を流しながらダンスをする。僕はもっとダンスが上手くなりたい。

だから今日も文化祭が終わってすぐこのスタジオに来て専属の先生に教わっている。


僕の名前はれん。アイドルをしている。でも知っているのは家族と一部の学校の先生と、親友だけだ。

蓮というのは本名じゃないからみんなには気づかれない。僕の本名は蓮見渉はすみわたる。二年ほど前から活動はしているが、まだまだ人気はない。歌には自信がある方だけどダンスは中の中、それよりも下かもしれない。


「さすがハルト!!今日もキレがいいな」


休憩中、飲み物を買いに廊下を歩いていたら、別室から講師の声が響いてきた。その言葉を向けられている人がどんな人なのか気になってしまい、僕はその部屋を覗いた。

「ありがとうございます!」

そこには見覚えのある人がいた。

今日の文化祭に来ていた、たこ焼きの子だった。

たこ焼きをすぐに受け取らずにぼーっとしていたからよく覚えている。まさかあのぼーっとしていた子がダンスをしていて、褒められるほどだったとは驚きだ。

それにしても、顔といい髪の色といい、目立つ人だ。僕のことはバレることはないだろうけど、もしもあの子がうちの学校に入学することになったらバレかねない。そろそろ帰るとしよう。

学校では眼鏡(ダテである)を掛けてるし、前髪で顔は見えづらい。


「わた......じゃなかった、蓮!迎えに来たぞ」

「うん...って今名前呼びかけたよね、気をつけてよ?」

「ごめんごめん」


この人は僕の親友、藤野直也ふじのなおや。体格は良い方なため、ボディーガードみたいな事をしてくれている。もちろんバイト料は出ている。最初のうちは友達だからと断られていたけど、なんとか説得して受け取ってもらっている。

「文化祭だったのにレッスン来てるなんて熱心だよな」

「当たり前だよ、もっと人気上げたいし、そのためにもダンスは特にレベルアップしておかないとダメなんだよ」

「そうか。陰ながら応援してるぞ」


直也は小学生の頃からの親友で、実家はお向かいさん。今は一緒の高校に通い、同じアパートの隣同士で一人暮らしをしている。

レッスンスタジオは歩きで15分のところにある。その短い時間、笑いは絶えないといっても過言ではない。他愛もない話に花咲かせて帰る。この時間があるだけで僕はストレスとか疲労は消える。良い友達を持ったと思っている。


「じゃあ渉、また明日。おやすみ」

本当に僅かな時間だけど、いつも感謝している。

「うん、ありがとう。おやすみ」


家に入る直也を見届けてから僕も家に入る。

「ただいまー」

帰っても誰もいないけどしてしまうあいさつ。すぐに着替えて簡単にご飯を作り食べる。素早く風呂に入り、その後は蓮としての勉強をする。曲を聴いたり歌詞を覚えたり、振り付けの動画を観ながら踊ったりもする。

たまに直也が遊びに来ることもある。その時は学校の勉強をしたりゲームをしたりする。

僕はずっと何かをしている方が落ち着く。落ち着きの無い人ではないけど、忙しくしている方がやりがいがあっていい。だからこそ、もっとアイドルとしての人気を上げたい。そのために足りないものは何なのか、まだ答えなんてのは分からない。

時間をかけて考えるとしよう。




「ただいま」

「おかえり陽翔。文化祭はどうだったの?」

今目の前にいるこの人は女で一人で俺と俺の姉ちゃんをここまで育ててくれた母だ。周りからは“やんちゃ”だとか“派手、目立つ”と言われるけど、この人に迷惑のかかる事はひとつもしていない。悪目立ちというものは一切ない。というより、迷惑とかかけたくない。真面目でもなけりゃ悪ガキでもない。


「うーん、あんま覚えてない......けど、絶対あの学校へ行くよ」

「あら、何かいいことがあったって顔ね。頑張りなさい、応援してるからね」

「ありがとう、母さん」

「じゃあお母さん、仕事行ってくるね。お姉ちゃんがご飯作ってくれるから」

「おう、いってらっしゃい」


姉は大学四回生で、超美人で料理も勉強もできる自慢の姉貴、高坂波月たかさかはずき。弟の俺が言うのもなんだが、姉はモテる。モテるはずなのに、ある理由で一度も彼氏なんてできたことがなかった。




「お、もうこんな時間か。そろそろ飯だな」


ご飯はいつも姉が作るけど俺も手伝ってる。受験生だからとか関係ない。

姉はリビングでテレビを観ていた。


「姉ちゃん、そろそろご飯作ろうぜ」


....姉は暇があるとテレビにかじりつくように見入っている。


「ね、姉ちゃん.....まだそれ観てるのか。飯作ろうよ」


俺の姉がモテない理由が、今テレビに夢中になっているこれだ。アイドルのライブ映像である。そう、姉はアイドルオタクである。その中でも今一番好きなのが蓮というソロのアイドルらしい。


ちなみに姉から聞いた受け売りだが、蓮という人はテレビにはまだ出ておらず、音楽番組さえ出ることはなく、歌と踊りだけで活動しているらしい。実際、テレビでは見たことはなかった。まあ、二年ほど前から活動してはいるが、CDデビューはつい最近で、密かに人気が上がってきていろところだという。

なので、まだミステリアスな部分が多いらしい。

姉曰く、人気がもっと出ればテレビ出演もあるんじゃないかと言っていたが、今はコンサート映像だけで十分らしい。

俺は姉のオタクっぷりは嫌いじゃないし、何が悪いのかわからない。隠したりしないのは逆に潔くてカッコいい。皆見る目がないんだ。


「姉ちゃん?」

「あ、うん、ごめんね。作ろうか」

コンサート映像が停止されたままテレビに映る。俺はこの映像の中の人たちのパフォーマンスに魅了されダンスを始めた。元々、体を動かすのは嫌いじゃない。でもダンスをしているのを知ってるのは家族だけだ。友達は誰も知らない。


「姉ちゃん、本当にあの蓮って人大好きなんだな」

「うん、今はまだそんなに人気はないんだけど、すごく歌上手いんだよ。陽翔も上手いんだけど、それよりももっと上手いと思う」


姉は俺をよく立ててくる。仲良しな証拠だ。

「歌で生きてる人に俺が敵うわけない訳ないだろ」

「ふふ、確かにそうね。あ、ねえ、今日もライブ映像観ながらご飯食べてもいい?」

「いいよ。母さん居ない時はそれすんのが姉ちゃんの贅沢なんだろ?俺は嫌なんて言わないよ」

「さっすが私の弟!ありがとうね」


母は仕事人間だが子どものしつけも頑張っている。だから俺たち姉弟は仲良しだし、グレルこともなく家事を強力している。姉は母替わりで小さい俺を育ててくれた。だから姉のわがままくらい、なんてことない。


「いただきますっ」

「いただきます」

今日のご飯はオムライス、姉の得意料理だ。卵にはチーズを入れてくれる。


「この人が、姉ちゃんの今一番好きな蓮って人?」

映像には美声を放つ黒髪の男性が映っている。

「そうだよ、すごくかっこいいの。確か歳は...陽翔のひとつ上だよ」

「へえ、ひとつ上か....。この人が、その蓮...か」

蓮の話はよく聞いてたけど、本人を見るのは初めてだ。確かに歌は上手い、よく通る声だ。


「“よく通る声”......?」


どこかで聞いた声だ。いつ、どこだったか。

そう、今日だ。でも、そんな訳....。

「陽翔?もしかして、蓮の声に惚れちゃった?....なーんてねっ」

嬉しそうに笑いテレビ画面に視線を移し、オムライスを頬張る姉の横顔。

その表情を見ながら俺は、きっと気のせいだと、さっきの考えは胸にしまい、オムライスを口に運んだ。


月日は過ぎ、受験を終え、今日は結果発表の日だ。

「高坂ー!番号あったか?」

「まだ...、あった!大宮は?」

「俺もあったぞ。クラス表も出てるみたいだし行こうぜ」

中学から唯一同じ高校に進学する友人、大宮聡太おおみやそうた

私立聖川高等学校に無事合格。発表の日と共にクラス発表と入学式の説明会が行われる。

この学校には、あの綺麗なよく通る声の人がいる。そのうち会えたらいいな。




入学式当日。真っ新のブレザーに青色のネクタイ。今日から始まる高校生活。大宮聡太とは同じクラスだ。友達とは仲良くなるのは不得意ではない。でも、一人でも知り合いがいる方が安心だ。

「入学おめでとうございます」

先輩たちに見守られながら式が始まる。まだ肌寒い体育館で校長先生の長い話を聞き、各クラスの教室へ移動。

学校には男子しかいない。俺は家族以外の女性は苦手だから丁度いい。


「陽翔、部活はどうする?」

「俺は入らない。姉ちゃんの手伝いしないといけないから」

半分本当で、半分嘘だ。姉が就職して家にいられない分、俺が姉の代わりに家事をする。ダンスレッスンを続けるための母から出された条件だ。

そのためには部活なんてのはできるわけがない。


「そっか、俺はどうしようかな」

「聡太なら運動もできるし、そっち系でもいいんじゃない?」

「でも男子校だし、女子マネージャーいないしな」

「マネージャーで部活を選ぶんじゃないよ」

「はははっ、バレた?」


聡太とは中学の頃より仲良くなった。お互い名前で呼びあうほどに。

もちろん新しい友達もできた。

「じゃあ俺、部活見学してくるよ」

「分かった、いい部活が見つかるといいな。また明日聞かせてくれ」

「もちろん。また明日な、陽翔」


校庭の桜の木には少しずつ緑が増え始めている。本当にこの学校の生徒になれたんだな。ここにあの声の人がいるわけだけど、何組なんだろう。また声を聞きたいな。

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