Ⅴ この街を救う小娘④

 グールテール住宅街は、酷い有様だった。沢山の一軒家が立ち並ぶこの住宅街は、大半がトリルノース市制施行前からあった家々である。それ故に、木造建築のものも少なくない。不運にも、爆発物があった場所が丁度木造の一軒家が立ち並んでいた場所であったために、火の手は一瞬にして広がっていったようだった。黒煙が立ち込めるこの街で、住民はどこに逃げればいいのかわからずにただ走り回っていた。バイザーが現状の情報収集の結果を表示する。どうやら、避難場所である建物でも爆発が起き、避難ができなくなってしまったという。凍てついていたはずの海斗の腕は、この豪炎の熱で溶け切ってくれた。翔子は「住民をできる限り遠くへ」と海斗に提案した。バイザーが安全区域を算出した。第三地区方面にある、『アスウェール住宅地』へ向かえばひとまずは助かるそうだが…。問題は、住民にどう勧告すればいいのか…。海斗が思案に暮れていると、街のスピーカーから聞き慣れた声が響く。


「避難警報、避難警報、住民の皆さんは、アスウェール住宅地方面へ避難してください、ヤヨイ住宅地方面は爆発物がある可能性があります、早急に避難してください…」


 翔子も、この声に聞き覚えがあるのか、激しく動揺した。海斗も戦慄する。この声は、“あいつ”と“あの子”の声に酷似している。しかし、“あいつ”が今ここにいれば大問題で、“あの子”がここにいるのならば今すぐに会って説教をしなければならない。夜の外出は認めていない…というのはもとより、こんな危ないところまで、何をしに来たのか…。いや、“あの子”は今家にいるのだ。此処に居るわけがない。なら…。


「…海斗、私は住民をアスウェールまで誘導する」


 翔子が海斗に同意を求める。翔子は何となく察しがついていた。この放送の主の正体を、海斗が気になっているのだろうということ。もう一つ、自身の家族の安否が知りたがっているのだろうということ。ここは、海斗の実家があり、尚且つ、高校時代の思い出がたくさん詰まっている街なのだ。そうのこのこと自分まで避難するわけにはいかないのだろう。


「バイザーを貸す。気をつけろ。火に巻き込まれるなよ。俺達には名草がいる」


「…お互い様でしょ!」


 翔子はバイザーを海斗から受け取る。海斗は走り出した。自身の親が住む家に、自分の甥がいる家に…。


 海斗には兄がいる。かなり年の離れた兄弟だった。それ故か、全くと言って良い程相手にされず、関わるときはいつも『近所の子供』扱いをされていた。そんな兄は結婚し、子供を設けた。しかし、以前の第一地区襲撃事件の際に嫁諸共命を落とした。兄もまた、グライフに殺された一人。兄は、蘇生法が適応されなかった。脳死判定の遺体に蘇生法は使えない。研究者でありながら、実際の『蘇生執行者』である海斗に、兄の遺体が回ってきた。しかし、蘇生前診断の地点で、脳死判定が出た。例え関わりのなかった兄だとしても、自身、いや、“自分たち”が作り出した“第二の命”が自身の身内を殺すなどとは想像していなかった。当然涙を流した。頭に銃弾を貫いた痕を残した兄の前で。


 そんな兄の子供は、名草と同い年の少年だと聞いている。海斗は、自身が少年の叔父だと明かすことで、名草が偶然少年に出会うことで本当の親ではないと知られてしまう危険性を考慮し、兄の死後は実家に預けていた。一緒に少年も家に置いてやればいいという話でもなく、名草に隠している“真実”を暴かれたくないがための、海斗なりの足掻きだった。しかし、それでも心配だった。自身の親も、自身の甥も。避難できているといいが…。海斗は黒煙の中を走り抜けた。しかし、突然片足を何者かに掴まれた。


「うぁっ!!」


 勢いよく倒れてしまった海斗は、すぐに立ち上がろうとした。しかし、次に両足を共に掴まれてしまう。海斗は必死に振りほどこうとするも、強い力で足を掴むそれは、海斗を離さなかった。“それ”は、上半身しか存在していなかった…。


「…え」


 しかし海斗はすぐに気づいた。どうやらこれは今何者かによって斬られた後。流れる血は鉄臭さを感じさせない。この血はグライフ用の機械油。


「エックス…サマガ…ワタシヲ…」


 エックス…X!?海斗は放送の主の正体を確信した。やっぱり、“あいつ”だったのだ。しかし、“あいつ”はグライフだ。何故、同種であるグライフを斬ったのだろうか…?答えは、海斗の実家に着いた地点で判明した。轟々と燃え盛る街の中、また海斗の家も燃えていた。その家の屋根の上に、見覚えのある姿があった。


「はやく脱出するにゃ!じゃないと、この小僧の灰がやられちゃうにゃんよ!」


 猫が少女を急かす。少女の背中には少年が背負われていた。


「少しは私の心配もしなさいよ~!ま、行きますか!」


 少女は屋根から飛び降りた。それに続くように、猫が飛び降りてくる。その時、少女は海斗と目を合わせてしまった。


「…!お父さん…」


 その少女は、名草だった。名草は父親を見て少し動揺するも、背中の少年の身を案じて、すぐに走っていこうとした。しかし、父親である海斗は、名草の腕を掴み、引き留める。


「なにやってるんだ!!!どうやってここまで来た!!!危ないじゃないか!何を考えてる!」


 怒鳴り散らす海斗に、名草は淡々と答える。


「わかんない、何となく、来なくちゃいけない気がして」


「…にゃ!海斗、この件については後からにゃーが説明するにゃ!とにかく、今は逃げるのが最優先にゃ!この小僧も、おみゃーの大事なものにゃん!」


 海斗は名草に背負われている少年の顔を見た。今は眠っている少年の顔立ちは、自身の兄とよく似ている。そうか、こいつが、兄の子供なのか。ここで、海斗ははっとする。


「…父さんと母さんは…!?」


 海斗が名草に尋ねると、名草は苦い顔をした。どうやら、間に合わなかったようだ…。これ以上聞くまい、と、海斗は名草に逃げようと言った。名草は同意し、安全区域まで走り出した。


 黒煙は薄れてゆき、あともう少しでアスウェールに着く。一同が安堵したその時、海斗の足元にまたしても銃弾が当たる。グライフ・ラボに向かう道中と同じような…。


「あらあら、面白い小娘がいるじゃないの、あの子に似ちゃって…!蘇生させて、逃げられたから今度は…って、グライフ研究の権威は何考えてらっしゃるのかしらねぇ…?」


 夜特有の暗闇の中から滲み出るかのように、一人の女が現れる。カールのかかった長髪をなびかせ、黒いスレンダードレスに身を包んだ女の片手にはその美しい容姿に相応しくない拳銃を収めていた。そして、女は名草に銃口を向ける。


「私たちはね、依頼者に頼まれてるの。『宮村 志乃舞のデータ』を奪えと…」


「持ってねえよ!俺たち…そもそもこの子には何の関係もない!残念だがデータは、俺じゃなくて…」


「香月さんかしら」


「…!?」


「いや、権威に持たせれば即危険が及ぶ…。だから、志乃舞の旧友に管理を任せた…ってとこかしら?」



 女は拳銃を眺めながら淡々と喋る。海斗は図星をつかれ、口籠った。“あいつ”のデータは、確かに本来ならば女の言う“権威”が持って然るべきなのだが、実際この女の求めているデータコアはフェイクで、表向きでは研究データ等はグライフ・ラボの蘇生施術者『香月 翔子』が管理しているということになっている。しかし、それは当の権威を守るための防波堤のようなものである。しかし、ここでデータが偽物だと公開するわけにもいかない。それを教えれば、すぐに権威に魔の手が及ぶ。それは、海斗も、翔子も、きっと『志乃舞』も望んではいない。


「それじゃあ、その香月翔子の所まで連れて行って頂戴。じゃないと、この偽物の命が無いわよ?」


 女は銃口を名草に向けた。「偽物…って、意味わかんないし…」と名草がため息をついた。女がそれに反応する。


「ふぅん…?自分が『偽物』だと自覚してないわけ…ああ、知られちゃ困るのか、自分が他人の心の穴を埋めるだけの愛玩道具に過ぎないことを!」


「てめえ!それ以上喋るな!」


 海斗がポケットから小さい箱を取り出し、変形させた。変形した箱は普通のものよりも大きい『鎌』に変形した。海斗は、その刃を女に向けた。


「ふんふん。そこまでこの偽物を可愛がってるのね。“本物”が知ったらどうなるのかしら?ねぇ、X様?なぁんてね…」


 女は冗談で“本物”の名を呼んだ。筈だった。冗談ではなく、本当に現れたのだ。突然辺りが紅く染まった。それは、女のものであった。黒のドレスが真っ二つに割かれ、鮮血を散らす。女もまた、真っ二つにされてしまったのだ。女の血は鉄臭い。この女は…人間だった。


「人間…だった…」


 名草は少年を背負ったまま、へなへなと座り込んだ。海斗はここで、さっき自分の足を掴んできたグライフを斬ったのは名草だと確信した。海斗は名草の代わりに少年を背負った。今、人間を“斬った”のは…。


「キカイはヒトの一部を射る、ヒトはキカイのすべてを壊す」


 そう呟きながら現れたのは、それはまた大きな鎌を背負った少女だった。白いワンピースに裸足。長髪を二つに結った少女は、確かに名草にそっくり…いや、瓜二つだった。唯一違うのは、目の色。名草は赤で、この少女は青。


「おっと、私のそっくりさん」


 少女はすたすたと座り込んだ名草に近づくや否や、名草の左腕を掴み、袖を捲った。


「…前の痣、ない。そしたら私と瓜二つ」


 そう呟くと、少女は突然片手を『スタンガン』に変え、名草の左腕に当てた。


「…!?!?!」


 そのスタンガンからは、常人が受けたら即死するレベルの電流が流れていた。当然名草は気絶し、その場に倒れた。少女は倒れるまで名草を見つめた後、海斗の方を向いた。


「グライフはヒトの体の一部を狙う。自分と同じ仲間をつくりたいから。この女は、狂人」


 少女はいまだ煌々と燃え盛る住宅街に目を向けた。海斗は呆然と、少女を見つめた。


「生きるって、自分の意思でしょ」


 そう言い残して少女は豪炎に溶けていった。その場に残ったのは気絶した名草、未だ眠り続ける少年、そして海斗とスージーだった。スージーが「はっ、急いで翔子と合流するにゃー!」と鳴いた。海斗はその一言で正気を取り戻した。しかし、現地点ですでに二人、意識がなくなっている。少年を無理矢理起こすか…?そう考えていると、アスウェール方面から翔子が走ってきた。


「わー!遅いよ海斗!死んだかと思った!…って、名草!?何でここにいるの!!!」


「にゃー!!その話はあとでにゃーがするにゃ!!!!翔子、さっさと小娘を背負って逃げるにゃんよー!」


 思いがけない娘の登場、そして気絶に動揺する翔子をスージーが慌てながら宥める。翔子はひとまず名草を抱き、安全区域まで走っていった。


 

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