Ⅳ この街を救う小娘③

 名草、齢十四。無事に中学校に入学し、現在は中学二年生。通っているのは名草と暮らすために海斗と翔子が建てた新居から近い中学。住居はストーンモール一番街に近い、ブェルムゼロ住宅街に構え、名草は何ら変わらない普通の女の子として生活していた。海斗と翔子は名草に不自由なく生活させるため、名草のケアを欠かさず、その傍ら、自身の本業である『グライフ研究員』として活動を進めていた。名草が保護された初めの場所も、その研究施設である、『グライフ・ラボ』である。


 現在の季節は真冬の候。夜遅く、名草が帰宅すると、海斗がリビングのテーブルに座り、名草の料理を用意して帰りを待っていた。


「ただいま!お父さん!」


「おう、ナグ、部活はどんな感じだ?」


「いい感じー!ご飯食べていい!?」


「先に手を洗いなさい!」


「はぁーい…」


 名草は中学に上がると、部活に入ったようだった。海斗は実は何の部活に入ったのか聞かされていないが、名草が楽しそうなのと、翔子が言うには“文化部系で、“—―もやっていた部活”だというから、勝手に想像している。ここまでくると、まるで本当の父親をやっているかのようになる。この娘とうまく話せない気持ちとか…。父親というもどかしさ、難しさを痛感しながら、日々を過ごしていた海斗であった。名草が手洗いから戻ってきて、勢いよく料理が置いてあるテーブルの椅子に座った。「いただきまーす!」と合掌し、ばくばくと料理を次々に口に運んでいく。名草は本当に変わった。保護されたあの日の名草と比べると、一転して明るくなったし、活発な少女になった。しかし、今の名草に、その時の記憶はないが…。


「…そういえば」


「ん?」


「成績表、今日返ってきたろ」


「ごほっ……ええ、な、なんのことー…」


「成績表だよ。今日終業式だったろ」


「…学校においてきた」


「嘘つけそこに放り投げてるバッグの中に入ってるだろ」


「ひいっ…察しがよろしくて…」


「いいから見せなさい。俺お前の成績表、中学に上がってから一回も見てないわ」


 小学校の通知表すらも本当は見ていないが…。


「まぁお母さんに見せてたし」


「俺も見たい。お前来年には高校受験じゃねぇか。志望校合格のためには成績は大事だ」


「むぅ…。待ってね~」


 名草が席を立ち、しゃがみこんで通学鞄から成績表の入った封筒を取り出し、海斗に手渡した。海斗は中身を取り出し、通知表を開いた。


「…五段階評価で3ばっかりかぁ…」


 海斗が通知表を見ている間に名草はそそくさと席に戻り、再び料理を口に運び出した。海斗が一通り各教科の評価を見終え、学校生活の評価欄に目をやった。部活動欄を見て、思わず目を丸くした。


「おい!お前ロボット研究部なのか!?」


「ん?そうだけど」


 名草は平然として答える。海斗は驚きを隠せなかった。“――もやっていた部活”だというから、別の部活を想像していた。あいつは確かにその“別の部活”の時期もあったが…。翔子は、わかっていたのかもしれない。海斗が知ったら、名草の意思に関係なく、やめさせるかもしれないと。


「…女の子は、いるのか?」


「ううん。私だけ!」


 ああ、同じ、同じだ。海斗は呆然としていた。自分の娘は、“あいつ”と同じ道を歩もうとしている!まさか…。


「名草、高校はどこにするか…決めたのか?」


「んっとねー、トリルノース工業学院…かな」


「はぁ!?」


 突然声を荒げた海斗に、名草は恐縮する。その拍子に、名草の右手の箸はするりと名草の手をすり抜け、床に落ち、音を立てた。名草の言うトリルノース新技術工業高校とは、かつて海斗や翔子、そして“あいつ”も通った工業高校を前進として、トリルノース市制施行を機に開校した工業高校である。前進の頃よりあった機械科、土木科、電気科、情報科、環境科と、新設される『グライフ工学科』を追加した六科で構成されたトリルノースの精鋭を育成するための高校と成り代わった。海斗にとって、その前身であった高校は“すべての始まりの場所”だった。


「何科に行くんだ…?」


「機械科!」


 名草は気を取り直し、海斗の質問に答えた。また“あいつ”と同じだ!


「名草、悪いことは言わない。もう少し進路を考えてみないか?」


「なんで?T2(Trillnorth Technical)なら、ロボット競技チームが強いし」


 また“あいつ”と同じだ。


「他にも強いチームはある…探しておいてやろう」


「やだよ、オープンスクールの予約取ったもの」


「行くだけ無駄だぞ」


「お父さんたちだって出身校でしょ?名前は変わったけど」


「そうだ。だからこそ、お前の成績じゃあ受かるのは難しい」


「なんで決めつけるの?まだこれからだよ」


「あと1年でT2に近づけると?それは父さん難しいと思うなぁ」


「何にも知らないくせに!もういいよ!!お母さんにはだいぶ前から話してるから!」


 名草は食べ終えないまま、荷物を持って自分の部屋に戻って行ってしまった。海斗はここで冷静を取り戻し、腕の電子時計から翔子に電話を掛けた。翔子と電話が繋がるや否や、「まずい、早く来て」という叫びが聞こえた。海斗はその叫びを聞き、嫌な予感を察知した。海斗はすぐさまコートを羽織り、家を出た。それを、一人娘が見ていたのに気づかぬまま。


 海斗は第二地区にある『グライフ・ラボ』まで車で向かった。しかし、その道中、何者かの銃弾がタイヤに当たってしまった。急ブレーキをかけ、海斗は車を止めた。車の外に出た瞬間、またしても足元付近に銃弾が飛んできた。あと数センチ前に出ていたら、足に穴が空くところだった。


 車を停めたところから研究施設までは走ればそう遠くない距離であった。度々飛んでくる銃弾を避けながら、海斗は『グライフ・ラボ』に到着した。勢いよく扉を開けると、そこには翔子と、翔子を取り囲む武装集団がいた。翔子は片手を後ろに向けている。きっと、『データコア』(2019年で言うUSB)を握りしめているのだろう。


 海斗はコートのポケットから小さな箱を取り出し、変形させた。小さな箱は姿を変え、拳銃となった。ただの拳銃ではなく、電気砲である。


「離れろ!」


 海斗が声を上げ、武装集団の方に銃口を向ける。しかし、武装集団もそうのこのことその場を離れるわけもなく。多数の銃口が海斗に向く形となってしまった。そのうちに翔子だけでも逃がそうとしたつもりが、翔子が動いたのに気づいた武装集団の一人が翔子に銃口を向けた。


「俺らが欲しいのは『宮村 志乃舞』のデータコアだ。それさえくれれば、ここから立ち去る」


 武装集団の一人が海斗に交渉を持ち掛けた。『宮村 志乃舞』…つまり、“あいつ”のことだ。“あいつ”のデータは、このトリルノースに暮らすすべてのグライフ達の基盤となるものだ。悪用されれば、生きている人間たちだけでなく、グライフとして生きる人々や生き物にとっても最悪な事態になる。トリルノースが、滅亡してしまう。渡すわけにはいかない。


「なぜそのデータの存在を知っているのか不思議だが、生憎そのデータは口外厳禁、非公開のウチ限定のデータだ。どこの馬の骨とも知れないやつに、『志乃舞』は渡せない」


「ほう…そりゃあ大事な大事な『お仲間さん』だからねぇ…。そう簡単に渡しちゃくれないか。なら、まずは前菜から」


 武装集団の一人が指を鳴らす。その途端、外から爆発音が聞こえた。この研究施設の外は…第二地区で最も大きい住宅街、『グールテール住宅街』がある。まさか、そこに爆撃を仕掛けたのではないか…。


「安心しろ。しっかり、お前の故郷に焼き印を付けておいたからな」


「…!」


 海斗は顔を青くし、拳銃を落とした。拳銃が床に落ち、音が響く。武装集団の一人がもう一度指を鳴らすと、今度は二回、爆発音が聞こえた。海斗は顔を引きつらせながら、自身が落とした拳銃に手を伸ばした。すかさず、武装集団の一人が引き金を引いた。銃口から放たれたのは氷の塊だった。氷の塊は海斗の伸ばしていた右腕に命中した。この氷の塊は、打ち抜くためではなく、『身動きを取れなくする』ために用いるものだ。


「…!」


 みるみるうちに海斗の右腕が凍っていく。呆然と立ち尽くす海斗に、翔子は呆れてしまった。


「情けない!そんなのでナグの父親だなんて名乗るんじゃないよ!」


 海斗はその言葉で、はっとした。そうだ。俺は、ナグの父親だ。“あいつ”と瓜二つの、黒髪の少女の。


『海斗、この機構どうやって動かすんだっけ?』


『海斗が次2号のチームリーダー?海斗がリーダーなら安泰だよ~!よろしくね!』




『もう少し、自分の意思を持ったほうがいいよ、松崎』



 凍った右腕。手先までは、まだ凍っていない。海斗が凍てつく右腕を無視し、拳銃を拾い上げる。じわじわと腕は凍り付いていく。その中で、海斗は引き金を引いた。


 銃口を天井に向けて。


 銃口から電気玉が放たれる。電気玉は天井にぶつかり、閃光を放った。


「今だ!翔子!」


 翔子は白衣のポケットに入れていたサングラスを掛け、走り出した。このサングラスは、海斗の拳銃によって作り出される閃光に適応したもので、視界が眩しく、目を開けられない武装集団を避けながら、海斗の手を掴み、外へ脱出した。


 外へ脱出すると、今度は黒煙で視界が悪くなっていた。研究施設は住宅街から少し離れた場所にあるのだが、ここまで黒煙が来るとなると…。海斗は拳銃を小さな箱に姿を戻した後、もう一つの小さな箱と取り換えた。その小さな箱は、通信機能の付いたバイザーに形を変えた。バイザーを装着すると、海斗の視界に現在時刻、現在位置が映し出される。


「翔子!行くぞ!」


「わかった!」


 バイザーの視界クリア機能で黒煙の中周囲を見渡せるようになった海斗が、翔子の手を引いた。向かうは、グールテール住宅街。海斗の生まれた街。

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