ハロウィンとおちゃん

跡部一樹

第1話  ハロウィンとおちゃん

 今日は待ちに待ったハロウィンだ。


 中学生は夜中に外へ出てはいけません。門限は9時まで。


 なんて母さんは言うけれど、そんなの知ったこっちゃない。


 今日は待ちに待ったハロウィンなのだ。






 いつもと違う不思議な夜






 僕は母さんの目を盗んで家を飛び出した。


 お気に入りのヒーローのコスプレを部活で使うでっかい肩掛けのバッグに詰め込んだ。


 自転車に乗って駅まで走る。




 時刻は18:00




 普段なら部活でがんばってるか、近所の塾に行ってるか、そんな時間。


 今日は、今日だけは、いつもと違うことをして、いつもと違う場所に立っている。




 西日暮里のプラットフォームは思ったより賑やかだった。


 お兄さんもおじさんも、お姉さんもおばさんも、みんなどことなくウキウキしているように見えた。




 電車が来た。




 黄緑色した電車がホームに止まる。乗車すると、中は思ったよりゴミゴミしていた。


 ちらほらと、大きな荷物を抱えた人がいる。


 すぐ隣でも、綺麗なお姉さんが大きなバックを抱えていた。






 もしかしたらハロウィン行くのかな?






 なんとなく、そんな気がした。そうだと嬉しいと思った。


 電車が渋谷に止まる。僕は一番に電車を降りた。


 プラットフォームに立って振り返ると、お姉さんも降りていた。


 とくに理由はないけれど、なんとなく嬉しくなった。








 渋谷はハロウィンでごった返していた。


 見渡す限り、人・人・人。


 見るだけで酔ってしまうほどに人がごった返している。


 立ち尽くしていると、後ろからきた通行人とぶつかった。


 驚いているばかりじゃいけない。


 僕は急いで神宮通公園の特設テントに向かった。けれど、うまくいかない。






 人と人がひしめき合う、波のような人のうねりが僕を阻む。






 進みたくても、うまく前に進めない。


 人の波を掻き分けて、どうにかこうにか神宮通公園の特設テントに着いた。


 テントに着くだけで僕は汗だくのへろへろで、息がきれてしまった。


 バッグを開ける。


 お気に入りのヒーロースーツを目にして、僕はにやりと笑った。


 ようやく遊べる。それが嬉しくて疲れなんか吹っ飛んだ。






 今日、僕はヒーローになる。






 たった一日の、ちっぽけなヒーローだけど、ヒーローはヒーローだ。


 誰にも文句は言わせない。言ったヤツにはデコピンしてやる。




 得意のヒーローポーズを決めて、僕は渋谷の街にくりだした。


 道玄坂のスクランブル交差点にはコスプレの集団でいっぱいだった。


 漫画やアニメのコスプレとか、


 流行りの芸人さんやアイドル。


 メイドさんネコさん大仏のお面を被っている人とか。


 ふいに、強い視線を感じた。




 大仏さんがこっちを見ている。




 なんだろう。

 

 変なところでもあるのかな。


 気になって自分の服を見てみる


 別に変なところはない。破れてもいない。


















「お父さん?」















「違う。私は神だ」


 それを言うなら仏様なんじゃないかな。









 僕がじっと視線を投げかけていると、父さん(大仏)は目を逸らした。


 気になったので近づいてみる。


 顔は隠しているけれど、背格好も、節くれだった掌も、手に提げた鞄も、くたびれたスーツも、みんなみんな父さんだった。


 大仏が狼狽えている。


 神々しき存在のはずなのに子供がコスプレしたヒーローにたじたじだった。




「母さんには、ないしょだぞ」




 観念した父さんは情けない息を吐き出した。


 現実逃避していた自分が急に恥ずかしくなった。そんな感じだった。


 反省している。もうしません。


 口には出さないけれど、哀愁漂う父さんの背中にはそういう雰囲気があった。




 けれど僕は許さない。


 絶対に、絶対にだ。




 なぜなら父さんは母さんに迷惑をかけている。


 本当なら、今すぐ家に帰って母さんと夕ご飯を食べなければいけないのだ。


 けれど、父さんは渋谷で遊び惚けている。

 

 すなわち悪だ。


 だから僕は許さない。




「父さんジュース買って」




 だから罰としてジュースを奢らせた。


 フライドポテトもだ。


 コンビニでホットスナックとアイスクリームも買わせた。


 そして僕は口を油でギトギトさせてハロウィンを楽しんだ。


 渋谷でした父さんとのハロウィンは初めてがいっぱいだった。


 外国から遊びにきたお兄さんお姉さんと写真を撮った。


 あそこにもここにも笑顔が溢れていた。


 ただ、お巡りさんは眉間に皺を寄せていて、大変そうだった。




「イエーイッ!」


「イエーイッ!」




 夜も更けてきて、僕はバカみたいにはしゃいだ。


 ジャンプして、手を叩く。


 普段なら絶対しないことを歩行者天国になった路上で父さんと遊びに遊んだ。


 僕の隣りではヒーロースーツを着こんだお兄さんが飛び跳ねている。


 アメリカからの海外留学生、アダムスさんだ。大仏の父さんが目新しくて、よくわからない内によくわからない感じで意気投合したナイスガイ。


 アダムスさんのカノジョのジャクリーンさんはメイド服のコスプレをして艶めかしくポーズを決めている。


 ちょっと改造したメイド服は胸元が開いているタイプなので、ついつい見てしまう。


 失礼かなと思ったのだけれど、父さんが「今日は無礼講」魔法の言葉を教えてくれた。なので問題はない。




 ヤンキーの兄ちゃんがアスファルトを駆けまわる。警察が追いかける。


 通りすがりの野次馬が囃し立てる。今日も渋谷はなんだかんだで渋谷だった。




 雑踏に紛れて、僕と父さんは肩を並べた。


 ハロウィンを振り返る。


 大好きなコスプレを渋谷でして、笑顔になった。


 珍妙な大仏がきっかけで友達ができて、国際交流までやっちゃったのは驚きで、嬉しかった。


 渋谷のネオンサインに夜の景色が照らされる。


 微かな明かりに映る父さん横顔は自然で無邪気だった。


 仕事疲れが消えた本当の笑顔。


 嬉しくて、嬉しくてたまらない笑顔だった。


 こんなに自然に笑う父さんを見るのは初めてで、一緒に笑える自分がなぜか誇らしくて、嬉しかった。




 本当に楽しくて、奇蹟みたいな夜だった。




※追伸

 夜遅く家に帰った僕と父さんは、

 夕飯を用意して待っててくれた母さんにすっごく怒られました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハロウィンとおちゃん 跡部一樹 @atobekazuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ