Ⅵ この街を救う小娘⑤
アスウェール住宅地には、既に避難者用に避難施設が多数開放されていて、避難ができた住民はみな安堵し、これからの生活への不安を募らせていた。翔子は少年と名草の看病につきっきりであった。海斗は水を飲み、かなり黒煙を吸ってきたからか、起こる胸やけに耐えていた。そういえば、武装集団は結局どうしたのだろう。
「あいつらは名草が全員潰しちゃったにゃ!」
ひょうきんな声でスージーが海斗の心の中の疑問に答えた。海斗は思わず飲んでいた水を吹き出してしまった。
「えっ…」
「名草は感知したにゃ。自分と同じ『コアデータ』を持つグライフを」
名草が幾度の入院を繰り返すたびに、名草の生理機能の弱い部分を補助する目的で導入した『コアデータ』。それは、確かに自分が施術したからはっきりと覚えている。“あいつ”と同等のコアデータを埋め込んだのだ。グライフは、権威様が何故かつけたおまけか知らないが、グライフ同士を寄せ付ける機能がある。それは、海斗が思うに、只でさえ人間とグライフが差別化されるのだからとつけたグライフの自己防衛用のものなのだろうが、それがまさかの名草に反応してしまった。それも相手は…。
「X。Ver.X。おみゃーらの、大事な仲間」
「…」
「今更コアデータを抜いても、次は小娘が生きていけないにゃんね。」
スージーは話しながら歩いていく。スージーが歩いていく先には、翔子と少年と、名草の姿がある。
「今まで、にゃーも含め、小娘には普通の“ヒト”としての人生を歩ませるために試行錯誤してきたにゃ。小娘の記憶を改竄してまでも」
スージーは名草を見つめながら、海斗に語り掛ける。
「でも、すべては“真似事”にゃ。あえて言わにゃいけど、海斗もわかっているにゃよね?」
海斗はさっきの少女…Xの言葉を思い出す。『生きるって、自分の意思でしょ』…。
「にゃーは知らにゃいにゃんよ。海斗や翔子、『市長』や『社長』、『由紀』が想いを寄せる存在を…。父親だけでなく、周りの人間を惹かれさせて、自分の意思を貫き死んでいった存在を、にゃーは知らないにゃ」
『こんなの間違ってるよ。命は一つだからみんな一生懸命になるんじゃないの!?』
『絶対に私は行かない。皆は本当にそれでいいの?』
『生きるって、そんなに軽いものなの?』
“あいつ”の言葉が鮮明に脳裏に蘇った。“あいつ”は『最期』まで、自分の意思を曲げなかった。
「にゃー達は、第二の命を与える仕事をしているにゃん。決して、『第二の存在』を作り出すためじゃないにゃんよ。海斗はそれに気づいて、ファクトリーを抜けたにゃんよね?」
「…そうだ」
「…小娘は戦わなければならないにゃ。結局は犯してしまった『罪』。小娘は生まれながらに、その姿と生まれのせいで、戦わなければならない身になったのにゃ。例えにゃー達が努力しようと、運命は変わらにゃい。死んだ人間が、二度と『同じ姿で蘇らない』ように…」
『人間、いつか死ぬよ。でも、いつ死ぬかわかんないから、一日一日を懸命に生きれるんでしょ?』
『私は、一人しかいないよ』
「小娘が機械に興味を持った。そして自身と同じものに惹かれ、家を出て、勝手に体が動き、敵を潰していく…。小娘の“データコア”はおみゃーらの大事な仲間と本当にそっくりに構成されているにゃ。“第二の命”を嫌う意思が見えるにゃ」
「…だから、躊躇なく…」
「もしも真実を知ったら、どうなるにゃんかね?…でも、それも覚悟しなくちゃいけにゃいにゃん。にゃー達はもう、小娘の歩んでいく道を見守るしかにゃい…。にゃーは思うにゃ。この小娘は、人間とグライフを繋ぐ架け橋になるにゃ。…今はただ、グライフを嫌う傾向が強いようにも見えるにゃんけど」
「そりゃそうだ。なんせ両親どっちも殺されて亡くしてるんだから」
「その記憶さえも消したにゃんなのに…」
「翔子が前、グライフと縁のない生活をさせようとしてグライフを嫌うように思い出を入れたとか…」
「蘇生施術者がやることじゃにゃいにゃん!」
「まあな…自分たちが、やらかしたことだしな」
海斗は再び水を飲んだ。ぬるい。飲み干して翔子を見ると、翔子は泣きながら名草を抱いていた。名草の目は開いていた。と、その隣で少年が呆然とその光景をみていた。少年もまた、目を覚ましたのである。翔子のもとに歩み寄ろうとする海斗に、スージーが話を付け加える。
「小娘は、大事な大事な娘にゃんよ。決して、誰の代わりでもにゃい。世界でたった一人の少女にゃん。忘れにゃいように!」
「はは、わかってるさ。翔子をそっちにやるから、同じことを話しておいてくれ。翔子は、もっと話すのが大変だと思うけどな」
「確かににゃー!でも、任せるにゃん!」
スージーは自身に満ち溢れた声で鳴いた。海斗はスージーに微笑むと、名草と少年、翔子の元へと歩いて行った。高校、反対していたが行きたい高校に行かせよう。部活も応援しよう。たった一人の、名草のために。
ここから、いや、名草の誕生から始まる、たったひとつの『命』のための物語。
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