夏休み明けのホームルーム、何食わぬ博士
「おぅおぅ!朝から〝夫婦喧嘩〟って、元気なもんですなぁ!」
「あ、英吉、おはよう!」
そんな雪奈とのやり取りと、凄まじい空気を発散してくれる、我らが清涼剤の登場、英吉が、登校したてで。
僕は、これは救いだと、話題を切り替えた。いつも、夫婦だの茶化されるけれども、今回は渡りに船だ、面白い話題を言ってくれるさ。
朝の挨拶をしたならば、気の知れた感じに手を上げて。
「おう、おはよう!今日は清々しい。二学期の始まりに、俺のハーレム計画の始まりには相応しい朝だぜ!」
大袈裟な煽り文句含めた挨拶を返してくれた。らしいなと、僕は笑う。
「……あっ!優くんおはよう。それと、レンくんと、ええと猫耳さんも、おはよう。」
英吉から遅れて登校の、歩。オドオドした様子は相変わらずで、その挨拶もいつも通り。
この時、こうしていつもの面々揃いに、プラス灰色ノルの構図が出来上がった。
そんな集まる中で、やはり一番に声を上げるのは英吉だ。
「さて、こうも揃うと、壮観だな!」
六人も揃うなら、そう感嘆も漏れる。
「ま、いつも通り、今日も張り切っていこう!てな。まあ俺は今日はいつも以上に楽しみさね。何せ、あの行き遅れがいなくなって、後任が誰になるやら、もう、登校している時から楽しみで楽しみで。へへっ!」
続けざまの内容、それに僕には、少し暗くなる。今まで担任だった博士の急な失踪は、解決していないものが残された感がして、今だ晴れやかでもない。何より、今まで一緒にいた灰色ノルを置き去りにしてまでの、その理由、それは何?
霞がかった現在、僕の心に堆積する。
「……でも、博士いなくなったなんて、まだ分からないし……。」
僕の気持ちを代弁したのは、歩。
「ふぇ?博士いなくなったの?」
雪奈は聞く。もう、先の不機嫌はなくなり、いつも通りのほんわかのんびり屋だ。
そう言えば、雪奈は知らなかったな。
「そうそう。だってよ、この前職員室見たらさ、博士の机の上、まっさらだったんだ。これは、もう二学期に入る前に出て行った、としか考えられねぇだろ?」
「……そんなぁ……。お別れもなしに……。」
補足してくれる英吉、聞いた雪奈は悲しそうに項垂れた。
「ま!そんな顔しなさんな!いなくなってしまったのは仕方がない。それよりも、新しい担任が誰なのか、予想してみようぜ?」
どうしてそうなったのか、そんなことは僕らに知る由はない、切り替えて明るくなろうぜ、と元気づける英吉。僕もまた、……疑問は晴れないままながらも、どうしようもないのなら、仕方ないと思うことにする。
「……でもぉ……。」
雪奈は心残り極まるままで。
その僕らの空気を変える、教室の戸が開く音、教員の入ってくる足音に、他のクラスメイトは一斉に席に座り、教壇に向き直る。
「ちぃーす!皆大好き、矢矧せんせいだぞー!はーい、席ついてー!いつも通りの出席採るぜー。」
「ずこぉぉぉ!!」
入ってきて早々の、挨拶といい、口上といい、そんなこと言うその教員は、博士だ。
僕も教壇に向き直ったなら、その姿、いつもの白衣に、ボサボサ髪、間違いない博士だ。
何食わぬ顔で、そこにいる、主。英吉は見たなら、席から思いっきり落下、僕に至っては想定外に目を点にする。
「おーい。欠席扱いするぞ、もがみん。そ・れ・と・も、先生の特別授業受けたい?」
「……。」
英吉のその様子に、注意が飛ぶ。英吉は何が何だか分からない様子で、席に戻る。
「おー……。皆揃ってる揃ってる。遅刻もなし。特に、〝初風夫妻〟がここにちゃんといることが驚きさね。今日はドカ雪でも降るのかねぇ?」
「!!」
与太話交え、点呼採る博士。その与太話に僕は顔を赤くした。何も隠されていない、それは博士そのもの。
決して、誰か成りすましている、ということでもないようだ。
「おー!いいねぇ。欠席もない、こんな夏休み明けに。あたしゃ嬉しいねぇ!先生感動したよ!皆元気にやっていたようだからな、夏バテもなく。よぅし!始業式終わったら、皆で抜き打ちテストすっかぁ!」
「「!!!!!」」
ホームルーム中に、勝手に感動しては、勝手に恐ろしいことを口にする。その瞬間に、クラスメイト全員の頭の上に、〝!〟マークが出たのを僕は感じた。あ、僕も上げた。
「おいおい!そんな顔すんなよ。夏休み皆勉強してたんだろう?いきなり言われてできないなんて、社会じゃ通用しないぜぇ?またよぉ、ここで自分の実力を見て、冷静に分析して、次につなげるって、重要なことなんだからよぉ。なぁ!もがみん。」
皆が突然のことに、驚きとまた、怯えの表情を見せつけてもなお、平静な博士、淡々と意義を語る。挙句、話は英吉に振られて。
「!!何で俺?!!!くそぅ!!この状況で何を……!!」
話振られた方は、やや慌て気味ながらも、何か打開策を探ろうとした。
「くそう!!三十六計逃げるに如かず、だ!!に、逃げろぉ!」
流石博士とやりあってきた人間だけはある、期待を裏切らないようで。教室中に響く、英吉の大号令。合わせて、駆け出す何人か、教室から飛び出していった。
「んもう……傷付くわぁ……。乙女の心に穴が開いちゃったぜ……。」
その光景を見て、多分本当は傷付いていないだろうが、博士はぽつりと言う。
―なーにが乙女じゃぁ!行き遅れ!!!
遠くでも、その声が聞こえていたんだろう、英吉の反発聞こえてきた。
「!!あたしの声が聞こえていたのかい?!う、嬉しいぜ!あたしをそこまで好きなのか?!なるほど、あたしともがみん、運命の赤い糸で繋がっていたのかっ?!なら、先生、今夜開けとくぜ!」
傷付いていたはず(?)の博士は、感動したのか愛の告白よろしくときめく。
―うぶぅ?!お、おげぇええええええ……。
……お見苦しい所、失礼いたします。遠くから、本気で戻した音が聞こえた。
幸い、映像が見えないので、音声のみでお伝えしております、なんちゃって。
「おおぅ!先生こんな気持ち初めてだ!!あたしの胸に飛び込んでおくれよぉ!」
などと言っては、腕を大きく広げ、英吉の声がする方に向き、飛び込んできても抱き締めるそんな様子を見せつけた。
―あぁああああああああああ!!!嫌だ嫌だ嫌だ!消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!お、俺の頭の中から消えろぉぉぉぉ!!!
その様子、英吉にも伝わっているようで、遠くから叫びながら、頭の中から想像と言葉を掻き消すよう、のたうち回っているようだ、そんな音が響いて来る。
「嬉しくて恋しくて仕方ないのかい!!いいぜ!今夜開いている!ついでに、今日のテストにプラスして、課題も、おまけとして、先生もつけてあ・げ・る(はぁと)!」
その嫌がる様子さえも、博士はポジティブ変換、求愛行動よろしく、セクシーポーズ、合わせてそのセリフが放たれる。
―うぎゃぁああああ!!
一際大きい悲鳴と、倒れる音、それからの沈黙。聞いたクラスメイトの内、何人かは、手を合わせ、そんな英吉の冥福を祈るかのよう。
僕も、静かに手を合わせ、目を瞑る。
……あんな奴だけど、女子好きで、女子をいじったりする意地悪なところもある奴だけど、ムードメーカーで、話し上手で、誰かに助け舟を出す、いい奴だった。
忘れはしない、英吉といた日常、ずっと忘れないよ……。
「っと……。皆が喜ぶいいお知らせがあるのを、忘れていた。おーい!戻ってきておくれよ、さっき出て行ったの。〝転校生〟紹介すっぞ!」
英吉と博士のいつものやり取りもこれぐらいとして、博士は締め、伝えるべきことを思い出し、そのためにと出て行ったクラスメイトに声掛けをする。
沢山の足音と共に戻ってくるクラスメイト、また、その中で、親切な人は、廊下に倒れていたであろう英吉を引きずって戻ってきた。
憔悴しきった英吉を席に戻し、その人も戻っていく。英吉は、本当に死んでいるんじゃないかと思うほど、生気のない顔をしていた。
僕は、そっとしておこうと思う。
博士は手を叩きながら、その〝転校生〟を呼ぶかのよう。誰だろう?
……いや愚問だ、博士の視線の先にいるのは、僕らの方であり、かつ、そんな人物は、灰色ノル、だ。
「!」
気づいた灰色ノルは、立ち上がり、複雑な表情ながら、博士の方に向かっていく。博士は、そんな灰色ノルの頭に手をやり、そっと慈しむように撫でる。
「さて、気づいている人もいるが、この娘がその〝転校生〟だ!……ほら、挨拶しておやり、好きなように、な?……あと、今までいなくてすまなかった。」
「?!えっ、でも……。」
博士が紹介する傍ら、そっとその猫耳に言葉を告げる。謝罪を含んだその言葉。言われた灰色ノルは、やや戸惑い気味で。それでも、何か決めたように、改まった表情で皆に向き直った。
「ええと……あたしは、〝灰色ノル〟です。灰色の、ノルウェージャンフォレストキャット、名前は、……まだないです。その……。」
「もしよかったら、あたしに素敵な〝名前〟をお願いします。」
「……その、よろしくお願いします。」
改まって自己紹介し、挨拶の口上で絞め、頭を下げた。変な自己紹介だと僕は少し、笑ってしまう。
「はい!拍手ー!」
博士の号令で、その挨拶に対し、称賛の拍手が送られた。
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