夏は終わって、明日がきて、その先には未来があって

 ホームルームすぐ、灰色ノルの話題がクラス中持ち切りで。ただ、校長先生含むその他の挨拶もあり、体育館へ移動、集会の始まり。

 灰色ノルの話題途中、そのままながら。

 なお、英吉はゾンビのような状態で、ふらふらと向かう。  

 「英吉くん、目を覚まして。今から沢山の女の子がいる所に行くよぉ!」

 雪奈が言う、救いの言葉。合わせる笑み、まるでそれは、聖母のようであった。

 「おぉ……。天使じゃ!天使がおるぞぉ……!」

 英吉は救われているようで、生気が戻ってくる。

 僕らの他のメンバーは、横目にそれを見ながら移動して。

 失礼ながら、退屈な話も終わった後、また教室に戻り、帰りのホームルーム。

 なお、プラス博士直々の、軽い小テストが行われた。……どうやら、本気だったらしく。まあ、問題数が少ないのが、幸いか。 

 早い放課後で、クラスメイトは思い思い、散り散りになる。中には、〝転校生〟の灰色ノルと話する姿もあった。

 その中で僕は、博士を訪ねて職員室へ。まだ、終わっていないことを伝えるのも兼ねて。

 「その……博士……。」

 僕の一声が聞こえるなり、向き直り、また、要件も思い出したみたいで。

 「……色々聞きたいんだろうな、その顔。じゃ、保健室に行こう。」

 朝の雰囲気ではなく、少し真剣に言ってくる。

 職員室を去り、保健室へ。今日はまだ、使用されていないのか、無人で静かで、片付いていた。

 「……ええと。」

 僕は言葉を紡ごうと口を動かす。

 「大方予想しているが、まずは、お前の傷の方からだ。」

 「あっ……。」

 僕の言葉が紡がれるより早く、博士の行動が始まる。始まりのそれは、僕の傷の具合を見ることからだ。

 僕の体から包帯が解かれ、ガーゼが、それを剥がしたなら、いよいよ僕の傷だ。露になった傷、縫合したままであるものの、もうすっかり閉じているようだ。

 「うん、いいねぇ。すっかり治っている。じゃ、糸取るぜ。」

 「あ……はい。」

 されるがままで、僕は傷口を見せながら、博士はさっと鉗子を走らせ、僕の傷を縫い留めていた糸を切り、取っていく。背中に回り、同じく取っていく。取ったものの、しかし、傷跡はそこに存在感を示していた。

 それほどまで、深かったのだと、訴えてくる。

 「……。」

 傷をさすりながら、これまでを思い出していた。

 「さて……。何を話そうか?何て聞くのも野暮だ。どうせ、あの襲撃から今までだろう?」

 「……。」

 僕の聞きたいことは、先読みで言われる。僕は静かに頷いた。

 「……ちょっとした〝火消し〟だよ。あたしたちの立場を理解してはいると思うから、それがどういうものか想像つくだろう?」

 「……はい。」

 霧がかかったようなぼやかしようながら、その理由を説明する。

 あれから、何か色々あったようで、それで今まで〝火消し〟に回っていた、と。

 その中身を想像することは、今の僕では難しく、また、深く追求するわけにもいかないものなのかもしれない。僕は頷くだけだ。

 「……大分長くなってな。その間、灰色ノルの世話ができなくて……。しかし、お前らには感謝しているよ、ありがとうな。世話、してくれたんだろ?」

 「……いえ。そんな……。」

 感謝の言葉が述べられ、僕はまた頷くだけで。

 「……ふふっ。」

 博士は、嬉しそうに笑う。僕もまた、少しだけ頬が緩んだ。

 「さて、他には?」

 「!ええと……。その、博士が辞める、とか、灰色ノルが〝転校生〟のこととか。」

 まだあるだろう、と博士の促進に、僕はまた口を動かす。

 「ちょっと待て。誰が辞めるだって?あたしが?」

 その言葉の中に引っ掛かったようで、博士は反発を。僕は頷く。

 「……優、盗み聞きしたとか、そんなことは追求せん。一応言っておくが、あれはな、あたしがあの時殺されたらの話だ。殺されていないなら、あたしが辞める理由何てあるか?それに、そんな判断誰がした?」 

 「ええと、あの、あの騒動の翌日、灰色ノルがお腹空かして……。博士がいないって言って、それで職員室に行ったら、博士の机の上に荷物がなくて……。」

 珍しく威圧するような感じで聞いてきて、僕はあったことを話した。

 「ああ、あれは席替えだ。それに、その間、〝火消し〟に回っていたと言っただろう。まあ、他の奴に世話させたかったのは山々だが、〝こっち側〟も余裕がなくてな。そんな形になったのは正直すまないと思っている。」

 回答がこれ。威圧はなくなり、申し訳なさそうにも思える表情で。

 「はぁ……。」

 僕は小さく頷いた。 

 「あと、あれだ。まだ問題は山積みだが、灰色ノルの件は、危険性はないとのことで、一応、社会勉強も兼ねて、大々的に公に、〝転校生〟として送り出すことにしたんだ。ちょっとな、灰色ノルには寂しい思いをさせていたが……。だが、お前らがいてよかったよ。」


 「お前らが、あいつの友達になってくれて、よかった。ありがとうな。」

 「いえ、そんな。僕らは、普通に接しただけで。」

 お礼交じりで、灰色ノルの件を告げる。それは、社会勉強も兼ねてのことで、もう、秘密にすることもなく、大々的に行動するつもりで。だから、か。

 僕は、大したことはしていないと、遠慮する。

 「遠慮すんな。そんなことはない。十分さね。あたしもさ、重荷がとれたようで軽く感じるよ。まったく、もがみんも役には立つもんだな。ひひひっ!」

 遠慮するなと、笑顔で言われる。また、僕を見つめる瞳は、どこかそう、〝未来〟を見ているかのようだ。

 〝未来〟。

 きっと、その〝未来〟では、僕や英吉、歩、雪奈、レンたちのように、灰色ノル、いいや、灰色ノルだけじゃない、その妹のような、猫耳を付けた人たちが一緒に生きる世界なのかもしれない。

 その時僕らは、手を繋いで、はしゃいで、普通の人と同じように、その存在たちと接しているかもね。

 そう思っていたなら、徐に保健室の戸が開く。その〝未来〟の存在の登場だ。博士を見るなり、瞳を潤ませていく。再会と寂しさの、涙。

 「博士っ!博士っ!!」

 灰色ノルは、博士に飛び込んでいく。

 「ぐぇ!!」

 思いっきりその胸に飛び込んできたため、博士は思わず潰れたような声を上げた。

 「うわぁぁん!!博士、博士!!寂しかったんだよ!!ずっと今まで、今日もずっと、我慢してたんだよ!!」

 涙の訴え。それは、堰を切ったように溢れてくる訴え。ずっと我慢していたから。

 「いててっ!お前、もう十分に大きいんだぞ!こんな風に飛び込んでくるなっ!再会の前に、墓に行ってしまうわ!!」

 痛みに不満の声を上げる博士だが、内心はやはり嬉しいようで。

 僕はそっと席を立ち、上着を着て、保健室を去ろうとする。その仲睦まじい光景に、僕は多分邪魔かもしれないので。

 「!優くん!」

 はっと気づいた灰色ノルは、僕の方を向く。

 「その……。博士と仲良くしてね。多分、色々と話したいだろうから。僕は、その、帰るよ、だって、そうした方がいいから……。」 

 僕はそんな彼女に、言ってやる、そっと笑いながら。

 灰色ノルは、涙で濡れた表情でありながらも、そっと笑い。

 「その前に、ええと、雪奈ちゃんにも、歩ちゃんにも、英吉くんにも、叔母さんにも、よろしく言って……。」

 返してきた。

 「今生の別れじゃないんだから、そういうのはよしなよ。まあ、お世話になったこと、伝えておくよ。それじゃ、また、明日。」

 何だか永遠の別れみたいな感じだよと、僕は突っ込んで、ここはらしくいつもの挨拶で締める。そうだね、と言いそうな顔をする灰色ノル。

 「そうだね、また、明日!」

 にっこりと笑顔で、その挨拶を交わした。

 仲睦まじいそれを、邪魔するかもしれないお邪魔虫な僕は、踵を返して、明日へ向かう。


 おわり。

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