飄々とレンは現れて、教室では雪奈が怒っていて

 灰色ノルは一転怯え気味に、さっと僕の背中に隠れた。その目の前に現れた人物、その人はそう、……レン、だ。

 ただ、この前見た、特殊部隊よろしくの服装ではなく、いつもの学生服だが。

 また、肩の怪我はもう、大丈夫なのだろう、傷のありかを証明するものは見当たらない。

 その人物に対して、灰色ノルが警戒するのも無理はない、何せ、この間は、彼女を殺そうとした人物だ。

 僕は、そんな灰色ノルを庇うように手を広げ、行かせまいとする。

 レンは、黙ってそんな僕らの様子を見ているだけだ。

 そっと、鼻息一つ漏れたなら。

 「……何をしている?この場合は、〝おはよう〟だろう?」 

 無表情ながらも、なぜクラスメイトにそうする必要がある、という具合の意見。

 僕は、若干睨むように見て、沈黙を返す。

 「……。」

 僕が沈黙を返したら、レンも沈黙を。だからで、灰色ノルの怯えた小さな声が、やけによく響く。

 その彼女の様子を見て、僕はまたレンに向き直って、口を動かした。

 「……おはよう、レン。その、まだ、灰色ノルを……博士を……。」

 殺すのか。

 その問い。レンは、まだ沈黙して、目を瞑って思考。

 見開いて僕らを見据えたなら、その口を動かし始めた。

 

 「……その任務は終わった。いや、任務そのものが意味をなさなくなった、か。俺が送った灰色ノルのサンプル結果で、無害であることが証明されて、な。俺は上のことは分からない、上が中止だと言えば、中止、終わったと言えば、終わりだ。もう、その話はない。」

 回答。

 ならなぜ、僕らの通学路にいる?これから、さも学校に行こうとする?灰色ノルや博士の処分が任務であったのなら、終わったのなら、彼がいる理由がない。そこから溢れる、疑問の数々。

 「だったら、何で学校に?」

 僕は聞いてみた。

 「……詳細を教えることはできないが、別の任務だ。例の博士と灰色ノルの観察程度、そういう風に思ってくれればいい。」

 それにも回答してくれた。別件で、どうやら灰色ノルや博士に危害を加えるものではないみたいで。

 少しだけ僕は、ほっとした。ただし、灰色ノルはまだ、怯えていたままで。

 レンは灰色ノルのそんな様子を見ては。

 「……優、それは高校生のする話じゃない。別の話題を振れ。」

 「!」

 会話を変えろと言ってきた。僕は、はっとなる。いくら通学路とて、人の往来はある。秘密の話には不釣り合いだ。諭されたと、僕は話を変えるために……。

 「……じゃあ、レン。この夏休みの間、どこで何を。」

 少しだけ警戒気味に僕は、らしい言葉を投げ掛けた。

 「……。」

 するとレンは、自分の左肩を指さし、また、僕の腹部、そう、傷のある所を指さし頷く。

 そういうことだ、と。どうやら、傷の治療に専念していたと、いうことだ。だが、それは口にしていいんじゃないか、そう僕は思える。

 「……分かったよ。けど、それは口にしたら?」

 言ってみる。

 「……必要以外のことを口にしない。そうしている。最低限伝わればいい。」

 「ははっ……。」

 必要なこと以外を口にしたとの回答に、らしいや、と僕は口元が緩んだ。

 「……それよりも、これが必要な言葉だ。」

 「?」

 言ってくるレン。

 「……優のおかげで、助かった。ありがとう。優がああしてくれなかったら俺は、命を落としていただろう。」

 「!」

 それこそが、レンの必要な、言うべき言葉だった。僕はいきなり言われて、目を丸くする。

 ちょっとだけ、僕に笑みが戻ってきた。

 「……レンだって、僕を止血してくれたじゃないか。それに、友達だし、あそこで、やられるの、見ていられなかったし。ははっ。友達だから、ね。」

 「……そうか……。」

 それはお互い様だよ、僕は言い、と、僕に笑みが戻っていることに気づいた。合わせてか、少しレンの口元が緩んだようにも見える。

 「ああそうだ。あの時、〝ヴィジランテ〟のライブがあって、レン、すぐに隠れちゃったけど、あれからどうなったの?」

 思いつくままに僕は、話題を振ってみた。あれ?何だかまた、戻ってきたような気がする。

 「……話が元に戻っているぞ、優。まあいい。俺たちは隠密で動いていたからな、あんな派手にやられると、任務遂行に支障をきたす。あれは多分、一種の欺瞞作戦のようだ。俺たちの行動をああして制限したんだろうさ。そうなったら、集まっていた部隊は解散だ。いつものように、散り散りだ。……それだけ。他の奴らが、その後何しているかなんて、俺は知らない。俺はこの肩の傷を治していただけだがな。……これで満足か?」

 口元が緩んだと思ったら、呆れた物言いで。内容には僕は満足はした。

 あの後、傷を治していたようだ。

 ……ということは、あの特殊部隊の服装でいた時、レンは無理をしていた、ということ?

 「ええと、その、話が戻ってごめん。その、無理しすぎないでね……。」

 詫びを僕は入れる。  

 「……。」

 過ぎたことだと、言わんばかりで、レンはしかし沈黙だ。

 互いに、自分らしい会話でいながらも、沈黙の通学路。

 僕は灰色ノルに救い舟を求めてみるものの、レンのことが嫌なのか、首をプルプル横に振るだけだった。

 そんな道中の果てに着いた学校、いい時間のため、沢山の人が見受けられた。夏休みを満喫した人たちの会話が耳に届いてもくる。

 あの〝禁断の一手〟は非常に有効だった、だって、こうも余裕を持って登校できたんだもの。

 だから、か。僕の早めの登校に、すれ違うクラスメイトは驚きの表情をしているのは。

 ……いいや、それだけじゃなかった。それを知るのは、僕が教室に入ってからだ。

 雪奈と僕が早い登校だけじゃない話が、ちらほら聞こえてきた。その原因それは……。

 「……。」 

 教室の、自分の机の上で、腕組んで伏せる雪奈の姿で察する、不機嫌。僕は、声を掛けようにも掛けにくい状況に追い込まれる。

 この様子、誰も噂しないわけがない。それだけ明るい女の子だから。

 気まずさが漂ったが生徒の視線が、僕が連れてきた灰色ノルに移ったなら、その空気もやや晴れてきたようで。

 僕は、自分の席について、荷物を置いたなら雪奈に向き直る。

 「ええと……。」

 まず、声掛けだが、上手く言葉を紡げない。

 「……意地悪……。」

 「うっ……。」

 くぐもった声ながら、明らかに不機嫌さが伺える雪奈の第一声。

 僕は怯んでしまう。

 「……うぅ……その、ごめん、やり過ぎた……。」 

 僕は両手を顔の前で合わせ、懇願。

 「……私、恥ずかしかったんだよ?全速力で来て、遅刻じゃないって分かって、すっごく、すっごく恥ずかしかったんだよ?……優くんの、意地悪。私の時計、進めてたんだ……。」

 「……。」

 けれども僕の謝りは、雪奈の発する威圧に掻き消され、また、僕に罪悪感を打ち付けてくる。

 「……ご、ごめんって。」

 それでも僕は強く謝る。

 「……針万本、大盛七味唐辛子、チリソース添え……。」

 「?!」

 ぼそぼそと聞こえてくる罰の声、それはまるで、呪詛のようにも。

 僕は、これは本気で怒っていると感じ、身を竦ませる。このままだと、雪奈に殺されかねない!身の危険さえ感じるこれに、僕は最終手段の謝罪を敢行する。

 土下座。それはそれは、見事な土下座。

 席を外し、床に正座しては、深々と床に頭が当たりそうな勢いで。

 「雪奈様、ああどうか、お許しをぉ!」

 高らかに言った。

 そっと顔を上げるなら、雪奈はちょっと顔を動かし、僕に顔を向けていた。

 その顔は、恥ずかしさに多分、今まで涙していたことを証明する顔だった。

 怒ってもいたのかもしれない。僕のその土下座の様子を見たなら、少しだけ頬を緩ませてはいた。

 「……じゃあ今度、優くんのおごりで。あの時と合わせて、沢山たくさ~ん美味しい物をよろしくね?」

 僕にそう言っては、やっと笑ってくれた。

 「!!」

 その内容に僕は、余計ぞっとする。確実に僕は、金銭的に大ダメージを受けてしまう。お小遣いが、消えてしまうよ!雪奈への怖さが分かり、〝禁断の一手〟はやはり禁じ手でしかなく、封印しようと思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る